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大人から始めるバレエ・始めてのダンス・バレエなんでも早分かり
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スペイン・セビージャから友繁晶子がお届けする「気ままにバレエエッセイ」をお楽しみください。
■ ビクトル・ウジャーテバレエ団 |
Date: 2006-09-16 (Sat) |
昨夜は お招きがあって
ヴィクトル・ウジャーテバレエ団の公演
SURを見に行ってきた
SURとは南のことで つまりスペインアンダルシア地方
八県の愛と憎しみと嫉妬をテーマにしている。
結論から言うと ガデスの血の婚礼、マリオ・マジャのアマルゴ
さらには ファジャの恋は魔術師から一歩も出ない
男と女のテーマってこれしかないのだな、というありきたりだけれど 面白かったのは
普通 フラメンコダンサーによって扱われるこういう土俗のテーマが バレエダンサーでよくこなされていたということだ。
これはやっぱりスペイン人のダンサーだからやれるのではないかなと思った。
プリセツカヤのカルメンなどに感じる
「変だなぁ」感がない。
くねっとひねる腰とか、本当のフラメンコダンサーみたいに上手くやっているので もしかしてフラメンコも踊れるのではないかと何回も思った。
民族のものは 違うジャンルのダンサーでも同族だとうまいのかなとしきりに思った。
ここ二日くらいで突然冬になってしまったというくらいに寒々しく、真夏の延長として野外舞台を組んでのイベントだったので
薄着のバレリーナ達は 筋肉が冷えて大変なんじゃないかと
ずっと心配し続けていた。
特に開幕と同時に難しいテクニックが連発だったので
本当に身につまされて感動した。
舞台の袖に控えただけで冷え冷えとしてしまうだろうに
はなからこういう演技ができるということの
そのダンサーの今日の何時間も前からの稽古
体調の作り方
更には 普段の節制と誠実なコントロール
舞台が終わったら心ばかりの夕食にでも招待したかったのだけれど 連れがいたのでーガタガタに震えていて気の毒だったー
そういうねぎらいは適わなかった。
あとでマドリーにお手紙でも出そうと思った。
ヴィクトル・ウジャーテは優れたダンサーを沢山出している
タマーラ・ロハスもそうだし
ヨーロッパ中で活躍しているダンサーが沢山いる。
全体としてとても若い踊り手達で構成されている。
若い、一途で熱心な日々の稽古が見えるような
そういう舞台だった。
■ 踊り手のダイエットについて |
Date: 2006-09-14 (Thu) |
体脂肪率と言う言葉は もう日本で知らない人もいないくらいかも知れない。
スペインは かなり太った人でも「自分は太ってない」と言うから 体脂肪なんて精神衛生に悪い言葉は まだ普及していない(笑)
さて、筋肉の方が 同じ容積のお肉より重いから
すきっとしたスポーツマンの方が デブっとした人より
体重計に乗ると重いということだ。
簡単に言ってしまうと こうです。
運動をしないで食事制限を続けて体重を落とすと
脂肪と一緒に筋肉も落としてしまうので
「体重は落ちたのに」おデブになる悲劇がありえます。
脂肪は所詮脂肪でしかなく、決して金の卵=つまり筋肉にはなりません。
しかるに、筋肉は堕落して脂肪に成り下がって蓄積される恐れがあるのです。
ですから ダイエット=体重計の針の振れを少なくする
という発想から離れないといけません。
落としたい場合は 絶対に運動無しでは実行されないのです。
運動をして体脂肪を燃やせば 体重は一向に変化しなくても
筋肉が鍛えられて 引き締まってきます。
軽くて「ぶよーーーーとしてくるお肉」を
きりっと締った「重いお肉」にして 体重は無理に落とさない、という考え方が正しいあり方のようです。
楽して痩せるっていう横着な考えは やっぱり駄目なんですね。
額に汗して全身汗して、そうして出来上がるもののようです。
少なくとも 踊り手のダイエットは 筋肉を落とさないような細心な注意とコントロールのもとに行われないといけないのですね。
秋風が吹き始めました
食欲と戦う秋です。
筋肉を太らせましょう!
■ 無題 |
Date: 2006-09-13 (Wed) |
夕べ、パリオペラ座のエトワールを見て
舞台が怖い、あんまり怖くてバレエを辞めようかと思いつめていた、という告白は
身につまされた。
本当に同感だ。
私など本番の舞台経験は4800舞台くらいあるのだけれど、
それでも足が地に着かないくらいに緊張することがある。
ただの酸素の取り方さえ忘れて、踊りの出を覚えていない気になり、出た途端に失敗しそうな恐れに震えが来そうになる。
本番の日程が近づくにつれてどんどん痩せて、ノイローゼのようになったりもする。
最後はほとんど上手く行くのに、それでも毎回これで絶望するんじゃないかと日夜苦しむ。
細かい振りのつなぎのあちこちを気に病んで朝になってしまったり、もう稽古もできないくらいに足が疲れ果てているのに又、稽古場に降りてぼんやりしていたり、
はたまた寝巻きのまま、ついに汗だくになるまで踊りこんでいたり。
こんなにまで苦しむ職業が他にあるだろうかとふと思ったりする。
プロというのがお金をいただくことを意味すると限定すると、お金をあげるからこれだけは堪忍して欲しいというくらいの気持ちになる。あるいはどんな対価をもらっても、こういう苦しみに見合うものではないと言える。
だからプロと言えども、舞踊という職業は金銭ではないのだ。
このプロフェッションは、熱情だ。
観客と、何よりも自身を焼き尽くす情熱の火なのだ。
なんでこんなものにつかまってしまっただろうな、ときっとどの踊り手も何度となく自問するものだと思う。
■ 減量について |
Date: 2006-09-11 (Mon) |
プロの舞踊家でも 意外とサウナの迷信にとらわれているみたいなので ここで体重の落とし方の正しい認識を書いておきます。
サウナでかく汗と
運動によってかく汗は全く違うという認識が必要です
前者は体重の中に占めている水分がなくなってしまうことで
後者は脂肪を燃焼させてかく汗なので
両者ははっきりと違います。
サウナでかいた汗は体の中の水分プラス塩分なので
当然、その後の補給をしっかりしないといけません。
では何に効用があるのかというと、サウナの場合は
老廃物が除去されて肌をきれいにしたり 皮膚を強くしたりという範囲です。
気をつけないといけないのは、水分の補給を我慢したりすれば
たちどころに身体温度の調節がきかなくなり
脱水症状を起こしたり
ミネラル分が損傷されたりして
身体の調整機能が悪くなります。
サウナ=減量という神話をすぐにでも捨ててください。
■ 番外編ー忙中さぼり閑ありー |
Date: 2004-10-13 (Wed) |
情けない日記が書いてあったから本日は番外編。
水泳選手の長女のノエリアが、今月、新しく移籍したクラプで
何か新入会のお祝いをいただくらしい。
無骨なクラブのくせに意外な高級ゴルフクラブのレストランで、正式なディナーパーティが行われる。百人以上が全員正装だと言うので、暮夜ひそかに私の宝石を試して見ている娘心だ。
最近、父親一辺倒だったのが突然、私の助言が必要なお年頃になってきている。
でも、根がスポーツ少女だから、なんとなく乱暴な立ち居振る舞いで
私がこの年の時とは全然違う娘になっている。
サロンに飾って、娘が15歳になった時に見比べようとしていた、私のろうたけた少女時代の写真は、もう、この娘と何の関係もない別世界の女の子のように浮いている。
さっぱりとした気持ちの良い、男の子のような性格は、なよついた私の若い時よりずっと好ましいのだけれど、ちょっと改まったドレスにショールなんか持たせるとどうにも格好がおさまらない。
この年に自信を失くすと生涯、劣等感から抜けれないかもしれないので
母親の私は落胆と失笑をこらえて励ます。
スペインのティーンはおませだから、もう気張った日には薄化粧はする。
この間あっと思ったらなんだか下手なマスカラとうっすらとアイラインなんか引いているではないか!!ちゃんと教えてやらないと...
照れくさくて母親に聞けなかったと見た。
歩き方とか、小物の持ち方とか、髪の纏め方とか、気取り過ぎない正装の仕方とか...どんな時でも気後れしないで済むような服装の纏め方がポイントだとか...本当に色々な事を教えてやらないといけないのだな、と思った。
カッコいいパンツルックで惜しげも無くおへそを出して闊歩しているスポーツ少女達は、スカートやドレスになると突然、女装のジャック・レモンみたいに(って、酷すぎかな?)ぎこちなくなる。
本当に今はもう、ダレもスカートをはかない。
スカートの扱いならまかしとき!!プロなんだから、私は。あはは...
■ いばらだらけざんす、芸 |
Date: 2004-10-02 (Sat) |
最後に書いたのが8月!!
生徒のスペイン研修旅行があり、本日は第二弾到着の生徒が帰って行った。
楽しいお話もあるけれど、それはもうそろそろアップになるらしいので、私からは発表しない。
ご無沙汰になってしまうのは、新しい振り付けに入っていてとても苦しいからだ。
肉体的苦痛の方。
耳も苦痛かもしれない。
難しい新境地のリズムで歯軋りもするから歯も苦痛。
新テクニックを一からやっている。
夜になると土踏まずの横なんかが紫色に腫れている。
ふあーーーー道理で立っているのも辛い筈だぁ.....
なんでこんな所が打ち身になる?
新テクニックだから、なった事がないところがアザになる。
しかし......
そんなこんなで明日が来たら嫌だ、また、あれだ、みたいになっている。
そこへ持ってきてチビが来月スペイン選手権の予選に出る。
苛烈な稽古に入っている。毎日4時から8時まで訓練している。
上の水泳娘は更に優秀なクラブに移籍したけれど
もう、こっちが息苦しくなるような訓練になってしまっている。
前のところも結構凄かったが、こっちは過酷なまでの訓練だ。
今日など、学校から帰ったのが二時半で、昼食をかきこむ様にして
45分で家を出ないといけないのだと言う。
水泳の訓練が午後から二部に分けてなんと最終が10:30だ。夜の!!
11:00近くなって市役所前にポツンと立っている姿を見たら胸がぎゅっと雑巾絞りになった。
遠くから見るとまだ幼げで、大きなザックを重そうに片側にかついで
濡れた髪で立っている。
金曜の晩で若い子達がさんざめきながら通り過ぎて行く風景に
一人、違う様子で、なんだか姿を見るだけで少し悲しい気持ちになる。
夜の11:00に帰宅したのにもう、明日の土曜は九時から訓練らしい。
本当にこのクラブに移ってからというもの、10分と時間がないように見える。
筋肉の酷使で、長い事機械でマッサージしないとほぐれない日があるくらいだ。
太っていないのに体重が増えたと言っている。
筋肉のが贅肉より重い例の見本だ。
夜は、うちはみんなして討ち死にのようになっている。
子供達の父親は、あの、走って泳いで自転車こぐ競技でセビージャで5位になったとか言うし
最近、夜は欠かさずになんか走っている。
チビが新体操でこんなにしごかれて帰るのに、父親と一緒にお休み前に自転車でその辺に行くのを日課にしている。
どっちを見ても疲れる。
普通の、家でおとなしく絵なんか描いている子供でも養子にもらいたいくらいだ。
フラメンコの二世代分の流儀を身につけようとしているみたいな感じだ。
古い時代のフラメンコと、モダンなのと。
早く肥満体になっていれば良かった。そうしたらこんなに勉強と研究をしないで済んだのにな。
太って病気気味になるけどフラメンコは楽なのと、
体ぴんぴんしているけど、そのせいで過酷な稽古をいつまでも強いられるのと
どっちが得だろう......
自嘲を交えてよーーーく考えてみようかな。
■ 帰還 |
Date: 2004-08-19 (Thu) |
何か書こうとして前の文章を出したら
打ちのめされて書けなくなってしまった。
本当に私っていつも同じ反省ばかり。
日本に行って筋トレがまた崩れた。
どうしてホテルのイスなんか利用してでもやらないだろう。
やれないんだなぁ....
遠征ばかりの選手達はやるって言う。
下の文章よく読んでまた出直さないと。
あと50分で稽古だ。9月のイベントに向けてダッシュだ。
本当に筋トレって嫌だ。でも絶対にやらないと踊りがラクラクとやれないのだ。筋肉はシステマチックにちゃんともれなく鍛えないといけない。どんなに頭で分かっていても、継続するには哲学者でないといけない。
踊りのプロはインスピレーションで即興して、十分素晴らしく踊れるけれど、それを可能にするのは普段鍛え抜いている筋があってこそだ。
怠けるとダメになるのは、プロもアマも筋肉に関しては同じ。
清潔に生きなくては!!決まっている事はちゃんとやり、心と体を清浄にして、芸術の前に心を虚しくして、いつもその霊感が宿ってくれるように....猛反省してまた頑張ろう。芸は心の支えだ。
■ お百度の母でなくて...筋トレ |
Date: 2004-07-09 (Fri) |
長女のノエリがバルセローナでスペイン選手権を戦っている。
昨夜、運転中の私の携帯が鳴る。
うちの人魚姫からだ。
疲れ果てた向こうと、こっちは運転中で良く話せない。
高速に乗るところだ。
「どんな?出て来る選手は。さすがに凄い?」
「もの凄い人ばっかり」
「上がった?」
「すごく落ち着かない」
昨日は400メートル個人メドレーだった
今日はもうすぐ100メートルバタフライで飛び込む筈だ。
日曜まで各種目を戦って月曜に消耗しきって帰還。
チビの方は12月のスペイン選手権(どっち向いてもこればっかりで目が回るぜ!)で、猛烈な訓練に入っている。
毎日ところかまわずに技をやって見せるから辟易としている。
あの、私が憧れたシルビー・ギエムの「六時五分前?のポーズ」は、人間業とは思えなかったものだけれど、新体操の子達はちょっと気の利いた子は誰でもやる。うちのチビはあのポーズのまま2回転を決める。
シルビー・ギエムも新体操出身だから、あれはお茶の子さいさいだったのだな、と感慨深い。私はこれだけはやってみたかったなぁ。
悔しいぃぃぃ、羨ましいぃぃぃ、アイム、ジェラーーーーース!!
子供がこんな風に体力の限界に挑んでいるので
ごたごたに忙しい中、心を鬼にして筋トレに出かけた。
今朝は体中がばらばらになった感じだ。
内転筋を鍛える。片足45キロにおもりを増やした。
もう機械のおもりの目盛りがあまり残っていない。最高が75キロだ。
すごいなぁ、ここまで行けるだろうか。
俊足この上なくなるかも知れない。
BBSにも書き込みがあった大でん筋は、どんなおもりよりアラベスクが一番利く気がする。
私はこれは上記のおもりでやってしまうが
あとでバレエでアラベスクで頑張る時の辛さは
45キロのおもりよりきつい。
思うに、アテイテュードとアラベスクに勝る筋トレはないのじゃないかな。片足で自分の体重を超えるまでのおもりをつけたら別だろうけれど。フェッテもいい。この三種を神器とばかりに今年も頑張ろう。
長らくサボり気味の腹筋を、ねじりも加えてがっちりやる。
これは一番好きではない。
でも踊り手は毎日これだけは欠かしてはいけないと、どのジャンルの踊り手でも言う。ああ、猛反省して頑張ろう。
堕落するのに努力は要らないですなぁ....あっという間に落ちる。
大胸筋は、片方10キロでやれていたのに、7.5キロでも必死。
背筋は20キロでは軽くて、25キロだと生きているのが嫌だと思って続かない。
ヒーハー、じたばたやっているとモニターが「ふえーーー!!」て顔して通り過ぎる。
本当に筋トレって嫌だ。でも絶対にやらないと踊りがラクラクとやれないのだ。筋肉はシステマチックにちゃんともれなく鍛えないといけない。どんなに頭で分かっていても、継続するには哲学者でないといけない。
踊りのプロはインスピレーションで即興して、十分素晴らしく踊れるけれど、それを可能にするのは普段鍛え抜いている筋があってこそだ。
怠けるとダメになるのは、プロもアマも筋肉に関しては同じ。
清潔に生きなくては!!決まっている事はちゃんとやり、心と体を清浄にして、芸術の前に心を虚しくして、いつもその霊感が宿ってくれるように....猛反省してまた頑張ろう。芸は心の支えだ。
■ 無題 |
Date: 2004-07-07 (Wed) |
長女のノエリが昨晩、バルセローナに発った。
スペイン選手権を戦いに行った。
毎週のように選手権に出ている。
この夏は一つのトーナメントから次の大事な試合までに
1日の移動猶予しかなかったりする。
戦った後で車で移動し、家にも寄らずに次の試合の訓練にプールに飛び込んでいる。
もう、最近では日本語をやれだの、この本を読めだのは言えなくなっている。あまりにぎっしぎしのスケジュールで他に何も入らない。
選手権の最中に私が車で駆けつけて、本当はいけないのに柵から呼んで
まるで犯罪者のように娘をぎゅっ!!と抱きしめるくらいだ。これだって監視に注意されて仲を引き裂かれた。
娘の所属するクラブのオリンピック級の選手達はほぼ全員
国の選手村(Centro de Alta Rendimiento)に移ってしまっている。
今年、トレーナーからうちの娘もここに新学期から寄宿生として推薦して入れたいと言われた。
家族生活との狭間だ。
本人は行きたくない、と言い、私も辛くて後押しできずにいる。
マラガにあるこの英才教育の選手村は、朝の六時から特訓が始まり、普通教育の学校も併設されている。全部総合してプログラムされ、学業と選手プログラムが効率よく両立できるように専門家が何人も組んで選手をオリンピック目指して育てる。
土日の差もなく、月に一度も家に帰れない厳しい訓練の日々なのだ。
まだ13歳なので、ここにやるとはとても決心がつかない。
アンダルシア選手権での目覚しい戦いぶりからすると、もうセビージャでは伸ばしてもらえないぎりぎりを超えてしまっていると思う。
今度の全スペインにはノエリ一人だけのために主席トレーナーがバルセローナまで帯同して行った。
下の娘もスペイン選手権のための訓練に入っている。
誇りに思うというより、なんだか胸が苦しい。
苦しがっている間もなく、自分の仕事に追われて稽古に出かける。
頭がぼうっとして何も結論を出せずにいる。
なんてことだ.....、そんな気持ちだ。
■ ホーム、スイート・ホーム? |
Date: 2004-06-25 (Fri) |
終わった一休みだ、というのが一日もない。
日本から帰るなり仕事の山だ。
日記も貯まると何のことかわからなくなるから書いてしまう。
帰宅すると、もっと疲れていて口もきけないような私のファミリーがグラナダ遠征から帰宅。
ここが基地でみんなここに帰ってくる。
下の新体操娘がものすごく大きな優勝カップとーこの梨地が今までのと違う、と自慢しながらー
スポーツ新聞に大文字で自分の名前で見出しが出ていると言う。
どれどれ、と見ると本当にドカーーンと「TAMARA TOMOSHIGE優勝、アンダルシア・カップ」と冗談みたいに大きく出ていた。おお!驚く。
上の水泳娘は本当に疲れ果てていて口がきけない。
新体操よりもっと高そうなメダルを私に見せる。
おお、おお、偉かったねぇ....
終わったばかりなのに、もう
来週はアルメリアで年齢差無しの手ごわいトーナメント=こっちも水泳のアンダルシア選手権だ。
これが三日にわたってある。
今は朝と夕方の二回も特訓されている。
9月の新学期からは朝飯前の特訓が加わるのだそうだ。
早朝と夕方の二回に増えるらしい。
聞いているだけで疲れきる。
もう、水泳やめたらどうよ、と言ってみたりする。
勿論、即座に「まさか!!」と言われる。
本当にどっちの娘も個人生活で余暇なんて一つもないのだ。
私もなくて、たまにみんなで数時間あるとなんとなく寄り添って、
「どうする?」
「どこか行く? あとの訓練で疲れきるねぇ、やめとく?」
結局雑談、リラックスして過ごすことに終わる。
手芸教えたり、料理教えたり、日本史やったり
そんな風にして子供時代の思い出をいっぱい作りたいと思うのに
私だって疲れていて、みんなで疲れていて(笑)
あなた達って何? いつも家でだらだらして!!選手や踊り手なのでは?って言われそうな
だらだらのファミリーなのでした。
■ 重心とリズム |
Date: 2004-05-20 (Thu) |
今シーズンの一番最後の大事なトーナメントは
6月にあるアンダルシア・カップだ。
私の新体操娘はこれに個人のボールで出る。
日本公演もあるし、その後でクラスも見ないといけないし、娘の試合の日程がいつかとドキドキしていた。
多分6月の後半よ、と言われていて一昨日念押ししたら
なんと他に日もあるだろうに、6/12,13だと言う。
ぴったり重なる私のトーナメントと娘の大事な試合!!
又一人ぼっちだ。
もう新体操やめてくれたらいいのに、と思ったりして。
そっちがやめなさいよ、なんて言われたらお手上げだ(笑)
上の娘の水泳トーナメントがうまくして重ならない事を祈る。父と姉が行ってくれたらこんな大勢はうちとしては珍しい。
この所、ずっと考えている事に「重心の安定」がある。
これはとても大事だ。
軸が定まっていない所にリズムは刻めないし、難しい技は失敗する。
劣等感の克服は重心と深い関係がある。
こうなるとスポーツ心理学だろうか。
ギタリストなどの音楽家と比べると、踊り手の方がずっと勉強の環境は少ないのかも知れないと思う。
ペドロは録音スタジオを運営しているので、毎日難しいリズムというものの本番を過ごしている。
そうなると毎日修羅場を経験しているのと同じなので、経験が全然違って来て当然だ。
振り付けをしていると、そこは5で始めた方がずっと効果が違うよ、なんていう発言をしてくれる。
あの振りのせいでせっかくのクライマックスでしぼむよ、という意見もあったりする。
それが私にはしぼむように思えていない場所だ。どうしぼむのか何日も考えさせられる。
ホアンの絶対音感にも驚かされる。
ものすごく耳がいいのだ。ほんのかすかな聞き分けられないような遅れとか、先走りにもうさぎみたいに耳が反応する。地雷の草原を行くがごとし。
仕事をするなら一流の人とでないと、本当にダメだと思う。
こう言う人達に限って誰よりも勤勉で誠実だったりするのだ。
ま、それだから抜きん出るのだな。説が逆でした。
今度の集中レッスンではお土産がどさどさどさ、だ。
しっかり受け止めて欲しい。
■ やっと一段落 |
Date: 2004-05-07 (Fri) |
6月に日本で公演するので毎日朝からリハーサルが詰まっている。
今日でほとんど見るべき事がないくらいの完成度になったので(たった六日間!!!)気持ちがぐっと楽になった。
やっぱりスペインフラメンコ界の頂点と言われている作曲家ギタリストを右腕に抱えていると言うメリットは凄い。
私はこの人を20年前に見初めているのだ。
本人にこれを話したら驚いていた。
夢の共演だ。
それだけでなくて、これからもずっと右腕になっていてもらいたいものだ。
もう他のギタリストでは嫌かも知れない。
リハーサルの効率の良さ、みんなの気持ちのまとまり方、全部作曲者がずば抜けていて
みんなが尊敬する気持ちが大きいからなのだ。
私の振り付けも悪くないの(と、言ってみたりする)
日頃から鍛えているから、フラメンコのアーティストには驚異的な体の柔軟さで
私とデュオを踊るホアン・オガジャは
「晶子はバービー人形みたいに脚が自在だ」と毎日言って冷やかす。
ま、何か一つくらいホアンに驚いてもらうものがないとつまらない。
古い、古いアレグリアスを踊る。
モダンな一部とは対照的に伝統のアレグリアスで、面白いとみんなが言う。
どうかなぁ、観客に喜んでもらえるだろうか。
ホアンやペドロの鋭角なリズムとは好対照で、いいかも知れない。
丸い、うねりの海のようなアレグリアスなのだ。
古い物を踊るためにはあと10キロふっくりしたい気もする。
でも二部に10キロ太ると一部で使い物にならない。
全てを網羅するのは難しいっていうので、太るのはやめている。
とにかく今日は全部のヌメロを通して完成度素晴らしかったので
明日の土曜は、チビの選手権に行ってやれる。
朝の7時に旅立って、マラガ行きの帰宅は夜中だ。
テープ持って行って体育館で空き時間に練習しよう。
うっかり踊りこんでて子供の出番を見過ごさないようにしないと!!
たまには、応援に行ってやる家族が必要だ。
何と言ってもアンダルシアチャンピォンなのだから。
あなたを誇りに思っているわ、と囁いてやらないとね。
■ 親もなく、兄弟もなく.... |
Date: 2004-04-20 (Tue) |
選手権で演技が終わると、選手達は全員観客席の親戚応援団に行って
母親なんかに甘える。
かなり大きい少女でもそうだ。
ヨーロッパ選手権のばりばりのオリンピック級の選手達でもそうだった。
ムルシア県で行われた全スペイン選手権でも、演技の後でビクトリアが全員にこう言ったという。
「さぁさ、みんなご両親の観客席に行って来なさい。タマーラ以外は」
私は耳を疑った。本当にビクトリアはそう言ったの?excepto Tamaraって?
子供はうなづいて
「そうなの。corazon duro」
心が固いとは、つまりきつい人の事だ。
無神経というくらいの意味だけれど、本当にひどい。
私だったらタマーラは私の傍にいてくれない?私が一人ぼっちにならないように、くらいの事は子供に言うけれど、と少なからず心をわしづかみにされた。
年端も行かない子供にあまりに心無い。
けれども人を恨むべきではなく、行ってやらない自分が誰よりも悪いのだ。
6月にはこの子は個人演技で全スペインに出る。
こっちのがずっと重要だ。
たった一人で43人どころではない、もっと沢山のナショナルジャッジの前に立つのだ。
それが私の公演と重なり、上の水泳娘の全スペインと重なる。
孤児のようになってしまう。
家にすらいられなくなる。みんなが旅に出てしまうからだ。
どこかの家に預けないといけない。
ああ、と、か細い小さな体を抱きしめて私は途方に暮れてしまう。
■ スポンジの年頃 |
Date: 2004-04-19 (Mon) |
昨日、よれよれになった選手達を迎えにいった。
大変な様子だった。コーチもみんな疲労がにじんでいた。
子供達にお菓子のかわいい詰め合わせをー日曜で店が休みだから映画館に出かけて買い込んできたー渡してやった。普段、お菓子は厳禁されている。けれどこんな日は別だ。
子供はぐったりしていたのに、夜になってから全スペインで見てきたウルトラCの限りを実演して止まらない。
こんな事できる子がいた。
観てて、こんなの。
こんなすごい技があった。
観てて、こんな感じ。
こんなカッコいいことする子がいた。う!できない。もう一度。
延々と続いて止まらないのだ。
ああ、この子は新体操が好きなのだな、と今更ながらに感じ入った。
しかし......
全スペインの選手権ではいつものジャッジの数とは比べ物にならないほどいたと言う。
机二つが長々と並べられていて、なんと43人のナショナル・ジャッジが厳しい目つきで採点していたと言う。
そんな前に出て演技するのなんか嫌だ。歩き方も忘れてしまいそうだ。
何んて言うか、ある意味、子供はもう私を超えてどこかの位置に行っていると感じた。
目の前で繰り広げる技にしても本当に立派なものだと感心する。
新体操を始めてやっと一年とちょっとだ。
ビクトリアに子供の成長はとても早いから無駄にする日は一日もないのだと諭されたのは一年前の1月だった。
本当に正しい発言だったと思う。
子供を持った事がないから、こんなに簡単に凄い技をあっという間に身につけるものだとは予測できなかったのだ。180度に脚を持って2回転というのは、私の娘はつい先ごろ習ったばかりなのにもう、大会で演技として完璧にやってしまっている。
私はこの同じ技を半年前からやっているけれど、まだできない。
コサックという、しゃがみこんで片足は地面に水平に長く伸ばしたまま回転する技などしゃがんだ途端に
こんな、まさか、できると思えない、と言うほど難しい技だけれど私の娘は平然とほとんど三回転する。
これにばく転、もうなんでもひょいひょいやってしまって、本人はほっぺを少し赤くしながら楽しくて仕方ないというように演技を続ける。ボールだって棍棒だってすぐにできてしまうのだ。
子供というのは、本当に簡単に何でもできるものなのだな、驚き呆れる。
全ての事が12才を基点にしてみんな終わる、というのは本当なのだと最近感じている。
ああ、頑張らないと、私も。
■ 選手権と試合、公演間近 |
Date: 2004-04-18 (Sun) |
夜になって新体操で帯同している次席コーチから電話がかかった。
タマーラの声が聴きたいのではないかと思って.....
他の選手の両親は全員、ムルシア県までついて行って
応援しているのだと言う。
へーーーーえ、片道九時間も運転してぇーー!?
みんな本当に偉い。
私は薄情だろうか。そんな遠いお出かけなんか全然したくない。
どんなにかわいい子供でも、嫌だ。
三日も遠征したら稽古に障ってしまう。
全スペイン選手権の団体演技の部だ。
五人がみんな揃って決まった難関を一人残らずやって見せないと
得点として入らないのだそうだ。一人でも失敗すると四人ができていても入らないという厳しさ。
これでチビ達は五位に入ったそうだ。
ココで又、おお、なんだ銅メダルももらえなかったのか、なんて思ってしまう。
デイエゴによると全スペインなのだから五番というのは凄いのだそうだ。じゃ、知らせを聞いたら飛び上がらないと、と準備。
携帯電話の彼方からチビが疲れのにじんだ声で
「ママが来てくれなくても淋しくないのだけれどね、おうちに帰りたい」
を、二回も繰り返した。なんだか途端に不憫になってしまった。
まだ120センチそこそこしかないか細い体で、難関突破して
明日の昼に着くらしい。
なんだか、待ち遠しい。
胸に迫って切ないくらいだ。
朝の10:00にギタリストと打ち合わせがある。
その後から心ここにあらずだろうな。
上の水泳娘は今日と明日と試合に出ている。
そう言えば、順位も記録も聞いてやらずに寝かせてしまった。
子供の試合より自分の試合で、頭が混沌なのだ。
どこかに私より薄情な母親がいるだろうか。
あんまり見かけないけれど....一人くらいいないかなぁ...
■ 訓練の夜 |
Date: 2004-04-16 (Fri) |
あと30分で真夜中の12時だ。
下の新体操娘が、いよいよスペイン選手権に向けて深夜バスに乗る。
八才だの九才だのの子供がこんな夜遅くに起こされて、雨のバス駅舎に向うなんて痛ましい。
クラブはお金がないので、こうして夜通し九時間もバスに揺られて遠い地方都市に着く。
そのまま、夜明けとともに試合前の訓練に入るそうだ。
今日は3時に体育館に送って行ったきり、もう会っていない。
私はチビを送って行くなりその足で自分の打ち合わせに入っている。
上の娘はやっぱり水泳の方のスペイン選手権の特訓に入っている。
7000メートルもしごかれて夜の10時に帰宅した。
スペイン選手権の出場権利が取得できた選手は、クラブでたったの二人だと言う。
だから鬼のようなコーチがつきっきりだ。
50メートルプールをほぼ貸切で、延々7000mって聞くだに恐しい。
大勢いればみんなが泳いでいる間に少しは呼吸が整えられるけれど、二人だと瞬時の休息も取れない。
今日一日で肩と腕が鉄人のように固くなってしまっている。
あまりの痛ましさに、揉みほぐしてやる。もう辞めたらどうよ、と呟くと即座に嫌だと言う。
こんなに疲れ切った晩に、これから宿題って本当に気の毒だ。
学生は楽ではない。
そう言えば私も、モデル時代のロケに教科書をいっばいかばんに詰めて行ったなと思い出す。
CFの撮影というのはとても朝が早い。
で、夜になると中間や期末テストのために勉強して相当きつかった。
ロケから帰ってそのまま家にも寄らずにバレエの稽古場に直行したりしていた。
カンブレをするなり疲労で気が遠くなり、そのまま気絶した事があった。
周りの人は驚いて、先生もおろおろしていたけれど、私は気絶ってこうなのかぁ!と面白くて合点が行った。
今でもあのふわりと倒れて行く感覚を思い出すことができるくらいだ。
.........子供というのはこんな風に悲壮感がない。
ここが素晴らしいところだ。
チビも案外喜んでバスに乗っているかも知れない。
ああ、私も足が痛い。かくして一家討ち死にのようになって夜の眠りに就く。
スポーツ一家の実態、このように情けなし。
■ 舞台に立つという事 |
Date: 2004-04-13 (Tue) |
夕べ、パリオペラ座のエトワールを見て
舞台が怖い、あんまり怖くてバレエを辞めようかと思いつめていた、という告白は
身につまされた。
本当に同感だ。
私など本番の舞台経験は4800舞台くらいあるのだけれど、
それでも足が地に着かないくらいに緊張することがある。
ただの酸素の取り方さえ忘れて、踊りの出を覚えていない気になり、出た途端に失敗しそうな恐れに震えが来そうになる。
本番の日程が近づくにつれてどんどん痩せて、ノイローゼのようになったりもする。
最後はほとんど上手く行くのに、それでも毎回これで絶望するんじゃないかと日夜苦しむ。
細かい振りのつなぎのあちこちを気に病んで朝になってしまったり、もう稽古もできないくらいに足が疲れ果てているのに又、稽古場に降りてぼんやりしていたり、
はたまた寝巻きのまま、ついに汗だくになるまで踊りこんでいたり。
こんなにまで苦しむ職業が他にあるだろうかとふと思ったりする。
プロというのがお金をいただくことを意味すると限定すると、お金をあげるからこれだけは堪忍して欲しいというくらいの気持ちになる。あるいはどんな対価をもらっても、こういう苦しみに見合うものではないと言える。
だからプロと言えども、舞踊という職業は金銭ではないのだ。
このプロフェッションは、熱情だ。
観客と、何よりも自身を焼き尽くす情熱の火なのだ。
なんでこんなものにつかまってしまっただろうな、ときっとどの踊り手も何度となく自問するものだと思う。
■ 訓練日記 |
Date: 2004-04-09 (Fri) |
ああ、身辺がざわざわしていて落ち着かない。
仕事に追われまくっている。
どんな職業の人でも、創造的な事が主流の場合はみんなきっとこうなのだろうかと思う。
本気でやらないといけないっていう追い詰められ方か、それが嫌なら一つも仕事無し。
中間という贅沢は、無いのだ、と思う。
程よい加減というのは、この種類の仕事では皆無だ。
私の場合は選手の家族達が、これに三重奏を加える感じがする。
来週は木曜からいよいよスペイン選手権でムルシア県に遠征だ。
これは新体操娘のチビの方。
私はまたもや帯同しない。
クラブはお金がないから夜間バスで移動して宿泊もせずに、着くなり訓練に入って
試合なのだそうだ。夜間バスで眠れない一夜のあとで、ああいう激しいスポーツの
しかも全スペインの試合って、辛すぎる。
寝不足だとバランスを崩しやすい。
日本の選手が何によらず、外国とか遠征で力が弱いと言われるのは
案外、こういう点で恵まれすぎているからかも知れないとふと思う。
ウクライナの新体操チームはお金がないからと、三日三晩バスで東欧からスペインに着いた。
辛い国の選手ほど強い。
何か考えさせられる。
襟をただす思いだ。
同じ週末は、水泳娘の方が何かのコンペテイションだ。何かのリーグ。
勿論これにも行かない。
みんな頑張ってね、と送り出すだけ。
他所の選手達には親戚一同がどこまでも付いて行って、旗を振り回したり色々する。
うちは、家族がみんな一人で、応援無しで孤独に戦うことに決まっている(笑)
6月のアンダルシア・カップの決勝と全スペインの決勝では、私は日本公演でここにすらいない。
姉妹、父親が別々の県に遠征するので、家族が家にもいない。
「家なき子」になってしまうので、新体操娘はコーチの家に試合のずっと前から預けないといけなくなる。
この先もこんな風に生き延びて行くのかな。
やれやれ、だ。
■ 自家伝 |
Date: 2004-03-31 (Wed) |
最近は新体操の方も全然見てやれない。
車で疾走して行って娘をかっさらって帰るだけだ。
たまについ、と言う感じで数分、選手の演技にみとれる程度。
土曜日にお膝元のここで選手権だと言うのに、まだ自分の娘の演技もちゃんと見てない。
家に帰ってから「ママ、前よりずっと振り付け難しくしたのよ」と言うものだから
パジャマに着替えてしまった後で
「どれ、やってご覧」
そうしたら「ウオームアップできてないから適当だけどね」、とか言いながら
脚を180度に持って2回転決めたので驚いてしまった。
激しく叱責してからまだいくらも経っていない。
ダメになるのも早いけれど、良くなるのも本当に子供って早い。
嘘のようだ。
ピーンと伸びたカッコいい脚で、まともに、
シルビー・ギエム顔負けのあの六時五分前だかの、あのポーズで
2回転してしまう。
お家だと良くできないんだけどね、裸足だし......と彼女ははにかむ。
おお!........これで元は取ったと言う気がする。
何だかかなり嬉しくなった。
ああ、もっといっぱい色々な舞踊の何もかもが教えられたらいいのにな、と思う。
時間が無くて伝えられない。
自分の何もかもはこの子だったらみんな吸い取ってくれるだろうに、と思うが上手く行かないものだ。
時間がない。根気もないかもしれない。私の方に。
紺屋の白袴とは良く言ったものだ。
自分で育ってくれるしかないな。惜しい.....
■ 舞踊とスポーツの狭間で |
Date: 2004-03-30 (Tue) |
いよいよ選手権シーズンの幕開けだ。
昨日の体育館では、こんにちは、も
又ね、の短い挨拶もできない程に緊張感が漲っていた。
本当にデイエゴとすら一秒も話せない。
いつでも何か聞きたい事の一つ二つはあるのだけど切り出せない。
つまりそのくらいに、本当に無駄がないし、鋭利なナイフも入れられないくらいな真剣さなのだ。
ビクトリアと知り合って丸一年が過ぎた。
彼女の怒鳴り声にはすっかり慣れてしまったし、子供がかわいそうだとは全然思えなくなってしまっている。
どちらかというとビクトリアに同情する気持ちの方が勝つ。
選手の演技中に彼女は怒鳴り声の合間は低い小さな声で、ああ、ダメだ、何やってる!とかつぶやいている。
本当に一秒も休む間もなく擬視しているのだ。
「あんた、恥ずかしいと思わない?!演技が終わって息も絶え絶えになっていないといけないのに
全く変わらない呼吸でつらーーーっとしていて。いかに楽して適当にやっているかよね。
見ている私の方が苦しみで呼吸が乱れているというのに!!」
これは本当なのだもの、この辛らつさには、胸の苦しくなるような思いがこもっている。
ああ、そうなんだな、彼女はこうなのだ、とあらためて知る思いがした。
ちょっと肩をさすってやったら、目だけは選手から離さずに
「だってそうなのよ、アキコ、あれだって何回言ってると思う?」
子供だって顔が青ざめている。でもビクトリアの顔の方がもっと同情してしまうのだ。
今週の土曜にセビージャで大会があり、来週にはスペインカップで遠征する。
もういくらも日がない。
その焦燥で見ると、気が狂いそうになるとビクトリアが呟く。
この広い体育館のどの隅にいる子にも目が届いてしまうのだ。
実際、慣れてくると本当に全員の動きが目に入る。
私はまだ新体操の全ての技が、どう決まらないといけないかが分かっていないので
大概の子は上手くて天才じゃないかという驚嘆しかないのだが、
ビクトリアはその、私が密かに賛辞を送っている子をガタガタに怒鳴る。
「え?そんなにダメなの?こんなでも?」.............厳しいなぁ、新体操!!
デイエゴによるとせっかくの演技も、あと一秒かた持続できないで次に移っただけで減点になるか点が入らないのだそうだ。ほとんどできている、は、できている、にはならないのだ。
難しくてどうにもならない。
スポーツっていうのはとかくこれなのだ。
美しければどんな風に文字を崩して書いてもそれはやっぱり美しい、というのが芸術だとすると
ここの所の容赦なさは、スポーツ独特だと、又あらためて思う。
子供の父親が良く言うけれど「スポーツはどんなに良くても三番までに入れないとあとは屑扱い」
つまり、そうなってしまうのだな、としみじみ思う。
やっぱりここに来ると気が引き締まる。
私にはこれに比べたら自分のしている事なんか何にも苦労でない気持ちに洗われる。
この子達はこんなに一日の時間をすり減らすようにして打ち込んでいながら、暮だの夏になると
クッキーを卸値で譲ってもらって、親戚や親の友人に売りさぱく。
その僅かな利潤で体操着や、すぐにだめになってしまうシューズの費用に当てるのだ。
ここはみんなして清貧だ。
こういう苦労は買ってでもしないといけない。
どう生きるか、だけがテーマだと思う。何が残せるか、ではなくて。
さて、又根性入れ替えて頑張ろう、私も。
■ スポーツマンの寡黙って....放っておきましょう |
Date: 2004-03-23 (Tue) |
一体みんなの選手権の結果はどうだったのかと思うのだけど
誰一人として言葉多く語ってくれない。
私以外の家族全員がばらばらに、いっせいに各地で選手権だったのだ。
遠征から帰った夜は一言も口がきけないと言う感じだった。
「あの、何か口がきけないみたいだけど、もしかして結果悪かった?」
かぶりを振る。
じゃあ.....???
「すごく疲れてる?とか?」
一瞬間があって
「死ぬほど....」
はっ!!失礼しました
....もううるさく聞かない。
かくして三日経ち...
「あのーーーねぇ、結果どうだったか、もう聞かせてくれたりする?」
子供の父親が出た「マスターズ」というのは年配の元水泳選手とかが出るのかと漠然と思っていたらそんな生易しいものではなくて20代の人が圧倒的で元オリンピック選手とか大変なレベルで、年かさが行っていてもせいぜい30台までなのだそうだ。
みんな選手上がりで相当なツワモノばかりで、それは厳しい戦いだったそうな。
この、毎朝タイムを計って仕事の前に生きているのが辛くなるくらいに泳ぐ人でも、八百メートル自由形の四百メートルで手も足も動かなくなりそうに辛かったと言うのだから。
その先は聞きたくないかも知れない。
じゃあどうだったのかというと年齢別では一番の賞状をもらってきたとお花模様の表彰状をちらっと見せられた。
そんなに辛い大会は、あとはいつあるのかと思いきや、来月だという。
年間ほとんど毎月勝ち抜いて行くらしい。
絶句してしまった。スペイン全国で点々と回って行われる。
ほとんどいつも上の水泳娘、下の新体操娘達の選手権と重なる。
しかし....本当にみんなよく飽きもせず本気の勝負を毎月やるものだと聞いているだけで、見ているだけで疲れる。
400メートルで手足が利かないくらいに疲労してしまったって、凄い、根性物語り、と水泳娘に同意を求めると
「私は今回の大会では、水温があんまり低かったのでバタフライで飛び込んだなり脚がつってしまったのよ、ママ!!つった脚のまま200メートルって、呼吸が止まるくらいに辛いから!」
ひえーーーー、さよぞんすねーーー、どちら様も人並み外れた克己の精神で、私めとしましては聞くも恐ろしいお話ばかりでござんす...
水の中でそんな必死の思いなんかするの嫌だ、恐ろしい。
私はオカです、オカ。フラメンコは陸です。
ああ、嫌だぞっとする。もう聞くのよそう。
無口な家族で良かった。
■ オール選手権 |
Date: 2004-03-20 (Sat) |
日本から帰国する前日まで私の家族は水泳のアンダルシア選手権で
ハエン県(スズキ自動車が労働組合と苦戦していた事で有名)に遠征していた。
私が疲れて帰ると、もっと疲れている選手の子供達がいる(笑)
「大丈夫、学校に行ける」と胸を張る新体操娘は、翌日登校し、疲労困憊の水泳娘は
銀メダルと共に一日休む。
私の家では学校は絶対に行かないといけない場ではない。
体が第一だ。そう思いません?
体の次に記録。その次は学校も。
まだよく話しも聞けていないのに、もう昨日から新体操娘はオリンピックがらみでマラガに合宿している。
今年はいよいよ全スペイン選手権に初出場なので、予選?だか、スペイン新体操界の予備軍としての試験?だかのためにC.A..R(Centro de Alta Rendimiento)から召集されている。
今朝はこれから水泳娘は又別の選手権を戦いに行く。
この子達の父親は、やっぱり水泳の「マスターズ」に出場するためにマラガ県のミーハスに遠征する。
昔から水泳部で鳴らした彼は、今日に至っても早朝に毎日タイムを更新する事に情熱を賭けている。
ついに遺言状までしたためて、今年から水泳のマスターズ大会に出場するのだそうだ。
どういうのか、もうこうなると私にはさっぱり分からない。
南スペインの大会と、スペイン全国の大会が年間通じてあり、年度の終わり=つまり七月に決勝があって最優秀選手というかチャンピォンが決定する。
スポーツ新聞とかテレビに顔が出る。
マスターズというのは、多分子供が出ているのと同じように年間幾つも大会があり、記録が一年にわたって競われて恐らくヨーロッパ選手権とかも勝ち抜いて行くのだろう。
と言うわけで、日本から帰ってからこっち、家族の大会前後でもみくちゃだ。
たった今、この時点でやっと朝焼けになったのにもう一家全員、選手権に出かけていて
家に誰もいない。
こんなに年中緊張感が漂っている家族もそうはいないだろうと思う。
うちは週末というと必ず選手権で、体育館から出て来れない。
私は今日は誰の事も応援しないし、新体操も帰国したてだからと帯同は棄権させていただいている。
午後から稽古だ。
思っただけで胃の辺りがぎゅっとしてしまう。
悪いけど人の選手権より「自分の選手権」でいっぱいだ。
もう時間が無くてジムにも行けないので、あの凄い機械をこれからデパートに行って注文して来ようと思う。
サロンに置いたら一斉攻撃されるだろうな......暖炉の脇に鉄棒取り付けて間もない。
地下でこんな事ばかりしているのは嫌だ。家族の顔見ながらやりたい。滅多に会えないし。
それにできればパソコンの傍がいいと思う。
これにかがみこんでいるのと同じ時間だけ筋トレするべきだもの。
頭上にシャンデリアが輝いているってのに、目を移すと鉄棒、拷問機みたいな筋トレマシーンがあるって
インテリアデザイナーは家に来たら呆れるだろうな。
うーーーーん、屏風でも立て回すか........?
■ 横着 |
Date: 2004-02-15 (Sun) |
デイエゴと話していると本当に、そのまま舞踊論文になってしまうような事柄が多い。
これはとても貴重だから、誰かが何かでヒントになるかも知れないのでできるだけ小まめに書きとめようと思う。
私達は実践家なので、全然踊れない人が机上で作り上げる舞踊論とはまるで違うのだ。
踊り込みと振り付け中のレッスンについて。
プロの中でも、振り付けや稽古中に全く本気では踊らないで順番とか場所だけ確認して、
ざっと通しているだけの人がある。
これは、これで正しい。
本気で力いっぱいやっていると最後には疲れきってしまって次のスケジュールに障ったりする。
こんな風に稽古する人の中で、例えばマイヤ・プリセツカヤがいるらしい。
デイエゴに君はどう?と聞かれた。
私はほぼ70%は舞台と同じだけの力を出してやるわ。と答えた。
本番中の全速力というのは、稽古では絶対に出て来ないから、100%でやってもやっぱり本番のが勝る気もする。
何故、ほとんど同じくらいにやるかと言うと、適当にしていると歩幅が違ってしまうし、速度も違う。
すると舞台での効果としての距離で失敗するし、振り付けて行く時点でもう一回転必要だったりするのに手前でやめてしまうことになる。
ともあれ、ほぼ同じに踊り込みながら振付けないと、後でそのつけは必ず払わないといけなくなる。
最終段階の稽古でつけを払うのならまだいいけれど、時間が足りない時は舞台でつけを払う事になる。
これだけは避けたい。
避けられない事もある。
だから時間のある時に私は敢えて楽観してこの方法を取らない。
デイエゴも私と同じ方法でやっていると言う。
意気込みが同じでないと歩幅も迫力も違うから、あっと言う間に舞台全面を突っ切ってしまったりする。
真ん中過ぎで終わるのと、斜めに突っ切ってしまったのでは後の展開がまるで違ってしまうのだ。
場所とか体調の制約下にある時は話しが別だ。
頭でさらうのは常にしていないといけない。
どんな細部の曖昧もこうやって検証し、次の稽古の時に潰そうと考えていないといけない。
ここで話は別の支流に流れる。
私が使う小道具がどうしても気になるとデイエゴが拘っている。
そんなに言うなら替えてもいいわよ、と私は折れた。
月曜の朝一番で欲しいとなると、日曜は店がやっていないから土曜のうちに買わないといけない。
やれやれ....夜の10時、閉店間際のデパートに駆け込んで物色する。
壊すといけないから同じ物を二つ買う。
夜、色々考えながら小道具をテストしていたら案の定、壊してしまった。
値札をちょっと引っ張っただけでばらばらになってしまったのだ。
ちゃんとはさみで切らないからこうなるのでしょう?とチビに説教されてしまった。
だから二つ買ってあるじゃない、先を見越して.....て?言い訳にならないな、こんなのは。
はさみを取りに行くのももどかしく、早くやってみたかったのだもの。
■ 踊り手秘話 |
Date: 2004-02-13 (Fri) |
身辺がざわざわしている。
いつになったら落ち着いてゆっくりと何かできるのかな、て昔から思い続けている。
そんな日が来たときには、きっと自分はお終いなんだろうってこの頃悟りを開いている。
昨日は大事な仕事の電話が入浴中にかかってきたのに水泳娘が私に伝言してくれてない。
机に向ってなんだか必死に暗記しているみたいな彼女に、つかつかと近づいて文句を言う。
すっかり忘れてしまったの、ゴメン.....
考えてみるとこの子ももう心ここにあらずなのだ。
来週木曜から4日間、アンダルシア選手権で遠征する。
年齢別のカテゴリー無しで、生え抜きの年上の選手達に混じって戦わないといけない。
で、学校の試験も宿題もあって、六キロも泳いだ激しい訓練の夜にこうやって勉強している。
下の新体操娘は夜になると、今日はここまで振付が進んだ、とか言って私に見せる。
3月にこの子も全スペイン選手権に初出場なのだ。
ビクトリアから、衣装は日本に行く前にちゃんとしておいてやってとクギを刺された。
自分の公演の衣装は衣装屋に出しても、子供の戦闘服は縫ってやらないといけない。
やれやれ、と思うけれど結構これは楽しみだ。
もう大方できている。やりだすと早い。めちやくちゃカッコいい。
何とでも言って。自画自賛。はい、そうです。
新体操の衣装ではきっと成功するからブティックをやれって言われている。
踊り手で失業したらこの道が待っている。
おお、一つの芸で破滅したらこっちの芸が身を助けるかも。
何にしても芸は身を助ける。....そうだろうか???
昨日の話。
精神のバランスを保つには当たり前の日常の仕事、買出しとかに限るって
ベツカムが言ったので、そうよねぇ、と昨日スーパーに買い物に行く事にした。スペインはファックスで注文できてしまうので私は滅多に買い物に行かない。
大型のカートを押して、精神のバランスのために(笑)買い物していると、
見知らぬ主婦が飛んできて、「あの、それ私のカートみたいですが。どこに行っちゃったかと探し回ってしまったわ」赤面。
次に、どこに車を駐車したか分からなくなってしまって、もう少しで泣いてしまおうかと想像したくらいだ。
スペインの駐車場は球場みたいに広い。
今朝になって水泳娘が、
「これ、ママの鍵よ、気をつけてね。昨日ドアに差さったままだったから」
返す言葉もない。
芸は身を滅ぼすの間違いかも知れない。
■ 舞踊、観客に問う物 |
Date: 2004-02-11 (Wed) |
デイエゴは曖昧が嫌いで徹底して質問してくる事がある。
昨日の稽古で、私が使う小道具について思いがけない追撃をされてしまった。
「どうしてここでそれが出て来る?」
「だって、それが一番ストレートで分かりやすいからよ」
「で、どういう象徴にしたいわけ?なんでそれでないといけない?他の物ではダメ?」
ダメよーーーー勿論!!と思ったけれど、彼から代替をあれこれ列挙されてたじたじになった。
ダメと言ったらダメなのだ。
何故なら私がダメだと思うからだ。
「それでこの話は観客に結局何を訴えたいの?どの部分、根幹は何?
どれにしようと思ってる?」
驚いてしまった。そんなのは観る人の勝手なのだ。
「ねぇデイエゴ、私はどう感じろ、どこが主題なんだからそう思えって、観客に押し付けないの。
どの場面を取っても必ずそれを生きた覚えがある筈で、その人それぞれの生き方と心のあり方で心に深く突き刺さる場面は違うのよ。終わった時にどこで感激していてくれてもいいの。それはその人の人生であったし、きっと共感する場面が違うはず。私の役目はそこまで。共感と感動を引き出す、と言うところまでが芸術の本望だと思っているの。」
デイエゴはちょっと驚いて、Muy inteligente....と呟いた。
インテリヘンテかどうか知らないけれど、私は踊りから何を感じろ、と観客に対して思った事がない。
これは仕組んだ理論ではなくて私はいつもこうなのだ。
それは何かとても美しい物であったり、何かとてつもなく胸苦しいものであったり、
ショックであったり、甘美なものなのだ。
ただ、むしょうに淋しい美しいもの、とか。
汚くて不愉快でおどろおどろしくてはいけない。私はこういうものはやらない。
芸術は美の反対側にあるようなものを演じても絶対に何がしかの美がそこに存在しないといけないと思っている。だから私は怪しいモダンバレエだの、コンテンポラリーを見るくらいなら、いつもの白鳥湖を取るのだ。
モダンとコンテンポラリーの時はいつまでもどうしようかなと私は用心する、のが正しいかも知れない。
又、ヘンなものが出てきたら嫌だな、と思うからだ。
一分間くらい箪笥が出ていて30秒後にスリップ姿のダンサーが傘さして出て来る、なんていうのは
かなわないからだ。
コンテンポラリーなダンスの恐ろしさはここだ。
一体何を表しているのだろうと常に観客に考える事を強要してへとへとにする。
人は癒されたくて劇場に行くのだ。こんなのはかなわない。
「私ね、舞踊は分かりやすくないといけないと思っているの。誰が見ても、ああ!て一瞬にして
理解できるような象徴、それが台本を作る者の才覚だと思ってる。頭をひねらないと分からないような物は
もうそれだけで失敗の駄作よ」
デイエゴは唸った。
実は私も自分の言葉に驚いた。
かみしめてみて、うーーーん、なるほどねぇ、と少し感心した。
自分の思っている事って、つまり意識の底に沈んでしまっている本質みたいなものは
自身でも、こういう機会を得て始めて言葉になるものらしい。
どんなに独創的なものでも、観客の胸に一秒で届くものでないと私はやりたくない。
無駄はみんな省いて、そういうものの結晶だけでできた舞台しか踊りたくないのだ。
長いだらだらした踊りは好きではない。
お客もきっと嫌いだろうと思っている。
デイエゴが来てくれて嬉しかった。
自分の持っている大切な何かが自分で確認できた。
ちょっとした舞踊論だな。
もう既に誰かがどこかで言っていたとしても、自分がこう考えているってはっきりと意識できた。
それは、なんとなく新鮮な驚きだった。
■ スポンジ |
Date: 2004-02-05 (Thu) |
子供が心配顔で衣装は?
直してくれるのでしょう?
と恐る恐る聞く。
学校に行く前の玄関先だ。
ええい、うるさい!!、何かやってあげないで困ったことが一度でもある?
と聞き返す。
ない、と力なく返事して登校する。
なんだか明日の金曜に学芸会だか市の催しで
カルメンのハバネラを踊るのだと言う。
はて、何の日だろう、なんかの日かな、アンダルシアの日?
私の稽古場に、下の娘がつんつるてんになった衣装と(すぐに背が伸びる!)
踊り用の扇子が無い物だから(無いのですよ!)
OFSのレコード宣伝用か何かの良く開かない、閉じれない扇子をはためかせながら
入って来た。
「こういう振り付けなの」、と臆面もなく踊る。
あまりのダサい振りに絶句。
「誰が振付けたぁ??」
「先生。」
「ね、もっとこう、お扇子こんな風にやれないの?」
ちょうどこっちはグワヒーラスをやっている最中だ。
動いて見せてやるが相手は覚える気もない。
「一人だけカッコつけてやっちゃいけないんだもん。」
「じゃ、そのすごいハバネラをそうやって踊るんだ、稽古して?」
「うん、そう。オーケストラも来るの」
心なしか嬉しそうにしている。子供って何が好きか本当に分からない。
(と書いた所で音楽の先生から電話が入った。明日の劇場には行ってやれないのかと言う。子供が来なくていいと言うので自分の練習を入れてしまったとあたふたと言い訳する。次回からは振り付けをお手伝いしますのでご遠慮なく事前に呼びつけてください.....冷.汗)
いやぁ、参ったな。困っちゃったな、デイエゴとの練習のキャンセルしたくない。絶対に嫌だ......て。
こういうものに嬉々としているかと思うと、
3月のスペイン選手権の個人で
ボールでデビュー戦になる。
昨日ビクトリアにいよいよ振り付け曲を決めて来られたら
なんとドランテのセンブランサだと言うのだ。
これは私の曲だ。
半分くらい振付けられているのを、うちでやって見せる。
ボールでとても難しい演技で、見ているだけではらはらする。
これもケロッとしてやってのける。
子供ってスポンジみたいだ。
どこに行って何を言われてもすいすいと吸い取って来て何の疑いもない。
あっけらかんとしていて、おかしい。
■ 今日は遅すぎ、明日こそ..... |
Date: 2004-01-31 (Sat) |
子供のオールインワン・レオタードに工夫がある。
大人のタイツをそのまま使う。足先だけ切ってしまって、大人ならウエストでおしまいになるのが
子供だと胸の辺りまで来るから
肩紐としてゴムをつけるとオールインワン式のタイツになる。
毛糸のタイツで作ると冬にとても良い。
こんな物を手作りしてやるのは楽しみだ。
大人用のカラフルな色々な丈のレギンスをレッグウォーマーにして使わせる。
安価だからいっぱい洗い換えができて安心だ。
切ったはぎれで髪に結わく飾りもお揃いにしてやる。
紙面では説明が難しいけれど、薄いストッキングでとってもきれいな上に着る物も作れる。
ちょっとハサミを入れるだけでできてしまう。
こういう素敵なアイディアはどこかのバレリーナの知恵なのだ。
長い稽古の末に人は色々な工夫をする。
詠み人知らず、という感じで受け継がれて行く。
健気な踊り手達のぬくもりが伝わる。
ああ、踊り手達。
なんとも言えずにいとおしい、これらの工夫のあれこれ。
稽古場のしんとした、冷たい冬の朝が好きだ。
思い出す限り、どこのプロスタジオにもストーブがなかった。
私の家にもない。
スペインのスタジオは、冷暖房がどこにもない。
(まさかロシアにはあるだろうけれど)
冬はつとめて......か。
明日の朝は暗いうちから頑張ろう。
踊り手は稽古場にいてこそ本望というものだ。
与えられた幸福に感謝しなくてはいけない。
稽古は一心不乱でないと意味がない。
毎日、初心者のように頑張らないと。
与えられた生を生きなくては。
11:00開始ダメ、猛反省。
■ すぐ良くなる、すぐ忘れる、子供というもの |
Date: 2004-01-30 (Fri) |
体育館に向って車を運転していると
後部座席から辛そうなかすれ声が聞こえて来る。
不審に思って信号で振り返ると、子供が肩のエクササイズと甲出しをいっぺんにやっている。
シートベルトをつけているけれど前の座席の間に甲を入れてやっているのはなんだか私を不安にさせる。
「タマちゃん、甲はやめない?何かの事故にでもなった時に危ないし......」
もう三回も交通事故に遭っている。追突を二回されて、集中豪雨の時にスリップしている。
ヘレス行きの高速で車が故障を入れると4回の痛手。
装甲車が欲しい。
早く買い換えないと。
子供なりに考えてみたらしい。
移動中の車くらいしかもう時間がないのだ。
一日のどれを取っても、本当に寸暇もないと言う感じだ。
私も子供達もみんな家族全員、時間とのバトルだ。
ビクトリアにこの間も怒られたんだって?
これは認めたけれど、誰の事もライバル視していないと言う。
子供の生真面目な応酬を聞いてみると、ビクトリアの言とちょっと事情が違う。
まとめ。
「とにかくね、ばかばかしい事しているっていう印象が持たれる様な所に、ぼさっとしていたからそうなる。
誰が何していようがちゃんと自分は健気に訓練し続けていたら、一まとめにされる事なんか絶対にないんだから。
問答無用よ。同じ色に染まって見えるのは、見られる方が悪いんだから。脇目もふらずにせっせとお稽古しなさい」
「こうやって送って行くだけで私は一時間も無くなるんだからね!一日何も他にする事のないお母さんと同じじゃないのだから。忘れてもらっちゃいけないわよ。ん?」
「はい」
ああ、まだこうやって殊勝に聞くうちが花だと思う。
いつか胸苦しいような切なさでこの一瞬を思い出す時が来るのだろうな、とも思う。
「タマちゃん、続け様はダメよ。30まで数えたらほぐす。7セットやりなさい。きっと違って来ると思う。まだ体がすごく柔らかいのだからあっという間に良くなる。やったらもう、何もしないで少し休む。分かった?」
バックミラーに伸び上がってにっこりする顔が見えた。
体育館でビクトリアと二言三言交わして帰ろうとすると
素足で訓練を始めようとする娘が目の端に止まった。
足首と足を冷やしたままでやってはいけないとあんなに口が腐るほど言っても
他の子のようにそのまま何も履かずにハーフシューズでやろうとする。
呼び止めて叱る。
ああ、.......気が抜けない。
どんなにこんこんと言って聞かせても、この通りのお粗末さだ。
もう、本当に脱力してしまう。
諦めない、飽きない、それが親というものかも知れないな。
やれやれだ........
■ 空にすわれし、15の心....... |
Date: 2004-01-29 (Thu) |
あの後、ちらっと主席コーチのビクトリアと会った。
なんだか冴えない顔色をしている。
どうしたの?と聞くと
疲れているの、と答える。
「顔色は青いけど、なんていうか別の魅力が見えるわよ、きれい!今日」
そう言うと、この人らしくなく照れて、うん、もう、まさか!と袖をつかんだ。(びっくり)
ビクトリアは実際、日本人好みの端正な美人顔なのだ。着物着たら似合いそうだ。
江戸前の芸者みたいに美しい細面なのだもの。
今度、着せて写真撮ってやろう!!
それはともかく、タマーラがマルページャで失敗だった件を聞いてみた。
いつものように多くの教育ママが、何でうちの子は??なのかと少し心配して彼女が身構えた。
そうじゃないってば。本人が認めているのよ.......
最近、タマーラとアナとルシアの三人はいつも激しい競争心に駆られているとビクトリアが言う。
それでいて三人でじゃれあったり、はたまたけん制し合ったり、心ここにあらずになったりして
「ムカつくわ!!!」と言う。
「ほんとね!!」
見なくても想像がつく。
「この間、物凄い雷落としてやったところよ」とビクトリアが言う。
「私は夕べ、がたがたに言ってやった」と私。
三人が激しい競争とけん制とを繰り返しているのは、そんなに悪くない。
年頃が似通っていて、いずれマットに出て勝負になるのだから。
いいライバルというのがいても構わない。
でも、たかが自分の周囲の人を目標にしてはいかにも小さい。井の中の蛙だ。
本当はプロ中のプロをこそライバルにして、指針にして、自分と戦うべきなのだ。
こういうのはそろそろ言って聞かせないといけない。
狭いクラブ内のその中でまぁましと言われている仲間とか、
バレエなり舞踊での教室の誰それ、なんていう規模で自分を小さく限定してはいけない。
私はほんのつまらない10代の子供の時から、周囲にライバルを持った事がない。
フラメンコの教室に居た時でも、誰かより抜きん出て、なんていう規模で炎を燃やしたりということはついぞなかった。
このまま学生生活を続けていたら、スペインの少年少女に負けてしまうという切なさでいっぱいだったけれど。
自分の周囲も、まして日本国内なんていうものは眼に入らなかった。
大それた、と言えば言えなくもない。
けれども結局自分を高めるのは自分の精神のあり方しかないのだもの。
それは透明で宇宙に届くほどでないといけない。
根拠もなく、私はこれをなんとなく真理だと感じて生きてきている。
だから誰に分からせられなくとも、自分の娘にだけは分からせたいと思っている。
■ 身も蓋もなく |
Date: 2004-01-27 (Tue) |
夜、稽古をしていると、新体操から帰ったタマーラが浮かない顔で入って来た。
どうした?
先ごろ出かけた、英才少女集中訓練での採点が思いの他悪かったのだそうだ。
オフレコで今日、デイエゴから聞いてきたらしい。
もっと努力するようにね、と言われたという。
やたらとボールを取り落として気持ちも動転してしまったと言うのだ。
そう話すうちにも、何か引っかかっているのが見て取れる。
どうした?
一緒に選ばれて行った他の選手のルシアとロレーナは高得点で、補欠にしてもらえたらしい。
娘は無念で胸が騒ぐみたいに見受けた。
「ルシアは....ルシアは、何もちゃんとできないのに.......」と言いかけたので、急いで黙らせた。
「タマちゃん! ルシアはものすごくきれいな甲をしている。膝が入っていて脚がとてもきれいに生まれついている。
あの子は怠け者で高慢ちきだけれど、ああいう風に生まれついているから何も努力しなくても全部の技がとてもきれいに見えるのよ。おまけに美人」
「美人かそうでないかは関係ないと思う。」反撃して来た。
お黙り!と言う感じで私は畳み込む。
「美人は関係あるわよ。ここに同点の選手が居たら絶対にきれいな子の方に得点が増えるのよ。これは決まっているの。新体操は他のスポーツと違うのだから。
デイエゴに何と言われたって?膝と足の甲をもっとやらないといけないって言われたのでしょう?
あなた、ママにも言われたでしょう?いつも言われていて、こういうエクササイズを欠かさずにやらないといけないって言われなかった?で、あの日から毎日やった?じゃ、何日やった?ただの一日もやってないでしょう?
そうやって怠けていなさいよ。産みの母親でもうんざりして注意しなくなれば、コーチやトレーナーはあんたの事なんかすぐに相手にしなくなるのだからね」
「人と同じ事やっていてずば抜ける事ができると思う?自分の欠点を毎日一つも忘れずに努力もしないで
誰よりも素晴らしい選手になろうって、図々し過ぎない?寝て起きたらなってるとでも言うの?」
「あんたなんかの程度の子は、このスペインには掃いて捨てるほどいるのよ。朝、学校に行く前に何かやってる?
夜、寝る前には?みんなと同じ訓練だけしていて、生まれつきの条件を持った子にいつ勝てると思ってる?
学校に行っている間も先生のお話聞きながら、こうやって足のエクササイズやるのよ。そんな事も頭で考えられないで、悔しがるんじゃないわよ。呆れた図々しい、バカな娘ね!!」
黒い目に見る見る涙が貯まって、ぽろぽろと無言でこぼれ始めた。
こんな時、普通の母親だと不憫になるのだろうか、と私は冷ややかに考える。
ボールを取り落とした事など減点の対象になんかなってやしないのだ。
行かなくても、見なくても、私には分かる。
生まれつきの条件がことごとく揃った子が選ばれたのだ。
娘は欠点を見抜かれたに過ぎない。ただそれだけの事だ。
「12才になったらもう体は堅くなり始めるのよ、分かってる?
もうすぐ10才でしょう?この一年でなんとかしなかったらあんたはお終いよ。
まだ間に合うかも知れない。でも早くしないと誰からも相手にされなくなる。
ママはもう何も言わない。なぜってもう飽き飽きしているからよ。
そんな、なるべくしてなった事にバカらしい涙なんか流すんじゃない、あっちに行きなさい。」
こう書くと相当ひどそうだけれど、実際にはもっともっとうんと言い募って辛らつにとどめを刺した。
鬼のようかも知れないが、ヒステリーになるわけでも、一緒に悔しがるわけでもなく、私はこういう時に
しごく冷静だ。
9才と言う年はそんなに幼いわけでもない。
もうこんな事くらい分かっていないといけない。
ボールのせいなんかにして、ああそうかいとでも言うと思っているのか。
見くびっちゃいけない。
努力すれば多分、スペインチャンピォンくらいには一度はなれるかもしれない。
でも、オリンピックほどには行かないだろうと思っている。行かなくても私は何ともない。
実は新体操は体に良くないし、このくらいで止めさせたいくらいだ。
やる気を起こして、膝と甲と肩を克服したらいい踊り手になると思う。
いや、何にもならなくても、構わない。
けれども人と同じ事をしていて抜きん出ようという根性だけは、叩き直さないといけない。
悔しがる権利なんか、更にないのだ。
不甲斐ないと思ったとしたらこの点だ。
これだけは私はどうしても我慢ならない。
やっぱり腹を立てているかな........
■ レッスンの検証 |
Date: 2004-01-26 (Mon) |
公演準備にわさわさしていると、筋トレを始めとする総合的な訓練がストップしてしまう。
もうクラブに鍛えに行かなくなって久しい。
こんな事ではいけないと思うけれどどうにもならない。
最低なのはいよいよ仕事で回っている時で、この真っ只中になると基礎訓練さえしなくなる。
夜の本番にエネルギーを貯めておきたいから当然、稽古はいつものようではない。
だからアーティストは普通、早く公演が終わって日常に戻らないと、と結構焦る。
総じて、公演前は公演だからと緊張と焦燥の中であがいていて、
公演中はああ、早く訓練しないと、と焦り、
いつも精神衛生上よくない生活になる。
何かいいことあるのかな?と思ったりする。
この矛盾に満ちた日々。
私の相手役の踊り手が明日辺りから確かイタリアに行く。
いつも外国に行く仕事はいやいや、という感じだ。
舞踊団にいることにうんざりしている。
国立バレエでもそうだけれど、人に言われた物を延々と何年も踊るのは辛いものだ。
クリスティーナ・オヨスは国家栄誉賞に輝く舞踊家だけれど、あそこの舞踊団はこのところごっそり人が抜けて来ているみたいだ。
どうして?と聞くと、さすがにプロだから内部の色々な葛藤とかそんなのは言わないけれど
(でも勿論あるのだ)もう五年もクリスティーナと一緒だ。そろそろ他の人と交わりたい、違う物がやりたいと言う。
ガデスにしても四作しか作らないで例えば30年くらい世界を回った。
前奏が聞こえただけで出演者は胸が悪くなったかもしれない。
私はシギリージャが上手だと言うので、多分何千回という単位でこれを踊らされた。
プログラムから外してもらえなくなって窒息してしまった。
忘れもしない、90年を最後に、今に至るまで二度とこれを踊っていない。
今年の6月の公演で、初めてプログラムに入れるのだけれどなんとここまでに13年の空白が必要だった。
あれを再び踊りたい、と思うまでに。
子供の頃の憧れは紛れもなくシギリージャで、あれが踊れるようになったら本望だと思い詰めていたのだ。
日々の訓練、短期、長期の見通しとプログラム、それに常に検証するという事がいつもマメにできないといけない。
踊りのプロというのは、ずぼらな人には決して勤まらないのだな、と思う。
でも、あるいはこれはどの道のプロにも通じる道なのだな、とふと思う。
真実はいつも一つだ。
ああ、稽古、稽古。
■ 貧富の差 |
Date: 2004-01-25 (Sun) |
新体操娘がぐったりして帰って来た。
なんだか要領を得ない話を繰り返しさせてみて、やっと明晰になってきた。
英才少女達は、ただの訓練を受けたのではないそうだ。
なんだかオリンピック関係のトレーナー陣が、試合の時のようにずらっと座っていて
厳格な雰囲気の中で、選手達を全員採点していたそうだ。
テストだったのか。
コントロールと呼んでいる、このお目見え訓練は、国の最高のコーチ達が目ぼしい選手を
ファイルしておくためのものらしい。
ロシア人のコーチが居たと娘が言う。
自分はほとんど全ての技は上手に出来たのだけど、ボールだけは汗で手がすべって
下手ばかりしてしまったと残念そうに言う。
マルページャのCentro de Alta Rendimientoの体育館は素晴らしく、
新体操用のあの広い広いマットが、4枚も悠々と敷いてあったと言う。
とてつもなく大きいのだ。
マラガ県のマルページャ市というのは、スペイン国内でありながら外国のような特別な土地で、
おそらくスペインで一番お金が落ちる土地なのだ。
ヨーロッパ貴族とハリウッドの有名映画スター、政界、財界の著名人がひしめいている。
ジェット機とヨットを持つ極めつけの大金持ちがいっぱい集まる。
アラブの銀行もある。これ一つでスペイン全土の銀行より預金があるだろうとさえ囁かれている。
だから当然、新体操もマットが四つもあるわけだ。
セビージャなんかとは比べ物にならない。
お金に糸目をつけずにじゃんじゃんコーチも雇うし、衣装もきらびやかだ。
こういう背景を持つマルページャのクラブを相手に、我らがビクトリアは
いつも全然足りない資金繰りをしながら、本当に良く健闘していると思う。
この贅沢なクラブを出し抜いて、ほとんどいつも一番の表彰台に自分の選手を乗せている。
この選手達ときたら、真冬でも壁がないような、コンクリート床の粗末もここまで来たか、というような体育館で
日々訓練しているのだから。
タマーラが言う。
「マルページャの床はマデリータ(木製)でルイデイート(音)がするのよ、ママ」
「ああ、タマちゃん、そうでないといけないのよ。ルイデイートがしないとね、お膝や背骨にとっても悪いのよ」
............なんだか悲しい会話に、胸がちょっと痛む。
六時起きの子供は家に着く前に後部シートで前後不覚となっていた。
■ なまけものの記 |
Date: 2004-01-24 (Sat) |
家に一人ぼっちでだらだらしている。
こうしている間も良心の呵責に結構さいなまれている。
いっつもこんな時に、稽古していない事にこうやって後ろめたい思いで暮らしている。
思い出す限り、全部の人生、こうやってこそ泥のように後ろめたがっている。
笑ってしまおうかな。
上の水泳チャンピォンは昨日は風邪で学校を休んだのに
訓練の時間になると行くと言ってきかなかった。
どんなに止めても行くと言い張るので行かせてしまった。
下の新体操娘は、いよいよ本日、スペインの英才少女候補として国のナショナルチームの
訓練に呼び出されている。マルページャ市にある専門の競技場で朝から訓練している筈だ。
早朝から始まるので夕べから泊りがけで出かけている。
父親はマスターズの大会に出るので毎朝ストップウオッチ付きの訓練を欠かさない。
うちで一番ゆとりでだらついているのは私だけなのだ。
焦るーーーーー。
衣装で模索している。
どうしようかと夢の中にまで出て来る。
どうしてもビロードが着たいシーンがあるのだけど、ベルベットの偽物の生地だと軽いけれど
ライクラみたいに伸び縮みする。
裾をよく踏んでつまづく事が多いので使えない。
私ほとんど偏執狂のようなしつこさで衣装に凝る。
こればかりはどうしようもない。
昔からだ。
どうしても何にでも拘りがあって、人任せということができない。
衣装屋に任せても気に入らないと袖も通さない。
で、いつでも忙しくて自分の首を三重くらいに絞めて息も絶え絶えになって暮らしている。
仕方ないからこれから生地を探しに行く。
何かあおーーーーい物が着たいので、そのあおーーーーい感じのぴったり来る物を探しに行かないと。
もしかしていっそウールだといいかもしれない。
ああ、窒息する。
頭の中に照明の構図がちらついて、
その下にいる生地の事が心を離れなくて
夜も昼もなく、こんなイメージばかりの幻覚の中に生きている。
そう言えば、いつもこんな幻覚がほとんど70%という人生かもしれないな、と今、気がつく。
普通人として暮らしているみたいな表面の一皮下は、私はいつでもこういう感じで生きている。
現実の方がいつも適当だ。
だからきっと空港で怪しまれ、雑踏で変だな?と目立ち、
なんとなくおかしいなぁ、と思われるのかもしれない。
芸をしているからこうなのではなくて、こういう人間だからきっと芸に近づいて行ったのに違いない。
それで私の不明なところは、日本で人に教え始めるまで、人は多かれ少なかれみんな自分のようなのだと
思い込んでいた事だ。
「こう、振りを突き詰めて行くと、そこでぱあーーーーっと霧が晴れる一瞬があるでしょ?
そこで思い切る訳よ」、みたいな説明をしても生徒がぽかんとしていた辺りから、あらっ?と
思い始めた。霧が晴れないと言うのだもの。
こういうのは精神科かなぁ........
いえ、その、霧についてお話がツウカーで出きる相手は。
アーティストって、アシンメトリーの方向にいる人達の総称かも知れない。
こういうゴタクは晩年になってからゆっくり考えようっと。
なんですねぇ、一家総出で訓練しているっていうのにさ、暇な考え事してだらた゜らと。
あの、うちの水泳娘は毎日6000メートル泳いでいるんですと。はあーーー私なんて怠けもいいところですよね。
娘産んでおいて良かった。そうしないと気がとがめるって事がなかったかも知れない。
さぁて、オリンピック娘の向こうを張って、生地を探しにーーーー午後は稽古してーーーーと。
■ 振付家のライセンス |
Date: 2004-01-20 (Tue) |
3月に新体操のスペイン選手権の予選がある。
スペイン選手権は、年齢の下限が10才だから、うちの娘はまだ出られない筈だけれど
5月生まれなので、本選のある夏には10才になっているため、予選にも出られるらしい。
もうこの選手の選抜が発表になっただけで、憤慨して子供を辞めさせる親が続出しているそうだ。
大会に出す選手を選ぶ度にこういう事が起きるので、ビクトリアも心労が絶えない。
ごく僅かの子供しか出さないのだ。多分五人くらい。子供は50人はいる。
衣装の手当てもあるし、久しくみんなに会っていないので、昨日は車を止めて慌しく体育館に駆け込んだ。
もう既に父兄につかまって何か激しく言い合っているビクトリアに目で合図して
ちょっと連れ出す。
しばらくぶりの彼女は、なんだか面やつれしている。
「どう?そっちは?」
ビクトリアが私を気遣ってくれる。
「この通りよ」
サングラスを外して化粧も何もない顔を見せる。
「もうね、先週なんか稽古着のまま寝てた。どこに行くにももうこのまま」
「こっちも同じよ。ジャージ脱ぐ間がないもの。振り付け苦労してるわ」
..........今年に入る前からもう何も手伝ってあげれてない。
「ところで、今週末はタマーラを預けてもらうわよ」
出し抜けに言う。
「マルページャに連れて行くから。もう顔見せしておこうと思うの。」
どきっとしてしまう。
マルベージャという地名だけでこの世界では、オリンピック選手養成用の英才寄宿学校を指しているのだ。
スペイン全土から40人の英才少女達がここで訓練を受けている。
ビクトリアの指揮下にここに出入りするうちのクラブの選手が二人いる。
タマーラと他に三人の選手がこれの次期候補として、ロシアやウクライナのコーチにお目見えとなるらしい。
「今年はあなたもライセンス取ってね。新体操の振付家として。そうしないと重要な大会や、マルページャでの
集中訓練に出入りさせてもらえないから。忘れないでね、来月よ」
ふあーーーー、ライセンス取得、ついに来たか。
友繁先生、いよいよスペインオリンピック関係の奥地に潜入。
IDカード、来月取得の巻ーーー。
今週の土曜日、行きたいなぁ、一緒に。どんな激しい訓練をしているのか見たい!!
スペイン全土の天才少女達が一同に集まっている様子、是非見学したい。
6月の公演が終わったら、私はジャズのグループと仕事があり、その合間を縫って
いよいよスペイン選手権に帯同する。
このくらいスケジュールが詰まっていると、ダレなくていい。
本当に、ダレてなんかいられないのだ。一生懸命やらないと。
疲労気味だけれど、生きている、ていう実感だ。
踊りとスポーツ、これのない人生なんてとても生きれそうにない。
芸術に栄光あれ!!!!!
■ 足の考案 |
Date: 2004-01-19 (Mon) |
稽古の後にビデオを見ていたら
下記のナルシスト君は、私のパートにいつも気配りして
何回も助言してくれているのが入っていた。
あら!!
稽古中には気がつかなかったのだ。
あんまり没頭していて、親切に何か言ってくれていることに気づかない。
スペイン語も現地にこれだけ住んでいると、イントネーションに相手の親切がにじんでいるのがちゃんと分かるから意外の感に打たれた。
いやぁ、親切だなぁ、こんなに何回も言ってくれているのに全然無視してしまってて、私って.....
ここは猛反省しないといけない。
けれども次の展開を見ると、エスコビージャの追い上げで死ぬほど早くなっている。稽古でこれだけ燃えて上がってしまうのだから本番ではもっと凄い展開になると、私はぞっとする。
なんだか昨日から右ひざを少し痛めてしまっている。
何といっても早い。強い。難しい足なのだ。
軽いのにくっきりした足を考案しないといけない。
これが当面の課題だ。
情熱の赴くままに体を壊してしまってはいけない。
保身のために芸が曖昧になってもいけない。
しっかり研究するのだ。そのために頭はある。フラメンコの飾りグシをつけるためではない、と。
衣装の発注に行かないと間に合わない。
どうしよう、まだどんなのにするか決まらないのがいっぱいある。
やれやれ、踊るということは、かくも大変なことであります。
■ ナルシズム |
Date: 2004-01-17 (Sat) |
今日は、共演の男性がやたらとめかしこんでしかも遅れて来た。
音楽家達は朝も早くからずっと作曲に手直しをしている。
一人が遅れてくればやれなかったりすることが多い。
一時間近く遅れた辺りから私はいらいらが抑制できなくなって来た。
みんなとても忙しい。本番がある人もいる。
こんな事は許されない。
いざ、この極悪人がスタジオに入って来て曲を通すと
私の目から火花が出ていたかもしれないというくらいの苛烈な
デュオになった。
本当に役柄でこの男性と戦いの踊りになるのだけれど
二人の戦いが今現実にこの日は本物なのを周りの音楽家達は嗅ぎ取っていた。果し合いだ。
ものすごい迫力で決まった。
本番でも怒らせてくれ!と一瞬思ったほどだ。
優しい美しいデュオでは、相手がいつもよりバケツ三倍くらいの大袈裟な情熱で絡んでくるので、ええい、うるさい離れろ!と囁いた。
スペイン男の典型で、こうなると意地でも引き寄せようとする。
さっきの敵をここで取ろうとする。
挙句に今日はめかしているので自信満々の彼は
ばかばかしいまでの情熱で人の目を覗き込むのだ。
わかります?
伊達男みたいに。
それでいてこっちの思惑なんか勿論どうでも良く、
自分がどんなにカッコいいかだけしか彼の頭にはないのを私は辟易としながら見抜いている。
気障に片眉あげるものだから
こらえきれずに
「ああ、ああ、カッコいいわよ、最高だわよ。だからお願い、意識戻して。酔い痴れないで」と言ってやった。
まったくねーーー、どうしたらこんなに自分に溺れるだろうか。
女の踊り手より男性の方がずっとこの感じは多い。
男のナルシズムは、結構肉食のしつこさがある。
本番になったら危ない。
私を蹴飛ばしても、自分が前面に出ようとするかもしれない。
舞台裏の話としてこういうのは本当に多い。
踊り手でなくても、楽器で、何にも張り合うことがないようなお互いの位置関係の筈でも往々にして起きる。
自分より踊り手がお客にインパクトを与えると気にする楽器奏者もいる。男だから女と張り合わないとは限らないのだ。
舞台の上は危険で、何が起きるか分からない。
稽古場で眉を上げてるだけでは済まないのは、確かだ。
しっかり技を磨いておかないといけない。
ナルシズムは敵だ。
■ 真夜中の稽古 |
Date: 2004-01-11 (Sun) |
今年の6月9日に長野で、12日に東京のメルパルクで、公演する。
私の半生を賭けた大作で、目下毎日稽古に入っている。
非常にレベルの高い音楽家達と共演するので、厳しい思いをしているが
生涯全部くらいの経験もしている。
一分ごとに感心したり、驚かされたりの連続だ。
フラメンコというのは即興で何でもどんなテンポでもどんな初共演者とでもできないといけなく、
私はこのフラメンコの原点になると独壇場というくらいに自在にやれる。
全部、徹頭徹尾、即興というのが私はとても好きなのだ。
頭に何も準備しないで舞台で呼吸するのが好きだ。
相手がどう出るか分からないのを間合いを計りつつ、仕掛けて行くのはとてもスリリングで素晴らしい。
これこそフラメンコの醍醐味だ。
今回の舞台で一部でこれも勿論やるが、二部は最大の舞台作品としてこれ以上は難しいというくらいの肝いりで
みんなで振り付けている。
音楽もオリジナルで、心理描写を音に託して音と私は一心同体になる。
これは本当に上手い、才能に満ち溢れた音楽家を得ないと絶対に実現できない。
時間も丁寧にかけないといけない。
こんなに才能ある人を一音作りからキープして、みんなで仕上げる贅沢をしないと出来上がらない。
だから今までやったことがない。
凄いレベルの作品になると思うと本当に感激だ。
あとは自分の役柄を深めて徹底的に稽古するまでだ。
一日中、稽古に明け暮れていて新体操はお休みさせてもらっている。
よく体育館の別室を借りて、ここでフラメンコの稽古を一人でしていることもあるのだけれど、
今はとにかく寝食を忘れて、というレベルなので体育館に行く間もない。
こうやってHPに息抜きに来て愚痴をこぼすぐらいしか
余計な事ができない。
このページがあってくれて嬉しい気がするくらいだ。
本当はバレエテクニックの話をしようと思ったのに脇道に行ってしまった。
私の共演者である男性は、バレエも良く出来た人なのでピルエットも物凄い。
脚は陸上の選手だったので、強さは比類なく、このバネで回転が決まるのかも知れない。
他には、つまり重心が決まっていて安定していないことがない。
体が完璧に踊り手になっているのだ。
そうすると緩やかに始めても五回転が平気で決まる。
毎日、相手の無駄のないこういう動きを、動物学者のように見つめて考えている。
とにかく四人の天才的な男性達が、男の世界、ていう感じに寄り合って音とリズムに
磨きをかけているさまは、畏敬の念が起きる。
フラメンコはどんどん難しくなって来ていて、音楽もリズムも世界に無敵というくらいに研ぎ澄まされて来ている。
本当に感じ入ることが多くて、夜の眠りもなくなってしまうのだ。
夕べも稽古していたら、もう3時近くてあわてた。しかも寝巻き姿で鏡に映っていた。
いつから夢遊病になったかな、と思う。
■ バレエレッスン |
Date: 2003-11-20 (Thu) |
昨日の新体操の訓練中にバレエレッスンで
ちょっと子供の指導を手伝って欲しいとデイエゴが言うのでリンバリングをやめて手伝った。
(風邪の後に始めてのバレエレッスンで絶望的な気分の私でした)
本当のバレエのたったのポールドブラと歩きだけの組み合わせで子供達がとろとろしている。
「脚持って2回転、ボール投げてウルトラCの子達なのにさ、こんなバカな振りでこんなにとろいって僕、理解できない」
本当に嘆かわしいくらいにたどたどしいド素人ぶりなのだ。いつものあの凄い演技は何?と驚く。
何回手本をやってやっても白鳥みたいなふわっとした手が出来ない。
ふあーーーー、舌を巻く思い。
「ねぇデイエゴ、私最近考えているんだけどこの人達って考えない人達なのよね。言われた技をただやる人達で
そこに感情移入とか音楽聞いてどうしようとかの訓練がされてない。体の柔軟なロボットなんじゃないかと思うの」
「考えないか...訓練が主体だからね」
「うん、そう。情操というのがない。笑えって言われて上手に笑うけどそれは技の一つでなんていうか
ダンサーみたいに気持ちが主にならないのよ。似ているようでいて訓練が全く違う」
ここで私はデイエゴに突っ込みたかった。だからタマーラが踊りたいっていうそういう気持ちを育てるべきでもっときれいにやれるようになってから、ていうあなたは間違ってるわよ、と。
でもせっかく関係が上手く行っているのでこのテーマは体育館では持ち出すべきではない。
そういう意味ではトレーナーや教師も含めて私は観察が日々できて勉強になる。
多分、舞踊についての博士課程をここで一人で勉強しているんだな、て最近思う。
自分の娘を見ると無力に心が少しくじける。
この子は情操がとても豊かなのは私は赤ん坊の頃から良く知っているのだ。
それなのに、日々目の前にしていて思い通りのプログラムを施すことができない。
みんなと一緒に少しましなだけで、やっぱりこういう生粋のバレエになるととろとろやっている。
なんていうかこういう専門家のくせに、自分の肉と血を分けた分身を見殺しにしているようで辛い。
もう全然時間がどこからも出て来ないのだ。
私も子供も目いっぱい活動してしまっている。
仕方ないや、と思うのと、ああ!!という無念な気持ちが交互に胸に湧いて苦しい。
火曜日と木曜日の新体操をやめさせて遠い村で教えているバレリーナのところに連れて行こうかと又考えている。
キューバ国立バレエ団のソリストで、世界中を回った人がいるのだ。
ただし、
先生は立派でも旗日だというと連休、クリスマスと言えば連休というバレエ学校ばかりだから
遠くまで必死で連れて行ったら臨時休講、なんていうことが舞踊はとても多い。
これが私は耐えられなくて、どうしてもきっちりしたスポーツ界をひいきにしてしまう。
タマーラももうバレエは嫌だと言ったりする。
バレエってとろとろしていて好きじゃない、なんて言うのだ。
がっちり訓練されるのが好きな子供なので、気持ちは分かる気がする。
今までにバレエでは失望しかしていないから無理もない。
ああ、やりきれない。
■ 涙の200メートルバタフライ |
Date: 2003-11-18 (Tue) |
水泳娘はこの間の大会でいい結果が出たらしく、
シーズン終幕のスペイン選手権の出場権利タイムをクリアーできたらしい。
どうも今回の大会は競争ではなくて個人個人のタイム更新でその結果、全国的な比較表を出すためらしい。
水泳のトーナメントと言うのはタイムが全てなので、全国紙にタイムが出て、まだ相手を知らないうちから
どこそこの誰々、と勇名がとどろく仕掛けになっている。
これはそれなりに便利でいいな、と羨ましい気がする。
二日間の大会で、初試みとして11歳の女の子が200メートルバタフライに出場したと子供が言っていた。
「この子ね、飛び込みの位置について泣いていたの。」
「どうして?」
「こんなに小さい、タマちゃんと違わないような子が200メートルバタフライなんてかつて大会でやった事がないのね。で、4才も年上のスペイン第三位っていう選手と一緒に飛び込まないといけなかったの。
大人と赤ちゃんみたいに見えた。大勢の観衆が見つめる中でしょ?もう準備できているのにめそめそ泣いてた」
「あらら、かわいそうに」
「だから、トレーナーが近づいて、もしも辛いならやらなくていいよ、て言ったのに、泣きながらやりますって言うのよ」
「あらら、でどうした?」
「50メートルくらいで力尽きて溺れそうになりながらゴールに入った」
おお、痛ましい...
「それで辿り着いてもまだ泣いてたの。お母さんは感動して席で泣いてた」
自分は誰の応援にも行かないのに、この話を聞いてなんだか泣いてしまった。
えらくいい加減な母親もいるものだ。全く我ながら呆れてしまう。そんなだったら自分も
選手の子供達がいるんだから応援に行くべきだ。
私が年に一回くらい大会に顔を出すと、クラブのほとんど全員の母親からやじられる。
しかし、本当にスポーツ観戦って好きではない。
自分はやらずにじっと肩こりになりながら見ているって、辛すぎる。
私の娘とその父親は、試合を全部ビデオに納めてきて試合の合間にも見て研究しているし、
その日の食卓にもビデオをテーブルに乗せて何度も巻き戻しながら
あそこがまずい、ここは良かった、を繰り返すのだ。
このくらい熱心に舞踊も研究したらすごいことになるだろうな、と脇から考える。
でもごたごたにビデオだのバッテリーだの用意しながらとてもやれるものではない。
いかにマメに取り組むか。
こういう技術を健気に利用すると本当に技が磨けるとは思う。
オリンピック関係の選手クルーは勿論やっている。
私も頭では分かっていてもめんどくさくて本気でやろうとは思えない。
ただし大昔はよくやりましたね。そう言えば。
録音テープだけでも数百、千くらいはあるかもしれない。
ビデオは踊りの舞台はまず撮らせてもらえないから、ここがハンディキャップかも知れない。
でも死ぬ気になって撮ろうと思えば、振袖を着てコンサートに出かけ、袖下からカメラを回せる。
捕まったら捕まった時だ、と覚悟して.....?
■ Es para cogerlas y matarlas |
Date: 2003-11-16 (Sun) |
昨日の遠征はトロフィーやメダル授与と閉会式が終わったのが夜の10時だったという。
それから更に三時間、バスでセビリアに帰還だ。
真夜中に出迎えも大変だし、子供も早く休んだ方がいいのでクラブ間近の別の選手の家にそのままお泊りにしてはどうかと言われた。
そういう仕度はさせていないのだけれど、そんなのは任せて!と言われてしまったので甘えることにした。けれども心穏やかでなくて結局夜中の二時過ぎまで仕事をしてしまったので迎えに行った方が良かったくらいだ。
朝早く電話しないでね、と言われているのでずっと控えている。
タマーラのチームは一番だか二番だかになれたらしいが(聞き漏らしてしまうズサンな私です)
他のカテゴリーの選手達はさんざんだったらしい。
実は聞くも悲惨な事件があった。
BBSに資金作りの投稿があったのでタイムリーだが
選手達の母親四人が組んで、今シーズンから晴れの出場用のレオタードをみんなで手作りにすることにした。
それはプロに頼むと高いからと言う以上に、専門店だと生地が他のチームの選手と似てしまったり、仕立ての技術も仮縫いもかなりいい加減なので、洋裁の心得のある人が丁寧に作った方がましだと結論したからだ。
この発端は、私が娘の衣装をプロ以上の成果で手作りしたという事実がみんなを励ました。
よって、デザインと仕立ての簡単な説明指導は私がしたが、あとは私は感知しないで、誰が製作しているのか知らないで過ごしていた。
私は父兄との接触を最小にしている。挨拶しかしない。
昨日の朝に今まさに遠征に出るバスの脇で、タマーラのチームを除く全員の衣装が間に合わなかったと聞かされた時は耳を疑った。
このビクトリアのチームは南スペイン最強で、粒揃いの少女達でひしめいている。
スペインチャンピォンも居るし、次期オリンピックの候補と注目されている子もいる。
それが、他県に遠征する大事な大会に、裁断が間に合っていない衣装で出るのだという。
縫いかけの衣装を着て出るのだという。
スパンコール刺繍など夢のまた夢のような光物のない飾り無しの惨めな衣装で戦うのだと言う。
鬼のビクトリアは夕べ一睡もできず、雑巾も縫えない身で仕立てを手伝って、
今朝は号泣したのだと人から聞いた。
どうして間に合わない、などという事があるだろうか。
三週間もあって、責任ある人なら間に合わない、なんていうことは絶対に不可能なのだ。
業者がいい加減な真似をしても許されないが、どこの世界に自分の子供の衣装を間に合わせない母親がいるだろうか。
この四人の張本人の子供達は、針のむしろのようなバスの中でずっと元気がなく、
衣装が間に合わないという他の子供達も辛くて仕方なく、
無惨な結果は試合でことごとく落ちるボール、失敗するリボンに如実に出てしまったのだという。
全員がこの惨めさに打ちのめされてしまっていて、試合で力が発揮できなかったらしい。
当然だ。
私はこうなると何年住んでもこの国は異国だし、異文化だ。
だから私は大事な舞台が迫っているときは、どんなプロも、どんな人の約束も最後には信用しない。
二段、三段構えで事故が防げる用意をいつもする習慣になってしまっている。
これ以上、この件に対して私は、言葉が見つからない。
子供達は毎日の全てを賭けて訓練に必死に打ち込んでいる。
才能もあり美貌でもあり、それの何倍もいじらしい努力の塊の子供達ばかりだ。
ビクトリアは私生活も犠牲にしてこれに賭けている。
こんな事が起きて許されるだろうか。
この子達の母親が自分の子供をこんな目に遭わせるって、捕まえて殺してしまっても足りない、ていう表現がスペイン語にあるけれど、これのために発明されたんだな、て思う。
戦場に向う子供に破れた鎧を着せたまま出すだろうか。
繕いが間に合わなかった、と言えるだろうか。
自分の肉と血をもってあがなう人を初めて母というのではないのか?
本当に言葉がない。
胸がつぶれる思いだ。
■ 早朝、畑も耕さず.... |
Date: 2003-11-15 (Sat) |
土曜日だっていうのにうちは朝の六時からみんな起床している。
スペインの朝六時は日本の午前四時くらいの威力がある。
そのように早い。
外は真っ暗でロンドンのように霧が立ち込めている。
今日は、水泳娘が水泳の方のアンダルシア選手権の第一弾コンペティションがあり、(今シーズンの幕開け)
下の新体操娘はこっちのアンダルシア選手権団体の部でマラガ県に遠征する。同日だ。
それでみんなでこんなに早く起きて仕度している。
私は自分の稽古があるからどちらにも応援に行かない。
上の娘には元選手の父親が帯同するのに、チビの方はたったの一人でバスに揺られて行く。
なんとなく不憫だけれど、こういうのはこの先もずっと度々あるだろうと覚悟を決めて欲しいと話した。
なんと今日の試合は、午前八時に出発して、帰りは夜中の12時を回るのだそうだ。
マラガで大会が終わるのが夜の九時なんだそうだ。
それからバスで帰還する。
大変なものだ。
私はこんなのには仕事がなくても行きたくない。
けれども先日ビクトリアと話していたら、タマーラは今年は全スペイン選手権に個人でデビューさせるつもりなのだと打ち明けられてしまった。
全スペイン出場の最年少は10歳になっていないといけなく、タマーラは選手権の二週間前が誕生日なので
成り立てで出場権利が生じる。
言われてみてはたと気がついてみると、この晴れ舞台は、ほぼ確実に水泳の全スペインと重なり、私の帰国公演と重なりそうなのだ。
こんなに大きなデビュー戦で、しかも個人演技で出るのに行ってやらない、家族の誰も応援しない、ビデオも残らない、となるとさすがに気がとがめる。
それだけではなくて一家がみんなして家にいないから何日も前からビクトリアの家か何かに引き取られて過ごさないといけない。
私のような母親を持つのは子供にとって果たして幸せだろうかと考えてしまった。
もしも私がこういうプロフェッションに生きていなかったら、喜んでどこにでもウキウキと付いて行くだろうか?
週明けから振り付けに入るのに、木曜日にはカデイス県に出かけて今度一緒に仕事をする
ジャズグループと会わないといけない。勿論真夜中だ。
いつも仕事が何重にも重なっていて、一つの山場を生きている最中に次ぎの山の中腹くらいを歩いている。
背景にはこういう家族事情と色々な細かい仕事をいくつものロープでひきずっている。
子供も夫も私ももっと凡庸だったらどんな人生だったかな、と時々想像してみる。
これでも退屈してしまう事があるのに、みんななかったらどうなのかな、と実は思い描けない。
そう、これでも退屈してしまうのだ、時々。
いつ?て、ちょっと一息ついた瞬間に。
つける薬がないかも。
■ アンダルシア選手権決勝戦 |
Date: 2003-11-11 (Tue) |
今週末に水泳選手の長女の大会と
新体操選手の次女のアンダルシア選手権決勝が重なってしまっている。
他県での遠征なのでバスで移動しないといけない。
この間やったばかりで冗談じゃないぜ、というのが私の本心だ。
風邪から立ち直れていないのにマラガ県くんだりまで行けるか、ていうのが更に本心。
元水泳選手の父親は新体操なんか始めの一秒で退屈で死んでしまう、というくらいだから
当然、姉の方に帯同する。
前回の新体操の大会では珍しく水泳と重ならなかったので一家で応援に行けて
不憫になるくらいにタマーラは感動していた。
いつでも大勢の家族に囲まれている他の子供みたいにうちは賑やかではないのだ。
それなのに、体育館に私達を降ろすなり、この父親はクラブに泳ぎに行ってしまったのだ。
この人は毎朝400メートルを本気でタイム測って今でも更新しようとしている。
大会が始まる前に泳いで来る、というこの根性、おまけに氷雨が降っている遠い村まで来ていて
セビージャに引き返すって....こうなると本当に熱意では「私のフラメンコ」でさえ負ける。
あっという間にタマーラの番が回ってきてしまいそうだったのでちょうど泳ぎ終わっただ
ろうという父親を、電話で呼びつけないといけなかったくらいだ。
このように父親は不熱心、その上私ももう音を上げている。
今度のアンダルシア決勝、ママは行かなくていい?
ついに聞いてしまった。
私は風邪でダメだった分、稽古が本当に詰まっている。もう月曜にコンサートの契約書にサインしないといけないので気持ちがとても追い詰められている。
週末は本気出して打ち込まないととてもダメだ。
新体操なんて悪いけど関わっていられない。
他の選手達とバスに揺られて行って欲しい。あなたはきっとまたすごく上手に決まっているから
もう見なくてもいいでしょう?
パパもノエリも行かない。ファミリア無しだけど、もう平気よね?おっきいお姉さんだしさ!!
健気なもので子供はさらっとしている。来なくていいと言う。
ちょっと気がとがめるけど、背に腹は代えられない。
クラブのトレーナーやコーチにも行かないと言ってしまった。
こんな母親は創立以来初めてだろうけど、任せておいてちゃんとケアするからって言ってくれた。
やれやれ、心からほっとしてしまう。安堵というより行かなくていいのが嬉しくて。
プロと母親の情の狭間に立つと、勿論プロの方が優先する。病気で命に関わるような重大事でない限りは、私は稽古をさせてもらいたい。
家族に何のウエットな感傷も無しに、こういう心理が当然と受け止めてもらえる。
違う環境だときっと大変なのだろうな、とふと思った。
■ 孟母三遷あえなく失敗 |
Date: 2003-11-07 (Fri) |
インフルエンザが猛威を振るっている。
スペインの風邪は毎年結構威力が凄い。
新体操の選手達も40度からの発熱で一週間も休んでいる子達がいる。
昨日はデイエゴがげっそりした顔で機嫌も悪かった。
ちょっと二、三レッスンの事で言葉を交わしただけで怪しい雲行きになった。
「ねぇ、どうしたの?」
「今日は僕はちょっとぴりぴりしてるんだ」
じゃ、もっと落ち着いた時に別に話をしようね、と言いながら
なんとなく話が細切れに続いてタマーラの個人レッスンをやめてしまう話に漕ぎ着けてしまった。
またねーーーーとにっこり笑って別れたものの、きっと帰りの車で一時間も運転しながら
話を反芻して彼は怒りに油を注ぐんじゃないかな、と思ってひやりとした。
ビクトリアにデイエゴをなんだか怒らせてしまった、と肩をすくめたらにやりとしていた。
アナベルは個人レッスンを始めるなりコンサートツアーに出てしまうと言うし
やっぱり個人レッスンの継続というのは本当に現役アーティストが相手だと難しい。
さすがの孟母三遷の私も手がない。
小さいうちから家族と話して寄宿生活とかはさせたくない。
家庭的に優れた環境というのは何よりも幼少時の人間形成に大切だと思うからだ。
となるとその環境で最高にして最善の優れた芸事は、
セビージャではフラメンコか新体操になる。
ビクトリアの指揮下のこのチームはアンダルシアでは間違いなく一位で、スペインでも有数なのだ。こんなクラブが家から30分であるのだ。
無い物ばかり追い求めても青い鳥はここにいる、て感じだ。
もう、優れた先生探しも飽きてしまった。
自分でやればいいのだ。
私は優れた教師ではないのか????
週に三日、自分で娘の個人レッスンをやるしかない。
そう呟いたら、昨日は子供が震え上がった。
大丈夫だからぁ、そんなに怒らないからさぁ.....信じる気配はあまりなかった。
他人の子みたいに優しく教えないとね。
■ 競技会一日前 |
Date: 2003-10-24 (Fri) |
土曜日に新体操の大会がある。
それなのに、まだ衣装のレオタードができて来ない。
金曜日、すなわち本日の最終訓練が終わったら、翌朝の大会のために全員髪も結ってしまうのだそうだ。
あんなに大量の糊で固めた頭で子供達は夜の眠りを苦心しないといけないらしい。
レオタードは間に合うのかな?
私もこの国に飼い慣らされてしまったものだと思う。
自分の娘が出るというのに、衣装がまだできなくても結構平気でいる。
明ければ朝の八時からウオームアップ。
だから六時起き、十時には試合開始というせわしなさだ。
最近の娘の所属クラブのコーチ陣のすさまじさと言ったらない。
各グループに一人の割合でコーチがついている。
ものすごく若い、かわいい顔立ちの、かわいい声の引退選手がコーチに加わった。
ブランカというまだ17歳のこの人は、ナショナル・チームで個人種目の選手だったそうだ。
時期オリンピックに個人で出場と決まっていたのに突然、辞退して引退までしてしまったらしい。
詳細は知らない。
きっと語りたくないだろう。
こんなに若くてもチームを見ている時の叱責のすさまじさには目を見張る。
ビクトリア、キキ、ブランカの御三家。
体育会系最強軍団。.......そういう感想を持ってしまう。
ただ、
この人の違いは、選手をがたがたに叱った後、即座に自らボールなりリボンなり取り上げて
ラクラクと手本をやって見せることだ。ついこの間まで現役だった強みだ。
その鮮やかな事と言ったらない。
叱られても惚れ惚れと見てしまうみたいだ。
みんなの気合が違ってきている。
娘のタマーラのグループも、こういうお姉さん達を憧れの眼差しでちらちら見ては余所見をするなと叱られている。
11月15日にアンダルシア選手権、12月14日にスペイン選手権が迫っている。
まだ子供子供した少女達だけれど、一度音楽がかかって演技に入ると本当に立派な
技を繰り出す。
表情と表現力の素晴らしさも鳥肌が立つようだ。
デイエゴの迫力の指導も素晴らしい。
ラストの急展開のところでね、と私が口を挟む。あれを合図にアンデダンを決めないとフィニッシュ間に合わないわよ!
みんなポカンとしている。こんなに怜悧なのに!!あの楽章が分からない?
分からないと首を振る。じや何?まぐれでやってるの?と言うと、うん、とうなづく。
ダメよーーーーそんなぁ。ラストでしくじるかも知れないじゃないの!ちゃんと分かってないと!!!
音階を歌ってやったらデイエゴに感心された。あら、皆さん、こういうの歌えないんだ.........
私にも特筆すべき特技があって嬉しい。
フルオーケストラだって鼻歌でどこの所か教えてやれるもん。
でも不思議。この間バレエのアバウトリズムについて話したばかりだけれど、新体操も結構音楽についてアバウト。
■ プログラム開始 |
Date: 2003-10-20 (Mon) |
週末に親しいバレリーナのアナベルが訪ねて来てくれた。
娘のタマーラの個人レッスンをお願いする事にしたからだ。
その晩にサルバドール・タボラの作品で、ロペ・デ・ベガで踊らないといけないという
大事な舞台の当日に、だ。
この人の約束をたがえないのと時間に正確なのとは本当に頭が下がる。
私だったら舞台に立つ日は、いくら友達の娘でもレッスンはお断りしたい。
この人は10代の早い時期に天才少女と謳われて、まだ弱小なたったの13歳で単身マドリーにバレエ修行に行った。スペインに勇名を馳せているビクトル・ウジャーテのバレエ団でソリストとしての経験を積んでいる。
その素晴らしいパッセ、甲のしなやかさ、回転の確かさに私は彼女の努力の跡と並々ならないプロの軌跡をはっきりと見ることができる。つまり心から信頼できるのだ。
八ヶ月前、まだ新体操で移籍する前に娘は暫くレッスンを受けていたから、この数ヶ月の目覚しい子供の上達にまず、お祝いを言ってくれた。けれども私が見抜いている弱点も瞬く間に看過した。
ポールドブラと回転が弱い、と。
新体操は言わずと知れたびしばしポーズの手だし腕だから、これは気にしていた所だ。
回転も特別なものしかやらないから、何種類もあるバレエの回転は網羅できない。
娘の舞踊プログラムでは、デイエゴと最近、意見の一致を見ていない。
彼はどこまでも正しい基本に終始する。
少し汚くてもいいから、何か踊りの中でやって欲しい。もう基本ばかりにはうんざりしているのだ。
踊らせてやって!
心が楽しむのを、感情の発露がどういうものか、表現力も養ってやって!
こんな当たり前みたいな要望が全然受け容れられない。
もう少し、ちゃんときれいにやれるようになってから、とデイエゴは頑固で聞かないのだ。
人それぞれのやり方があるから二回言ってダメだと諦めて一旦引くしかない。
この点でアナベルと私は意見が全く一致した。
バレエというのはものすごく記憶力が鍛えられていないと物にならない。
複雑で難しい振りとかバーレッスンをすらすら取れる訓練は、相当積まないとダメなのだ。
だから時間の効率のために同じ訓練ばかり繰り返していると偉大なバレエダンサーにはなれない。
ここのさじ加減は難しい。
効率を考えた同じ訓練というのは訓練としては捨てがたい利点もあるからだ。
けれども、娘は毎日同じ事の繰り返しばかりでうんざりしている。
ここで目の覚めるような難しい暗記が求められるのは時期として抜群のタイミングだ。
もう、やらないといけない。
表現力と感情の発露。瞬時の記憶。
対立するアナベルとデイエゴが居ると鬼に金棒という気がしている。
私はプログラムを入念に練りながら、同時にこの研究で勉強している。
生真面目で慎重なアナベルは、年間プログラムをちゃんと組みましょうと言ってくれた。
私は、それでは足りない。
9才から12才までの三年間の計画をきちんと練りたいと申し入れた。
とりあえずA4で六枚の計画書を手渡した所だ。
泣いても笑っても、プロの分かれ道は、この三年間にかかっているのだ。
この三年だけは生涯、どの時点でも取り返せない年月だと私は信じている。
私のこの信念が、どういう形で証明されるかは、これからだ。
こんな事ならもっと早くにやっぱり半ダースくらい娘を産んでおくんだったな。
二人なんかじゃ、ちっとも色々な試験がやれやしない。
挙句に水泳に取られてしまったらお手上げだ。
レッスン代も一人だと流石の私もうーーーーん、と唸るくらいに辛いが、
10人いてくれたら結構明るくしていられるだろうに。
■ 微調整 |
Date: 2003-10-10 (Fri) |
あの一件があった翌日は、まるでそのために行かなかったみたいに
私は仕事の都合がつかなくて体育館には姿を見せれなかった。
あの件はデイエゴがビクトリアに良く話してくれるということだったけれど、行かないと気にするかも知れない。
電話してただ仕事だというだけだと言おうと思っていたのに、忙しくて忘れてしまった。
そんなこんなだったから昨日は出かけるのが憂鬱になってしまった。
何か感情の行き違いがあったら鬱陶しくてやりきれない。
訓練開始の五分前になって、もう体育館まであと数百メートル、という所で携帯が鳴った。
次席コーチがついに気をもんで電話してきたみたいだった。
運転中なので子供が出て、今、もう着く所です、とか言っている。
ビクトリアの指示で電話しているのだろうし、あちらはあちらで胃が痛くなる思いだったのかも知れない。
体育館に着くなりベンチから大声で指示しているビクトリアにつかつかと近寄って
「どう?調子は?」と、とびきりの笑顔で尋ねた。
「音楽編集も上出来。まずまずってとこ!」
この会話だけでお互いの気持ちの確認が済んだ感じだ。
体育館に居る時は、私も体育界系のあっさりした話術に徹することにしている。
この人達の話はとても短くて、回転が速いのだ。
ビクトリアとしては最大の社交辞令で、私の家の家具の事なんかを無理やり気遣ってくれたりする。
なんだかちぐはぐな会話だ。あんまり変で、いじらしい位だ。
訓練が始まるや、ビクトリアの痛々しいまでの指示がタマーラに飛ぶ。
開始前によくウオーム・アップするように、とか、途中でも自ら近寄って色々直していた。
ダウンにも細々と注意していて、私は少し気がとがめたくらいだ。
訓練の間中、私はずっとタマーラから遠い隅に行って、見もしなかった。
いずれにしろ、私の存在は微妙だ。ただの踊りのプロで、ビクトリアの助っ人としていられたら物事はスムースだろうと思う。
私が選手の母親だというところがとてもまずいのだ。
全ての選手について屈託なく何でも意見が言えるのに、自分の子供についてだけは遠慮が出て言えない。
あちらも素直に聞けない。母親だから自分の子供のためならなんでもするだろうと警戒心が解けない。
それは何でもするに決まっているけれど、プロだから公の場ではわきまえている。
そこの所を相手に信頼される迄は、困難な道がきっといっぱい横たわっている。
いつも危険はつきまとう感じだ。
人生、中々単純にハッピーエンドにはなりにくいけれど、次の衝突がなく、このまま上手く行って欲しいな、と思う。
■ プロの迷い |
Date: 2003-10-09 (Thu) |
夕べはとてもシーリアスな時間が過ぎた。
子供の父親は、バレリーナなんかにするのはかわいそうで賛成できないと言う。
私もクラシックのバレリーナの修行は子供にさせたくない。
勿論、私はバレエが大好きだけれど、プロのバレリーナというのがどういう苦しみの上に成り立っているか十分知っているのだ。週に五時間レッスンしても、それは趣味の範囲だ。
プロを目指したらまだ一桁の年から毎日五時間やらないといけない。
それだってコールドになれるか?というくらいに厳しい。
12才までに完成。何でもできるようになっていないといけないのだ。
どうしてこうやっていつも無い物ねだりになるかな、とため息が出る。
日本に居る時はフラメンコ、フラメンコの揺りかごにいるのに、バレエ。
なんで日舞じゃなかった?何でフラメンコにしない?
もうこうなったら普通の女性として、この住むのに楽しいセビリアの街で趣味のバレエだらだら、
趣味のピアノだらだら、なんでも楽しくかじって何にもなれなくったっておしゃれで幸福な人として家族や友人に囲まれて無理なく成人しても何の違いがあるだろう、という気持ちがむくむくと湧いて来た。
苦しみに苦しみを塗りこめるような、世界の一流のプロを目指して、それでなれたってなんだと言うのだろう、という気がする。
どの道恋愛にも、結婚にも、なまじ一流であったりすれば苦しむのだ。
そんな物を目指したからなんだと言うのだろう?
才能なんていうのは、埋もれたからってどれ程の損失があるわけでもない。
ただの豊かに生まれた幸福な人としてゆったり生きたらどうだろう?
本人に聞くしかないな。
.........まだやっと9才だ。
それだって彼女の立派な9年の人生だ。本人が決めるしかないのだ。
「ねぇ、タマちゃん、まじめなお話があるから良く聞いてよ」
「はい」
あなたはうんと小さい時から踊りの感受性が豊かで、とても条件が揃って生まれついたとママは気がついていた。だけど、セビージャだったら例えば14才くらいでここを出て多分外国に行かないと本当の一流のバイラリーナになれない。道はとっても厳しくて、今からもう本当に大変になる。来年の夏はどこかに少し留学してみる。(子供は目を丸くした)
そんな事をしなくても趣味でやって、幸せに普通にここで暮らす事もできる。
ママはどっちがいいか本当に分からない。
あなた、どうする?
一秒も待たないで一流になりたいと答えた。
私はてっきり別の答えを予測していたのでなんだか慌てた。
それじゃあ、こうしましょう。
しばらくアナベルにクラシック、デイエゴにコンテンポラリーをみっちり見てもらって何が一番好きか10才になるまで頑張ってみましょう。新体操はどの道トレーニングとして無駄にならないから続けて、大会も出場して一年様子を見ましょう。
とにかく、どうしても踊りが好きなら20才までは一生懸命やりなさい。
お姉さんになって別の事がしたかったら踊りは止めていいけど、それまでは半端はダメよ、いい?
土曜の昼にデイエゴ、日曜の朝にアナベル、月曜から金曜までびっしり新体操。それで構わないと本人が言う。丸々の休日無し。バレエにもっと時間が必要になったら新体操の一日をあてがう。
そうよね、子供なんて昔は好きな事してどこまでだって遠くに走って行ったり、一日中飛び跳ねたりしていたものなんだもの。たかが毎日三時間くらい、好きならなんでもない。
気楽に行こうぜ!
そのうちなんか見えて来るだろう......迷う時は立ち止まらないで、やりながら考えるのだ。
■ プロの見解 |
Date: 2003-10-08 (Wed) |
親交を深めて色々なナショナルチームの内情とかオリンピックの舞台裏を聞くにつけ、私にはこのスポーツが娘に望ましいものだとは益々思えなくなった。
益々、というのは普段のトレーニングにも納得が出来なく、不信感を深めていたからだ。
新体操というのは、骨格に積極的に悪い、後遺症が残ると確信するような無理というより、無知な訓練をする。
全てのスポーツはプロの域に達するレベルであれば多かれ少なかれ、体に非常に悪い事はいっぱいする。
だから当たり前と言えば、当たり前だ。
けれども、許容できる範囲とできない範囲がある。
良薬と同じで気をつけて訓練すれば、新体操は後で何らかの舞踊で進んで行くには、非常に有益な訓練でもある。
もしもニューヨーク・シティ・バレエ団の傍に住んでいなくて、ローヤル・バレエ学校も遠い場合に、近所でラチの明かないレッスンを能も無く続けるより、こっちで鍛えてから後にバレエに転向するのはとてもいいと思うくらいだ。
例えば、8歳から12歳くらいまで新体操。開脚は思うのまま、全ての筋肉は良く発達し、柔軟は人間の体で望みようがないくらいまでの選手になっている。ここからバレエに本腰を入れると素晴らしいと思っている。
勿論、ここまでにバレエレッスンは一日置きにはしていないといけない。基本だけでも。
という訳で、その長所をよく観察した上で、私は次女のタマーラの訓練をはらはらしながら見てきた。
ついに昨日、ビクトリアと対決になった。
体育館に着くなり、助手がベンチを運ばせていきなり開脚をやらせたのだ。
ウオーミング・アップは丁寧にやらないといけないと子供に厳命している。
けれども次席トレーナーが子供のアップを中断させた。
私は訓練中に絶対に口出ししない方針を曲げて、この人にに近寄り、抗議した。
ビクトリアと話してくれと言われてしまった。
二月にここに移籍してからずっとアップが甘いと不満だった。けれども八ヶ月間一度も抗議した事が無い。
昨日だけは黙って見逃すわけに行かなかった。
どこの世界に、いきなり200度の開脚をさせる訓練があるだろう?
母親としては勿論だけれど、プロとしてこれは黙っていられない。
そうして私とビクトリアはこの点で絶対に理解しあえないという事を発見してしまった。
二人の見解は決定的に一致しないというのを確信したのだ。
「何言ってるの?彼女達は選手よ。その辺のやわなバレエ少女じゃないんだから!」そう答えたのだ。
私の顔色が変わったのを見て、この発言が決定的にまずいと彼女は察知して話題を変えた。
でも、聞いてしまったのだ。
露呈してしまった事はなかった事にできない。
「ねぇ、ビッキー、私はプロだからあなたの仕事には口出ししない。訓練が始まったら娘を煮ようが焼こうが自由にしてくれて構わない。でも、たった一つの条件だけは私が舞踊のプロだと言う点で尊重して欲しい。たった一つの点だから。それは十分なアップを終わるまで中断させないという事と、左右の脚を必ず同等に訓練させるのを妨げないという事。そして訓練の後にはダウンをやらせる事。これだけはお願いするし、これが叶わない場合は即刻退会させるから。あなたはあの子が引退するまでの責任だけれど、私は母親だから一生の責任がある」
この当然の理論は受け容れられたと思えなかった。
ビクトリアに抗議している間にさっきの助手は娘に開脚をどんどんやらせてしまったのだ。
きっとまた同じ事が起こると思うと私は夜になっても気持ちが晴れない。
子供と将来についてじっくり話し合った。
夜半過ぎ、
デイエゴに電話して二時間近くも話し合った。私とデイエゴは全く同じ理論を共有している。その彼からナショナルチームでもウオーミングアップも無しにいきなり始める事が頻繁だと言われて、私は目の前が暗くなった。
ともあれ、彼からビクトリアに今一度話してくれると約束した。
さて、それでもこの件は難しい展開をいつもはらむだろうと思う。
■ 無題 |
Date: 2003-10-04 (Sat) |
バレリーナになる過程
この夏は日本の新体操クラブにも一日体験させていただいて色々思う所があった。
スペインと日本の子供の「持ち時間」の違いだ。
結局全てはここにかかっているのだと思った。
こっちの子のが時間がいっぱいある。
午後二時から後は好きに使える。
主要教科はやる。
無学にはならない。けれども過度の詰め込みの勉強、後で何にもならないものに時間を
かけないということだ。塾も行かない。大学も行かない。
つまり、その時間を全部投入して体操やバレエのスペシャリストになって行く。
人の一生で使う正味時間は限られている。
全部はやれない。
だから大学がそんなに有難いなら、後で行けばいいと思う。
今やらないと後で取り返しがつかないものがある。
今やらなくても後でいくらでもやれるものもある。
子供のうちに詰め込まれるほとんどの勉強が、後でやればいいものだと大人になった私は判断する。
こういう認識が日本では父兄を筆頭に、薄い。
思いもつかないみたいだ。
次に、勇気がない。聡明な親でもつい、なんにでも潰しの利くものに子供を仕立てようとする。
残念な事だと思う。
芸術にインスピレーションを掻き立てられる天才はほとんどみんな日本では死んでしまう。
本人が自覚する大人になってから、いくら自分でその道を選んでももう遅いのだ。
欧米に優れたバレリーナが排出するのは、体格の問題だけではない。
持ち時間の問題が過半数を行くと思う。
週に一度一時間、何かやってその道のスペシャリストには絶対なれない。
かつて私自身が子供の頃に、きっと欧米では子供の時から学校だのバレエ学校だののコンビネーションがうまくできていてばりばりの踊り手が育つのだろう、と悲しい気持ちで空想していた。
私は週に三回二時間のレッスンをしていて、こんなものではどうしようもないと悩んでいた。
五時間、八時間はやらないといけないのではないかと苦しんでいた。
ここに来て、全くその通りだと次々証拠を目にするばかりだ。
子供の頃に教えられるほとんどの技は、その場でできてしまう。
大人のように何年もかからない。
バレエのプロは8歳から始めて15だの16歳にして全部できるようになっている。
バレエというのはすぐできるようになるものなのだ。たったの七年か八年で。
何十年も費やすものではない。技術はそれで全過程はできてしまうのだ。
後は経験と努力で磨いて行く。
スペインの新体操もオリンピック級の才能とまでは行かない選手は15歳で引退してしまう。
これでも七年くらいで立派な選手になり、数々のメダルを得るところまで行けるのだ。
20歳前にみんな勝負がついている。
日本だけが20歳になってもまだほとんどの人が何をやるか分かっていない。
精神年齢が10年は遅れていると思う。
個々の責任という訳ではない、社会が成熟していないのだ。
良いことだとは思えない。
■ 水分のとりかた |
Date: 2003-10-02 (Thu) |
フラメンコ・オーレがサイトの引越し中なのでエッセイはこちらで...。
この間、新体操の方で子供達に全然お水を飲ませないで許可しないまま過酷に続けているのでデイエゴににじり寄って、この件は何とかしないと!と言うと
意外な答え。
水を採るのは良くないんだよ、と。
この間、パリ・オペラ座の主任教授と話し合ったばかりで、水分を採れ採れというのは、商業ベースのお先棒かつぎだって言う。
つまり、こういう飲料水を売り出している企業が唱え出した定義で、本当にはレッスン中の水分補給は良くないのだと言う。人間の体は一時間半は十分にやれるのだと言う。
うーーーん、これ、どう思いますか?
私が子供の頃はレッスン中に飲ませてもらえなかったです。心臓に悪いんだとか言われました。
稽古の直後も注意して飲まないとダメと言われました。
だからどうなのかなぁ、といつも半信半疑でいます。
誰か岩崎トレーナーのところに質問に行ってきてくれないですかね。
本当の所はどうなのかしら。多分、飲みすぎはいけなくて、どこまでが適量なのか難しいのじゃないのかな。
私はレッスン中は、山のように切ったレモンとかオレンジの短冊にかぶりつきながら振りをなぞったり考えたりしています。あれだと飲みすぎないでいいんだけど。
根拠としてはどうなのかな。
自分の頭脳とか他人の定義よりも、本能の方を信じることにしています。
さてと、おつむの弱い踊り手だと告白した今朝ですが、一寸先も見えないような大雨。
セビージャは五ヶ月も雨が降らなかったらしいので、草木が喜んでいるでしょう。私はこれから楽しく稽古に励みます。最近またまた稽古が楽しくなっています。新しいスタイルが生まれつつあるって感じです。
最近の芸風は切れが良くて俊足。こういう日が来るとは思わなかったです。独自のスタイルっていうところかな。さてと、頑張って行きましょう、お水の件は懸案のまま。
■ 快挙 |
Date: 2003-09-29 (Mon) |
家に鉄棒を取り付けた。
インバージョン・テーブルは八方手を尽くして手に入らないし
アメリカから送っていただいて楽しみにしていたグラビティ・ブーツには落ちて死んでも保証しないぞ、と書いてあったのですっかり興ざめしてしまった。
体育館の肋木の一番上に登ると、なんと三メートル近くあるからここからまっ逆さまになって、保証してくれないブーツのフックを引っ掛けて飛び降りる向こう見ずにはついにな;れなかった。
ビクトリアでさえ怖いと言って青ざめていた。
けれどもこうもりみたいにぶら下がるのは、絶対に背骨に良いという信念が捨てれない。
稽古の前後に絶対にやった方がいいし、パソコンなんかに向った後ではなんとしてもこうもりにならないといけない思いに駆られるばかりだ。
それでも地上二メートル以上の所からまっ逆さまになるのは本当に思い切れるものではない。
両足かかってしまうと何でもないだろうけれど、それまでには片足だけかけてぶらぶらしている瞬間がある。
この間は、宙ぶらりんになっただけでなく、強靭な腹筋でもう片方の脚を引っ掛けないといけないのだ。
失敗したりするといつまで腹筋がもつか分からない。
ああ......思い切れない。腹立たしい!
地下室の誰も降りて来ないような稽古場で一人事故でどうかなっていた、なんて事は願い下げなので
鉄棒はサロンの最も見栄えのする飾り物で占めるべき暖炉脇の一角に取り付けてしまい、家人の一斉ブーイング攻撃を受けた。
先週、この辺りにあった腹筋台が無様だと言われて、強制立ち退きさせられたばかりだ。
まだダンベル10キロがこの辺で存在位置を死守している。
あとは開脚用のゴムひもとか.......
いつ押しかけてもモデルハウスみたいに美しく整ったスペインの家では、こんな事は罪悪に近い。
暖炉の煙突に続く壁が、鉄棒取り付けのためにめりっという音をたてたりした。
暖炉なんか一度だって薪をくべたためしがない。
第一、こんな物にあったまろうというくらい暇な人間が一人もいない。
めりっと言おうが崩れそうになろうが構うもんか、鉄棒を付けるのだ!!!
せっかくのインテリアは台無しだな、と思うと可笑しい。
この台無しな所が、私の情熱が健在な証拠で嬉しい。
そしてやっとぶら下がった!!
背骨がめりっと言う。しめた!思い通りの整体がこれで可能だ。
自分の体重で引っ張って稽古で傷めつけた背骨をちゃんとさせる。
これ、うまく効果が出てきたら段違い平行棒みたいなのを鍛冶屋に打ってもらおう!
そうして、しゅるしゅるしゅるっとなんかやってみると楽しいかも知れない。
■ 基礎は大事だけれど...... |
Date: 2003-09-24 (Wed) |
昨日、体育館の隅で腹筋をしていたらデイエゴが近寄って来て
立てと言う。
怪訝な顔をして質問するととにかくちょっと立って、と又言う。
なぁに、何なの?
「タマーラは今日はどうかした?」
と出し抜けに聞く。
「別に、なんにも。どうしてそんな事聞くの?」
「なんだか元気がないし、良く集中できないみたいだからどうしたのか聞いたら目にいっぱい涙をためてしまうんだよ」
「えーーーー!?何で?別に普通の機嫌で来たのに。」
「とにかく、彼女と話してみて。何か言うかもしれないから」それだけ言うとデイエゴは離れて行った。
いつ泣いたりしただろう。おかしいな、そんな場面は見ていないのに。
......そう言えばバーレッスンの後ろ姿の時にデイエゴが横に並んで顔を近づけて長いこと何か言っていたのは見かけた。あの時だろうか、涙を貯めてタンジュをしていたというのかな。
はて.......?
三時間の訓練が終わって車に向う間、それとなく聞いてみた。
「ねぇ、なんか泣いたんだって?デイエゴが心配していたけれど、あのバーレッスンの時?」
「.............うん」
あらら....じゃ、やっぱり本当なんだ。
「どうして?すごく上手にやってるな、て思って見てたのに。何があった?」
子供ってこういう時の気持ちが理路整然と説明できない。
何か聞かれると悲しくなる、なんて要領を得ないことを言ったりして判じ物のようなのだ。
ああいう風にどうしたの、て言われると悲しくなるんだって言う。
さんざん細かく区切って質問を変えてみてやっと判明した。
つまり、こうだと言うのだ。
「毎日毎日、いつも同じことばかりで悲しくなる」
新体操の訓練は身体能力強化と称する過酷な柔軟とか開脚とかで満ち満ちている。
挙句に仕上げのバレエレッスンは基本から一歩も出ないのだ。
体が今一つ硬くて、バレエもそんなには慣れていない子ならそれでいいかも知れない。
けれども、
どこもかしこもチューインガムみたいに柔軟な体を持った子供には、本当につまらなくて嫌になっても当然かも知れない。
もっと踊りたいのだ。
柔軟な上に、せっかく180度の楽な開脚、完全にアンデオールの脚を持っていてダイナミックな展開にち
っともならない。
毎日三時間もの訓練時間を、いくら幼いと言ってもあまりの芸のない訓練ばかりでほとほと嘆きたくなったのに違いない。
私はちょっと胸を突かれた。
盲点だったかも知れない。
今日、早速彼に話してみると、「そうだったんだ!! 当然だよね、かわいそうに。来週からタマーラは大きい選手達のクラスに入れるからね、もっと踊れるようにしてあげるから!」
そう請合ってくれた。
ああ、やっぱりデイエゴは頼もしい。
「私もうっかりしていたのだけれど、バレエは4才の時からやっているの。どこに行っても持て余してしまって
先生を変わる事4回。とどめの王立舞踊学校では手ひどく失望しているのよ。厳しく鍛えられたいって思ってもう五年も経ってるのよね、良く考えてみると......」
「あんまりだよね。なんとかするから、僕が」
せっかくデイエゴが提案しても
ビクトリアがなかなか飛び級させてくれないのだ、と帰りがけに子供が暗い顔で言う。
やれやれ.............
いよいよビクトリアと対決だな。一歩も引く気はないけれど、上手にほぼ理解してもらえるにはどうしたらいいかなぁ..........変に頑固で絶対に折れないところがある女性なのだ。
正当な理由があっても屈しないところなんかは、私には多いに苦手な人には違いない。
蒸しかえるような体育館で、子供が許可を願っても水をなかなか飲ませないのと同じくらいに間違った事をする人でもある。
水を許さないのとこういうのと、いつかきっちり話したいのだけれど、さて困った。もうあんまり待てない。
■ 胸に刺さること |
Date: 2003-09-22 (Mon) |
来月からデイエゴに個人レッスンをお願いすることにした。
月曜から金曜まで新体操でびっしり三時間で、週末が恋しいくらいにきついけれど、とどめに
土曜の昼二時間、自宅に来てもらう。
彼にはウエルバ県から車を飛ばして来てもらうのでご苦労様なことだ。
けれどもお互い忙しくて、これしか空けられない。
これもともするとダメになる日があると思う。
それが原因でだれてしまうと嫌なので、契約書を交わして欲しいと言う。
もっともなことだと思う。五年契約にしてもいいわよ、と言ったら初めて笑った。
デイエゴという人はスペイン人にしては珍しく
時間にものすごく謹厳で、セビージャ県外から来るのに誰よりもきちんとしている。
こんな人は長いスペイン生活で一人も知らない。
それから雨だろうが風だろうがこの態度が変わらないばかりか、やる気無し、という日がない。
どんな時でもきちんとしている。
ものすごく機嫌が悪い日はあるのだけれど、そういう時は逆鱗に触れないように寡黙にしてさえいれば良いだけで、レッスンに手を抜くということが全くない。
珍しい人だと思う。
バレエダンサーは一般に長い修行と過酷なレッスンに耐えている人が主軸だから
根気のある人が多いけれど、それでもダレる人はだれる。
教えるのにはなお更根性が要るという人も少なくない。むしろびしっと大勢の生徒が入っていないと休校にしたいという先生は普通なくらいだ。
(脱線=生徒側ではよく、少人数、少人数と念仏のようにこれを尊ぶけれど、教える方は少人数は本当には
元気が出ない。だから大勢、びっしり入っているクラスのが活気もあり、先生は張り合いが出るのいで結局生徒にはお得なのだ)
先日のレッスンの時に、重心の移動についてコツと注意点に言及していた。
その後で彼はこう続けた。
「これは僕はつい最近までいかなる先生にも教えてもらえなかった。だから今まで
気がつかなかった点です。
何故どの先生も言ってくれなかったかというと、彼らにその気がなかつたからです。
僕はそういう教師ではない。君たちは有難いと思ってすぐ実行しないといけない」
少女たちにはこの言葉の痛みと重みがきっと分からないに違いない。
私は胸が詰まってしまった。
これは本当の事なのだ。
どんなに力のある先生に習おうと、結論としてその先生の人間性というのが全てなので、
不親切な人は永遠にどこまで一流に登ろうとも、見ていても言ってくれない。
芸を極めて行く上で何に傷つくかというと、何故こんなことを早く言ってくれなかったろうか、と驚く事だ。
毎日、あるいは毎度見ていてあの先生は気づかなかった訳がないのにどうして?
そういう疑問と失望をする。
無駄に流れた時間と月日の膨大さに唖然とする。
いかなる職業でも最後にはどういう人間がやっているのか、にかかっているのだと思う。
怠惰であったり、自分にしか興味がなかったり、不実な教師であれば自身がどんなに優れていても生徒を見殺しにする。
教師としてのデイエゴは、何故、そういうことができるのか、と煩悶しただろう。
そして私もこの点では全く彼と同感なのだ。
教えてあげないでいることの方が私達にはずっと大変なことだからだ。
自分達にはそういう教師がついぞぶつからなかったけれど.......
■ 芸術監督 |
Date: 2003-09-19 (Fri) |
ここの所、家族が夜、食卓に着くとみんなでぐったりしている。
バケーション明けの猛訓練に入っているからとてもきついのだ。
新体操も、私のバレエも、水泳の訓練も、終わるのが夜の八時過ぎなので
食卓に揃うのは九時頃だ。
水泳娘は毎日三時間半の訓練で全身筋肉痛だと言う。
お願い、言わないで。ママは死にそうなんだから、と私。
タマはふくらはぎが痛い、というのは来月の大会を控えた新体操娘だ。
こうやって夜はみんなで力なく笑い、朝は死人のようになって「頑張ってね!」とお互い送り出す日々。
本当に傍にベターっとついてくれる秘書が欲しいと思うけれど、二ヶ国語がちゃんとできて文才もまあまあの人ってどこかにいないだろうか。説明しなくてもどんどん分かっちゃうような人.......
今期から新体操では、Directora Artisticaという称号がついてしまった。
昨日ビクトリアがオリンピックのナショナル・チームの選手に私を紹介する時にそういう肩書きで言っていた。
で、
ディレクトーラ・アルテイスティカの初仕事は、今週末には絶対に選手権に出る選り抜き達の衣装デザインを決めることだ。一日延ばしにしていたらビクトリアからもう一ヶ月しかないから!とクギをさされてしまった。
じゃ、明日もらって行く、と言って帰ろうとすると
「今日持って行って」と今年の生地見本といくつかのデッサンも持たされてしまった。
一つも気に入らないのだ。
だから自分でデザイン画を描かないといけない。ま、たったの五チームだけど。
これは本当にはとても楽しい仕事だ。
日本の生徒のためにグワヒーラの衣装も今月デザインして持って行かないと作ってくれないと工房から言われている。
毎年、団体の衣装とバタデコーラは九月〆で10月製作と決めたばかりだ。
生地の見本室に入ると午前中いっぱい出て来れなくなるくらいに見本がある。
どんな感じかと言うと鷺沼東急の一階フロアー全部くらいが工房なのだ。ここの三分の一が生地でひしめいている。頭がぼうっとしてしまう。何も見ないで家でイメージしたものだけに限定しないと気が移る。
生徒の自由にしてしまうとこの間のコンサートの時のように、そこいらのとんでもないバーゲン品を着ていつもより不器量になって並んでしまう。
元より悪くなってどうするの!!??
あの時は困ったけれど、こうして思い出すと結構笑える。
美人でスタイルのいい子までブスみたいになってぞろっと並んだあの瞬間だ。
ねぇ、心当たりのあるあなた達、おかしかったですよね。
晩年になっても笑えそうだ。
結局、こういう忙しい思いをして、みんな後で笑うためなんじやないかな、て思ったりする。
あれこれ思い出した日には、私とオーレの理事会は、三日三晩くらいお腹がよじれるんじゃないのかな。
それまではまあ、泣くしかないかな。
■ 日常に復帰 |
Date: 2003-09-12 (Fri) |
久しぶりのダイアリーです。皆さん、こんにちは。
新体操チームのプレジデントから自宅に電話がかかってしまった。
「8月16日からクラブは特訓に入っている。」
(えーーー!?この夏は57度をマークしたというのにぃ???)
「タマーラがちっとも出て来ないので、今シーズン幕開けのグループ振付に入れないでほとほと困っている」という内容だった。
「留守録にはこちらからの数え切れないメッセージが入っているでしょうに!!」というお叱りだ。
なんと連日6時間訓練に入っているという勢いだ。お昼を挟んで三時間ずつというのは、まだ残暑厳しいセビージャで頭が下がる。
........という訳で、引き続き仕事漬けになってはいても、こう言われちゃぁ日本から帰って二日目にクラブに冴えない顔を出す。
その場からデイエゴのバレエレッスンに参加。
この秋は一から筋トレのし直しだと痛感しているが、バレエは思ったほど悪くなかった。
何にもしていなくてバランス時間、つまりルルベ・キープが延びているっていうのはどう説明したらいいのだろう?
うんと稽古がとどこおると、初心者に成り下がったみたいな気分になる時と、信じられないくらいに良い結果が出るかのどちらかだ。
総体的には能力は低下している筈だけれど、長い間隔の後でリセットがかかるためか、ある種の技術に向上が見られることがある。
だから毎日苛立つ程に何かがうまく行かない時は、苛烈に攻め上げるか、逆に一旦放置してみるかが効果的だ。
........それにしても.......という溜息は、訓練が終わった直後の私とタマーラ
「最初っからすごかったねぇ、ビクトリア!!!」
異論なし、の私の感想だ。
ビクトリアは、今シーズン初日からコメカミの辺りに青筋がぴっと入って苛烈な叱責をあちこちに飛ばしていた。
いやぁ、感心な女性だぁ.......こうなると一種畏敬の念が起きる。
私は甘ちゃんだからとてもああは行かない。
彼女のあの方法は私流では決してないけれど、やっぱりこの人にはそれなりの信念というものがあって尊敬には値する。
元祖体育会系、とも呼ぶべき何かがある。
トタン屋根の体育館で、夏の真っ盛りの、今年は異常気象の50度超えだったというのに本当に頭が下がる。
大した人だし、大した少女達だな、といじらしい。
本当に本当に本気出して自分を鍛え直さないと!!!!
この夏は忙しい合間を縫って、帰国中は、日本の新体操チームにも体験訓練に参加させてもらったのだ。
スペインと違うところをたっぷり見て来たし、思うところも沢山あった。
その前にはバルセローナで世界水泳の選手達と朝食が一緒だった。
その前日までは元オリンピック選手達と新体操合宿だった。
エッセイもダイアリーも書けなかったのは、多忙と言うほかに、あまりに思うところが多すぎたためだ。
これから逸る思いをセーブしながら少しずつ書いて行こうと思う。
色々な謎が解けたこの夏だったし、思いの深まった夏でもあった。
皆さんはどんな夏でしたか?これからお休みを取るという人もあるかも知れないですね。
私は.......お休みがあったような気がしないです。来週はコーチのインマを呼んでトレーニング・プログラムをデザインしてもらわないといけないと思っているところです。
助走は始まっていて、今月末までに元に戻らないと、という危機感を持って冷や汗です。
来年からは夏の日本は、絶対に三週間を越さないようにしないと。
日本という国は、時間の経ち方がスペインとは違い、六時間なんていう訓練は本当にどうしても捻出できない。
それとも私が不器用なのかしら?
■ PALAMOSの合宿ーその2 |
Date: 2003-08-02 (Sat) |
更新が全然できない日本滞在の朝です。
さて、
新体操のバルセローナでの合宿は元オリンピック選手、
世界チャンピォンなどのコーチと親しく交わり、意見交換も十分できて楽しかったです。
勉強になりました。
度々名前の出ているエレナ・ビトリチェンコの晴れ姿は下にあります。
それから、私が毎日おしゃべりして楽しいデイスカスに花を咲かせた
素敵なエステル・ドミンゲスは、試合になるとかくも美しい白鳥に変身。
どうです?この素晴らしい技の決まり具合は。
これはスペインの体育関係の公式ホームページに掲載されている写真で
勝手に使ってはいけないのだと思うけれど、ご本人がここに載せてもいいって言って
下さっているので出してしまいます。
http://barny-th.de/rsg-photopage/em2.htm
http://barny-th.de/rsg-photopage/em15.htm
http://barny-th.de/rsg-photopage/em12.htm
http://barny-th.de/rsg-photopage/em10.htm
ESTER DOMINGUEZ は、81年にスペイン北部のサラゴサに生まれました。
ホタという跳躍のすばらしい踊りで有名な土地です。
そもそも何故新体操に進んだのか、という動機は
選手達の多くが「空手がカッコいいのでやってみたかったけれど女の子がやっていないので
同じ時間だか同じ体育館の新体操にしておけば?と言われてなんとなく、」ていうのが本当に多い。
エステルの場合もこれだったというのですもの、空手だったらどうだったでしょう?
14歳にしてナショナルチームに引き抜かれて二年前に引退するまでずっとマドリーに親元を離れて
暮らします。よく、私のエッセイに出て来るCARです。国内のスポーツの英才を集めて、学校とスポーツを効率よくプログラミングして国を代表する選手を育てる寄宿学校です。
まだやっと22歳ですが、なんていうか人として落ち着いていてこれより15歳くらいは上の女性のような感じがします。
これからジャーナリズムの勉強をして学位も取ろうという意欲家ですが、新体操はこのように引退が早いので、熱い青春を疾走して次の人生を歩むというのが可能です。
それはそれで良いことだな、て思います。
エステルの振り向くとほんのそこにまだ生々しく残る選手生活の驚くべき日々については、多分スペインに帰って気持ちが落ち着いてからゆっくりと書きたいと思います。
エレナ・ビトリチェンコはこの写真の通りの素顔で体育館に輝いていました。
手具を扱うその鮮やかさは息を呑むようでしたよ。
これと比較するとあんまりですが、
よく集中レッスンの時にみんながぼうっとして少しも振りを取らないので私ががっかりするのだけれど、もしかしてこんな風に「見てしまうから」なのかなって思いました。
何回見ても呆然として、真似なんかする気になれませんでした。
鮮やかで流麗で、本当に素晴らしかった。
手の先に風車か何かが咲いたように見える。
私が初めて持つ棍棒は、ただの棍棒でしかなかったですが......。
それも、原始人の棍棒って感じ。アーーーー恥ずかしかった!
■ 合宿ーオリンピック選手観察日記ーその1 |
Date: 2003-07-23 (Wed) |
お久しぶりです。皆さん如何お過ごしですか?
バルセローナから90キロほど車で移動したPALAMOSという海辺の避暑地で一週間の合宿でした。
これはコーチ、医師、ナースの重装備スタッフで、毎年夏に企画される有名な選手のための特訓なのだそうです。前にここでお話したエレーナ・ビトリチェンコなど選手5、6人につき一人のコーチがもれなくついて厳しく鍛える合宿でした。
スペインの四つの都市を、この同じコーチ陣が夏の二ヶ月をかけて回って開催されるものだったのですが、ちょうどいいスケジュールのはバルセローナまで飛ばないとなかったのです。だからダメだと諦めていたのですが、どうにも惜しい。ロシアに行こうというくらいの気持ちだったのに、ロシアの方がここまで来てくれるのだったら何としても利用しなくちゃ!
キラ星のごとくの世界チャンピォン、メダリスト達がびしばししごくという極めつけの新体操の合宿で、8才から17才までのスペイン全土のえり抜き選手50人が会しました。
上限は、17才です。
なんであなたが?という疑問には、夏でダレるし、岩崎トレーナーはもっと負荷、もっと厳しい辛い訓練でないとダメ!といつもおっしゃるのでこれでどうか!と、思い立ちました。
思いつく限りの辛い訓練なんじやないかと無い知恵しぼって考えた訳です。(だってぇーーーーもうただの腹筋でなく、ダンベル抱えてやれって言われているんですもん。嫌だ、そんなのやりたくないしぃーーーぐすぐず...)ダンベル抱えて黙々とやるよりは「全体が辛い環境」に身を置く方がいいと思ってしまいました。
勿論最初は自分の新体操娘のタマーラ(9才)にいいのではないかと人並みに親らしく思ったのですが、バルセローナに送り届けて何していようか、毎日砂浜でごろごろしているのも限度があるし......セビージャに戻ってまた迎えに行くというのもバカみたいだし......半端な一週間をどうしようかと思いあぐねてしまったわけです。
いっそ夜の女王になって夜な夜ないかがわしいフラメンコのどろどろの界隈に出没するという案も、ちらと頭をかすめましたが、土地勘の無いバルセローナ、マドリーの次に昨今特に危険になりつつある麻薬の街で無事にカッコいいだけの女王として徘徊できるか疑問だったので三日の後にこの案は廃止。
お陰で「新体操と水泳選手の母、惨殺死体でバルセローナ港に浮かぶ」という見出しも新聞に出ずに済む。
さて、
主催の体育協会とか元世界チャンピォンのテレサ・フステルと親しくお電話しているうちに、
では見学を特別許可するからいらして、くらいの事になりました。
どんなスポーツでも母親なんか体育館の端にも居させてくれないのは常識。だから破格の好意。
でも、
見学って.......一週間も毎日10時間とかできるものじゃないし、退屈!!!!
芸歴をファックスしてバイラオーラだけどバレエもできるし、私にもやらせて!とお願いしたのでした。
こんな要望は、体操界では前例が無い。みんな戸惑ってしまった。
例えば本当にどこかの主任コーチだとしても見学はお願いしても、自分が参加したいっていうのは誰も言わないらしい。(一人くらいスポーツ史に残る例外が居ても面白いんじゃないでしょうか、あはは)
芸歴立派だし、いいんじゃないでしょうか、という事になり、バルセローナから90キロもあるのを主催者の体操協会の会長が自らスポーツカーで出迎えして下さった。めでたし!
空港の雑踏の中で、真っ先に目が止まっておきながら、この人は違うな、と一目で外してしまった会長は、若き日のショーン・コネリーのようなハンサムな男性でした。
二年前にハンドボールのプロ選手を引退したばかりという35才の壮健な男性で、そうかやっぱりこういう企画はスポーツに何らかの関係のある人がする仕事なんだな、と感心。
あちらも身上調査以上にどんどん私に質問して来ましたけれど、こっちもひっきりなしの質問攻めにして
フラメンコとスポーツの情報の渦になりました。
.........レッスンに行かないといけないのでまずはここまでで。
■ 選手権の家庭 |
Date: 2003-07-01 (Tue) |
長女のノエリアが先月からずっと過酷な訓練に入っている。
来週の9日水曜から五日間、いよいよスペイン選手権を戦いに行く。もう一週間を割っているので練習は朝晩二回に渡って苛烈を極め、げっそりしている。
もうちょっとで終わるから、と今朝も励まして送り出した。
今年はアブソルートという年齢の保護のない、大人と同等に競う本格レベルに昇格してしまい、先ごろの南スペインカップでは23才の選手達と苦しい試合を切り抜けている。
娘はまだ12才で身長も愕然として小さいので飛び込んだだけで大きな差がついてしまうらしい。
だから短距離ではダメだけれど400メートルのような勝負では感動的な頑張りで次々抜いて行くのが話題になっている。
......今年はただの一つの試合にも行ってやっていない。他の選手の親達からは薄情のように言われている。
水泳のアンダルシア・カップの時は下の娘も新体操のアンダルシア・カップで、日が重なっていて、夜には二人姉妹して、メダルをじゃらじゃらかけられて家で合流した。
食卓テーブルには優勝カップや賞状やら花束が所狭しと置かれて、外ではおすましして大人しかったのに、わあわあ、わあわあ、うるさくてなんていう家族かと思った。
今までは姉だけにライトが当たっていたのが、自分もこれからメダルとカップをじゃんじゃん獲得するのだと張り切っている次女は、これらを収納するガラスのショーケースが欲しいという。
こういうのは普通はサロンに飾るのだろうか。二人の分を次々飾られると壁がなくなってしまうから各自自分の部屋で埋もれて欲しいと思う。
....チビが初めて自分の名前の載った新聞を持って家中私を追いかける。
「もう、見たってば!」
優勝のその日から手具を持ち出して、研究している。
地下の稽古場では絶対にやらず、家族が団欒のサロンでリボンだの棍棒だのフープを取り出すのだからたまったものではない。
ソファで調べ物に熱中していたりすると、ローブが飛んできたり、ボールが顔をかすめたり、私の黄金の足(?)に棍棒がぶつかったりする。いよいよ私が癇癪を起こして追い散らすまでやめない。
あと四日で私と下の娘はバルセローナの強化合宿に参加し、その足でそのまま日本に飛んでしまって家には帰らない。
ノエリは翌週からバレンシアに飛んでスペイン選手権を戦う。...私はまたこんな大切な一週間もの試合を観戦してやれない。
再会するのはここから一ヶ月後で、日本で合流になる。
活発なのはいいけれど、なんだか淋しい思いがする。
来年からはスペイン国内だけでなく、ルクセンブルグやイタリアの選手権に遠征するというから離れる距離もぐんと広がる。
「ママ、知ってる?スペイン選手権で一番になるとパリのディズニーランドに招待してくれるんですって!」
「なれそう?」
「無理よ〜、こぉんな大きいお姉さん達ばっかりなんだからぁ....」
.....この子がスタートの飛び込み台に立つと私はぎゅっと胸が詰まる。周りに冗談なんじゃないかと思うような、親の私でも比較にならない体格のいい、肩幅の凄い女子選手が居並ぶのだ。
頑張らなくていいからね、思わずそうつぶやいてしまうのだ。
■ 身体能力 |
Date: 2003-06-24 (Tue) |
人の身体能力というのが不思議で仕方ない。
筋力も個人差があるのは分かっているが、生まれつきという遺伝子の利点を除いて、見えるところでは一体どこがどう違って差がつくのかと思う。
選りすぐりの選手達を見ていると特にその思いと疑問が募る。
同じように姿が良く、手足が長くてしなやかで、小さい時から訓練していて、ほとんど同じに見える同年輩の子供たちで、一体何が決定的に違って差がつくのかな、と大会が近づくにつれて疑問が湧く。
ここに自分の子供も混ぜて考えると、まず集中力が大きな要因になりそうだと気づく。メダリストになるような子は、普段の訓練の時の集中がやっぱりかなり他の選手と違う。
どんなに小さくても与えられた注意を最大の関心で胸に深く受け止めているのが分かる。レベルの点でかなりの選手達ばかりを対象にしているのだから他の子達だって一応に無駄口もしないでちゃんと聞いているし何時間ももくもくとおさらいしているのだ。それでも、更に深く集中する差が見える。
ここが違いだ。
この資質の違いがより強固な筋力、より正確な演技に繋がって行くのだな、と思う。
一人、まだやっと10才の選手だけれど4才からこの世界にいて、もう6年のキャリアがあり、容姿も抜群に良い子供がいる。表現力も素晴らしく、舞踊的な要素もとても才能があると思って見ている。本人は勤勉で感情のコントロールがいじらしいくらいによくできている。....つまり、なかなかメダルを獲得できない。
それなのに顔を歪めることもないいじらしさと、この子の胸中を思うと私の方が辛くていつも悲しい。
なぜだか本番に弱いのだ。
どうしても普段の能力が出ない。
場慣れしていると言ったらこの子の上を行く子はなさそうなくらいにキャリアがあるのだ。それでも大会になるとどうしても調子が出ないし、華がなくなる。輝きがない。精神力の問題はどうやって克服させたらいいのだろう......
もしかしたらこういう事が重なるといづれ失意のあまりにこのスポーツを止めてしまうのではないかと思う。何故ってどこがどう悪いという技術の欠陥が見つからないのだ。
先ごろの一大イベント、年間の大会で最大と言われているアンダルシア・カップでこの子は私の娘に敗れてしまった。その後のグラナダでの大会でも又金メダルをさらわれ、三位のメダルさえ逃した。
本当のことを言うと、この子の胸中を思って自分の娘の華々しい優勝に気が差してしまった。....これも又別の見地から言うと私なんかの娘に生まれてかわいそうなことだ。普通の親だったらキスの雨、有頂天、抱擁と祝辞の嵐にしてしまうだろうに。
帰り道に
Mama,estas orgullosa de mi?(私のこと、誇りに思ってくれている?)
と小さな声で聞かれてしまったくらいだ。
新体操を本格的に始めてまだ四ヶ月で三つの重要な大会全てで最高得点を出し、アンダルシア八県ではこの子に注目していないコーチは一人も居ないと漏れ聞いている。
普通の親だったら大騒ぎなのかな、と思う。
私はなまじ専門がこの方面なのでいつも抑制が利いてしまって、まだ今のところは、とか、明日は分からない、などとどうしても真っ先に思ってしまう。
こうなると心理学としてはどっちの子供がより不憫かは分からないかも知れない。
良く反省して今後の態度を考えなくては、とここ二、三日ぼんやり思ったりしている
■ スペイン選手権 |
Date: 2003-06-18 (Wed) |
7/9〜13までいよいよスペイン選手権だ。
私の長女ノエリアはバレンシアで、今年はアブソルートというカテゴリーで
もう年齢による保護は無しでオリンピック選手なんかと一緒になって戦わないといけないらしい。
一方、新体操のえり抜きの選手達はログローニョというスペイン北部で、
全く同じ日程にそれぞれの決戦がある。
昨日の体育館ではビクトリアの顔つきがもう違っていた。
怒声も苛烈を極めている。
スペイン・チャンピオンのラウラには更に過酷な叱責がこれでもかと飛んでいた。
「69人の天才と言われた人達と勝負なのよ!!あんた分かってんの!?
69番に成り下がろうっての?何よその糞演技は!!!
バルセローナの誰それは脚が首超えて反対側でキープできるの知ってる
でしょう?何よその、糞キープは!!!あんたは何も、何一つ、何一つ決めてない!!!」
延々と怒鳴り散らした挙句に物も言わずに曲を止めてしまって別の選手を呼びつける。
ラウラを体育館の真ん中で演技中に黙殺する。
次の選手の曲をかけてしまってその存在さえ黙殺してしまう。
私は少なからずぼろぼろの気分で、
しかし子供と言えども顔もゆがめずにあっさり引いて賢明におさらいしているのは偉いな、と感心する。
どの子もこれ程の目に遭っても泣いたりなんかしない。
本当に筋金入りの謙虚にして冷静な健気な精神が、ちゃんとできている。
偉いものだと思う。
メダルが取れなくてもこんなに小さいうちからこれだけの精神ができていれば
これから立ち向かう人生は豊かなのではないかと思う。
一つのクラブからスペイン選手権に出場がかなった選手が九人もいるというのは
おそらくここだけだ。そういう栄誉というより圧力がコーチには重くかかっているのだと思う。
そこへもつて来て他の代表選手になれなかった子供の親からビクトリアは最近面罵されている。
卑怯な事にクラブのBBSに匿名で書き込んだ親までいて、彼女はさすがに苦渋に満ちた。
「特定の選手だけを手塩にかけているから自分の子供は上達を止められている。同じ月謝を払っているのに
ビクトリアは自分の取り分を減らさないためにコーチの雇い入れを渋り....」こんな内容だ。
先週父兄を緊急招集して二時間にもわたる討論になった。
私にも出席しろとビクトリアが言うのできっぱり断った。
あなただって父兄の一人よね!?...彼女はあの癇癪をにじませて迫ったけれど
「いかなる父兄会にも総会にも一切出席しないというのが私の唯一の条件よ。私は母親かもしれないけど
ここではアーティストとしてあなた達と繋がっている。母親ってのは考えないと思い出せない。
ああ言う愚劣な会合に無理に引っ張り出すと、全部の親を敵に回すような大射撃をきっとしてしまうから
あなたの援護というより最後はこっちが退会しかねないけどいいの?それでも」
.....さすがにビクトリアは、諦めた。
やれやれ....冗談ではないのだ。
どこのクラスでもそうだけれどとろい子供が犠牲になっているというのは嘘で
非常に才能に恵まれた飲み込みの早い子の方がずっと放っておかれる事が多いのだ。
より覚えの悪い子、より素質の少ない子にあまりに手がかかるからだ。
当然国の最高レベルのトーナメントには出れない。でもこんなに最高の環境で、優れた選手達と肩を接して
レッスンできて本人達は幸福なのだ。
私は子供の背景にいる親達のことは考えないことにしている。
会合なんかに出たら遠山の金さんになってしまうわ。
そう、派手な桜吹雪ってところね。
■ アンダルシア・カップ |
Date: 2003-06-16 (Mon) |
三月に始めて下の娘が出た新体操の大会では、私も手に汗握る経験だったけれど
二回目となるとそうでもなかった。
....薄情さに呆れる思いだ。
子供の成長の早さというのはたったの二ヶ月足らずでレオタードがつんつるてんになってしまう程なのだと
あらためて認識した。
それにしても....贅を尽くした刺繍は「この本職の他に踊りもなさるんで?」と人が驚いてくれるのではないかと
うぬぼれる程手の込んだ物だったのに、一度も着ないうちからリフォームだ。
ところが滑り止めで作った先の大会の衣装の水色の方が、大きな体育館で際立つとビクトリアは言う。
がっかりな事に、かくしてまた、同じ衣装の登場だ。
つまらないので、もっと手を加えて更に美しく仕上げたりしてみた。
...踊り手で失業したらこれで生きて行けるかも知れない。
朝の九時からウエルバの体育館で修羅場のようなヘアメイクに私とビクトリアが従事。
新体操の髪には、フラメンコで使うピンとは違う種類が好まれると知る。
新体操のメイクには、フラメンコ式は全然喜ばれないという、経験もした。
私の得意の舞台メイクは、ビクトリアの好みに全く合わなくて不興だったのだ。
これでどうだ、こっちでは?
これでもまだダメ?と再三大胆に描き直しても、もういいから全部落としてくれない?などと言われて
私は著しく誇りを傷つけられた。
挙句に愛らしいタマーラの顔は、昔の宝塚みたいにブルーのシャドーをどばっと入れられて
私は、あーあ、と悲痛な思いで見つめた。
この後、ウオーミングアップに入ると間もなく、あっと言う間に娘は本番に出されてしまった。
前回と違って全くもって嘘のようなせわしなさ。
大丈夫だろうかとさすがに心配したけれど、一分三十秒に10の難しい技をノーミスで全部決めて
鮮やかな演技で〆た。
五時間後の発表では10.25という最高得点で一位に輝いた。
表彰台でもすっきりと一番のポジションにちゃんと立ってメダルをかけられていた。
メダル二個と表彰状と、それに念願の一位のアンダルシア・カップを手に入れた。
他県チームのコーチなどからも沢山の祝福を受けた。
今年はまだ年齢が足りないのでスペイン選手権には出してもらえないけれど、来年はいよいよらしい。
来週末はグラナダの大会に出て今シーズンはお終いになる。
このアンダルシア・カップが終わるまで前のチームに在籍させておいてくれと、ビクトリアに嘆願したのは冬のことだ。
すぐにも移籍させないと子供の才能というのは待てないのだと、彼女に激しく説得された。
そうして半信半疑のまま移籍させたのだけれど、本当にビクトリアは正しかった。
彼女の薫陶で、つま先から頭のてっぺんまで筋金入りの選手になって行くのではないかと思う。
ほんの二ヶ月前とは演技が全く違ってきているのだ。
本人の意欲と集中力が凄い。
私も本当に勉強になる。
誰が誰に育てられているのか、こうなると定かではない。
■ 年度末 |
Date: 2003-06-14 (Sat) |
スペインの年度末というのは夏休み前だ。
だからスポーツの選手権はみんな六月から七月が決勝となる。
たびたび登場の私の新体操の選手の次女と水泳の長女がほとんど同じ日か
前後してずっと大会に出続ける。
今週はいよいよ新体操のアンダルシア・カップに下のタマーラが出る。
この日のために闘牛士の衣装もこれにはかなわないだろうという精緻極めた刺繍のレオタードを私が手作りしたお話はいつかした。
何と昨日出して着せてみたら小さいのだ!!!!
この間日本から帰って来ると、この子の技術が目覚しく上がって見えたけれど
なんだか脚も長くなつたように見えた。あれは気のせいなんかではなくって成長期の子供というのは二ヶ月の間にぐんと背が伸びたりするらしい。やれやれ......
フラメンコの衣装なら子供の物は20センチも出せるようになっていて何年も着れるように出来ているが、一センチ違っただけで野暮になってしまうきちきちのレオタードというのはそれが利かない。
今朝、これから仕事だというのにデザインを変えて知恵の限りを尽くして卸してもいない新調の衣装をリフォームした。
仕事でこれからポルトガルに行かないといけない。
その車の中で、最後の刺繍を終えようというすさまじさだ。
その出来立ての衣装を抱えて明日は、娘の競技会会場に滑り込む予定。
それが終わると、水泳の方に飛んで行ってどちらの娘も等しく愛して
いるのだと証明しないといけない。
来週はグラナダに遠征。ああーーーめんどくさい!
本当にめんどくさくてかなわない。
二人とも表彰台に上って観衆に応える練習を家で毎日している。
上の子は大型のイルカを片手に
下の子はどらえもんのぬいぐるみを片手に
一番の表彰台に上るつもりでいる。
三番以内に入らなかったとしても間違っても暗い顔をしたり
よもや泣いたりしないように。勝つより負けた時の態度が肝心なんだからね!!とぐつさりと釘をさした私です。二回目のなきべそは許されないのだ。
では、複雑な旅に行ってまいります。皆様、良い週末を。
■ バランスの秘訣 |
Date: 2003-06-12 (Thu) |
昨日はものすごい暑さで、こんな日の午後の真っ盛りにはどんなに熱心な人でも
自分から稽古をしようというのは稀だろうと思った。
私もデイエゴのクラスがなかったら、とてもじゃないけど二時間もきついバレエレッスンは
あの暑さではやらない。
だからこんな風に強制的なスケジュールがあるのは嬉しい。
腕立てと懸垂までやってしまおうという根性になれる。
生涯ダレずに済むためには、いくらでも知恵をしぼらないといけない。
何しろもう毎日40度を記録している、ここはアンダルシア地方なのだ。
そのどーーーーと暑さが押し寄せてくるトタン屋根の体育館で、昨日は素晴らしい発見で
一気に目が覚めた。
片足で立ってルルベキープしている時の秘訣を伝授されたからだ。
このほんの一匙の匙加減の論理を教わって、全部が変わった。
わぁーーーーぉ!
.......そんな感動だ。
パッセのルルベって難しい。
でもこれで何分でもやっていられそうになった。
昨日はセンターでルルベのまま選手達と同じだけバランスキープできた。
おまけにそのまま下見て、上見て、両サイド見て、というのまでできてしまった。
それこそ何分も、だ。
今までの記録としては八秒くらい。これだって本当はそんなに悪くない。
けれども手具を持ってありとあらゆる技をウルトラCで決めないといけない選手達は
普段のバレエレッスンはもっと過酷にバランスを要求されている。
だからレッスンはそういう秘訣と論理に満ちている所が一般のレッスンと違う。
ものすごく勉強になる。
またデイエゴの深い研究心に心から感激してしまった。
偉い教師がいたものだ。
この人は冬の寒い朝でも、自分の時間が取りにくい日は七時前から稽古するという人なのだ。
一生懸命、という表現はここまでやる人にだけ、使える言葉だ。
キューバ国立バレエ団との練習も始まっているらしい。来月の22日にアルカサール宮殿で踊ると言っていた。
この練習があり、午後は新体操のチームのために夜の九時まで一分の休憩もなく稽古をつけている。
他に自分の自習もしているに違いないのだ。
これで当たり前、プロの踊り手の生活ってこうなのだ。
うちの生徒はすぐに弱音を吐くけれど、この事を忘れないで欲しいな。
こうしろ、という意味ではなく、ああいう風に踊りたいとなったらこれしかないのだ、という認識だ。
生徒と、そしてインストラクターも。ああした立派なスタジオがあり、とても恵まれているのだということを
忘れてはいけない。友繁先生は熱いトタン屋根なのだから....スペインチャンピォン達も。
■ こんなにって、どんなに? |
Date: 2003-06-09 (Mon) |
こんなにやっているのに直される事ってあるのだな、とつくづく思う。
バレエの事だ。
基本の姿勢とか重心のかけ方でデイエゴに注意されることがまだある。
呆れてしまう。まだ感じがつかめていないことがあったりするのだ。
不思議なのは稽古ではとろとろやっているのに、本番になると何もかもびしっと行く事だ。
これはま、フラメンコだから当然なのかも知れないけれど自分の専門の時には回転だってなんだって
未整理ということがまずない。(無いのだったら、どうしてバレエでドジ踏むだろうか????)
ついでに告白するとバレエレッスン中にデイエゴからほめられたりすると嬉しくなる。
子供みたいだなって呆れる。しかももっと上手にやってもっとほめられたいと思ったりもするみたいだ。
幾つになってもバカみたいな私です。
....さて、月曜の朝から恥をさらしたところで今、キューバ国立バレエ団が来ているらしい。
七月にイタリカ(セビリア市にあるローマの遺跡で円形劇場が現存する)で公演するらしい。
どうして一ヶ月も前から来ているのか不明。
デイエゴとは長話ができない。いつも訓練は張りつめた空気だし、コーチ同士でも私語は滅多にできない。
だから何か聞き出したい時には何週間もかかる。
デイエゴはこれに客演するらしい。
今日から稽古が始まると確か言っていた。
※朝の九時から午後六時くらいまで毎日やるという。
練習を見たいと頼んだら、もう少し振り進んでまとまったら見せてあげると請合ってくれた。
おお、楽しみ。
イタリカの公演本番では招待券をくれるらしい。
私は七月は多忙を極める。重ならないといいのだけどと念じる。
キューバ国立バレエ団は、その団員だった人からのレッスンは親しく受けているくせに一度も
見ていない。是非、見たいと思う。
あの国は不思議な国だ。政治的にあれほどの波乱があって現在も楽ではないのに、芸術だけは
不滅なのだ。一度行ってみなくては、とよく思う。
※国立バレエと言うくらいなのだから粒よりのバレエダンサーだけで構成されている。
そういう技術も何も一流のアーティストでも、公演のために九時ー六時なんていう練習を毎日する。
こんなのはプロの世界では当然の事なのです。
アマチュアでもせめてその精神だけでも見習って
やたらと「こんなにやっているのに!」的に落ち込んではダメですよ。自分が思うほどには実は
「やっていない」のですもの。いわでも、ですが、
最近本当にあっという間に「悩む」人が多すぎる。何かを極めようとしている人というのは何もかも犠牲にして
本当に亡者のように専心しています。これで普通。
これでスタートラインなんだって知っておくと、違って来ると思うのです。
■ エレーナ・ビトリチェンコ |
Date: 2003-06-06 (Fri) |
今まではスケジュールの過密はなんとか工面してきたけれど
今年からついに重なってしまうようになった。
二者択一どころか三つも四つも重なる。
ここのエッセイでお話したCAR(Centro de Alta Rendimiento/マラガ県マルページャ市)で
八月の二週目から強化合宿が行われる。
おそらくスペインではこれ以上望めないコーチ陣とプログラムに国中の天才少女が集まる。
この合宿は限定50人とかで締め切りはもう目の前だけれど、発表はなんと昨日だった。
(こういうお粗末さは本当にスペインの体質としか言いようがない)
私の娘のタマーラをここにやってはどうかとビクトリアから昨日切り出された。
本人は行きたいと思っているようだ。
この強化合宿のコーチは、新体操ではその名もとどろく世界チャンピオンの
※エレナ・ビトリチェンコだというではないか!!
ウクライナだのロシアなんかに苦労して行かなくてもあちらが来てくれるらしい。
忘れていたけれど、ここはヨーロッパで陸続きなのだ。なんと楽で嬉しいことだろう.....
それにしてもまだ何にでもなれる幼年時代に、こういう世界の強豪に親しく接した人生というのは絶対に
あとで違ってくるのだ。仮に長じて平凡な生活に隠遁しても、その精神には
きっと何らかの感動が絶対に刻まれる。ああ、残念だな、と思う。
せっかくビクトリアに推薦していただけたけれど、うちの赤頭巾はおばあちゃんに会いに
日本に行くことになっている。ぴったり日付が重なってしまっている。
来年また機会があるだろうから、と思うそばから、この年頃の一日は数ヶ月に匹敵すると
最近実感している私はそんな風には楽観できない。
自分の子供なのでこんな事を言うのはためらわれるけれど、
クラブを移籍してからの上達のめざましさと言ったらないのだ。
ビクトリアは二ヶ月で全然違ってきてしまうから、今すぐ自分に預けて欲しいと
私を口説き落としたのだけれど
あれは本当だったと驚嘆している。
最近はとても難しい技でも三回転を決めたりする。本格的に新体操を始めてまだ四ヶ月なのだ。
知能が遅れた子供には特別な教育と心を込めた指導が必要なように、天分が見える子供には同じように
手をかけてやらないといけない。自分の芸の修行の延長線上にいてくれるから一石二鳥で助かるけれど
上の水泳娘の方は、この子とことごとく選手権の日程が重なる。
全然行ってやれない。
今年の七月のスペイン選手権はもう、大人の強豪に混じって戦うというのに.....
母親の良心が痛む。
そこへ持ってきて今週末はマヌエラ・カラスコやアントニオ・カナーレスがスタジオにやって来る。
ここのところ連日でものすごい録音が遂行している。
ほとんどフエルガという実態らしい。
今週末は選手権を抜けて同日にこういうフラメンコに浸り、めちゃくちゃになる。
昔、日本で細々と練習していた頃に夢は大きかったけれども、
まさかこういう境遇が将来に待っているとは思いもしなかった。
まったく、「奇なり、人生!」....そんな気持ちだ。
ごたく並べてないで稽古に行かなきゃ!
※注釈
1976年11月25日生まれ エレーナ=ビトリチェンコ (Elena Vitrichenko)〔ウクライナ〕
96アトランタ五輪3位
97世界選手権優勝
99欧州選手権個人総合6位
99世界選手権個人総合5位
(8/10)8審判を五輪から排除・新体操
国際体操連盟(FIG)は10日、新体操の欧州選手権(6月・サラゴサ=スペイン)で
不公平な採点を行ったとして、8人の審判員に対し、シドニー五輪での審判メンバーの選考対象から外すと
決めた。FIGはさらに、うち6審判には1年間の活動停止処分を下し、
大会の全審判員に警告文を送付した。
同大会では五輪のメダル候補、エレーナ・ビトリチェンコ(ウクライナ)が判定を不服として棄権するなど
、採点をめぐるトラブルが発生していた。
■ スポーツと芸術の狭間 |
Date: 2003-06-03 (Tue) |
先週、新体操クラブのプログラミングについて主席のビクトリア抜きの場で
各界の専門家の意見が炸裂した。
ビクトリアは遠征に帯同中だった。
必然的にここの訓練プログラムがまずいと真っ向から私は具申した。
その大胆さと勇気にみんなちょっとひるんだ。
デイエゴにも「まさかご立派な訓練法だとは言わないでしょう?」とたたみかけた。
彼は少し苦しそうにして、主席コーチとうまくやって行かないと辞職を覚悟しないといけない、と
別の意見を言った。
「デイエゴ、分かっているわ。でも、目の前で明らかに体に悪い訓練が成されているのに黙秘するのは
犯罪的だと思わない?あの子達の将来はどうなるの?引退の後の人生のがずっと長いのよ。健康については
誰も心配してやらなくていいと思う?自分の子供だけがかわいいわけではないから私は黙ってこのまま
傍観しているわけにはいかない。あなたも助けて!」
新任の運動分析の専門家は、自分の仕事には短くても一年が必要なのだと言った。
ビクトリアはもっと短い期間で効果を期待している。
私は基本的にはビクトリアが怖くない。上手に舵取りしたいという気持ちがあるけれど
みんなできちんと座って話し合えばかなりの計画が練れると思っている。
デイエゴはこの世界が長いから、私のように夢みたいなことは信じていない。
彼は良心の呵責は少しはあっても、やっぱり面倒に首を突っ込んで台無しになりたくない。
新任の分析のインマはまだ事情がよく分かっていない。
翌日になったら逃げ腰だと決め付けていたデイエゴが
「僕はあれから随分考えてしまったよ」、と意外なことを言う。
「君の言っていた選手の健康というのはコーチの誰も考えていないんだ。勝つことしか頭にないんだ。」
「とどのつまりスポーツはやっぱりスポーツで、その根本はアーティストとは違う」
...ここまで言ってしまうとさすがにビクトリアがかわいそうだ。
「デイエゴ、ビッキーは根本的には私ととても似た性格の人だと思っているのよ。ただアプローチが私とは全然違う
けどね。それに勝つ事が絶対的に求められている、そういう圧力にある人は全部に頭がとても回らない。
仕方ないことだと思う。これは気がつく立場の人の仕事なんじやない?
一度みんなできちんと話さない?これだけの人材がいてできない筈がないもの!」
バレエとパフォーマンスに抜群のデイエゴと、運動分析では大した経歴のインマ、
鬼コーチが二人と、この二人が怖いと言いながらも意外と意見が言える自由な私。
...かなりのブレーンなんじゃないだろうか。
これで面白い、高度な仕事ができないわけがない。それとも失敗するだろうか....
■ スポーツクラブにて |
Date: 2003-06-02 (Mon) |
私のところでは家族全員、1931年設立、つまり内戦前からのスポーツクラブの会員になっている。
日本の感じで思い浮かべると大分違うかも知れない。スポーツのプロ引退選手とか、プロを目指している
子供たちとか、筋肉のりゅうとしたお年寄りばかりで構成されている。
プールはどこまで行っても足がつかない競泳用のだし、サッカー、バスケ用のフィールドやパドルテニス、
体育館、ジムにサウナ、そういうものがひしめいているけれど、ほぼいつ行っても昼間ならがらがら
なのだ。
日曜日の朝にジムに出かけたら、よく出会うローラの他にペパがいた。
この人はどうも普通の主婦には見えないばかりか、トレーニングにものすごく熱心なのだ。
私にも色々質問する。
で、運動と循環器系のこととかいっぱい教えてあげた挙句に「ところで何のお仕事しているのか聞いても
いい?」遅ればせながら質問してみたら、なんと医者だって言う。
それも医学部の教授だって。うへーーー!解剖学なんかお手の物の筈だ。恥ずかしい〜
なんかインテリだな、て思っていたけど根性もすごいので何となく職業に頓着しなかった。
腕立てなんかは私よりずっと持久力があるのだもの....!
この人とスポーツの色んなドリンクについて話しているうちにコラーゲンに飛んだ。
飲むのは忘れる、からコラーゲン注射はどう思うか、なんて話になってしまった。
ペパによると整形手術なんてものを避けられるならどんどん注射すべきだって言う。
へえーー!面白い意見だな、とにやにやしてしまった。
あれは美容院の延長だって言う。
美顔術のついでだとも言うのでおかしくなってしまった。
だけど一年ともたないらしいわよ、あんなのは最低だと思うな、と私が反対すると
「だってあなた、パーマだって素敵なカットだって一年なんかもたないのだから当たり前
じやないの。私だったら八ヶ月しかもたないと言われたら念のために五ヶ月おきに注射して
おくわ」なんて言う。
私が言葉もなくへらへらしていると、
「ねぇ、素敵な邸宅に住んでいる人に限って、自分は歯も欠けていて平気だったりする。
そのくせバスルームはとびきりの大理石のジャグジーまで完備、インテリア雑誌に出て来そうな
すごいサロンは紙くず一つなく整えられていて、窓には王家のそれみたいなすごいカーテンが下がって
いたりするものよ。その大奥様ときたら髪はぼさぼさで肌も手入れがなってないってのが一般じゃない?
私だったら個人トレーナーを雇うわ。
朝の七時にたたき起こしてくれて、プログラムに添ってがんがん鍛えてくれるような。
そうしてコラーゲンなんか注射して、お肌も整えてきれいにしていたいと思うわ。家なんかいくらでも
替えがあるけど自分は替えが利かないのよ!」
ふえーーーー!!貴重なご意見ありがとうございましたぁ....!
自分は替えが利かない、ね。
これをこまめに修繕して生き生きとしていなくちゃ、と。
お医者の意見としてはすごいですねぇ...なんかねぇ、ダンベルを取り落としそうになりましたね。
個人トレーナーつけようかなぁ、と思っていた矢先なのでパンチが効いてしまいました。
私はこういう聡明で、機知に飛んだ意志の強い女性がとても好きだ。
自分はいつも人に甘えてばかりいるものだから、こうした女性を見ると頼もしさに嬉しくなってしまう。
いやぁ、日曜の怠け心を征服して来ただけのことはあったと思いましたね。
前日に、最近知り合ったばかりのトレーナーを家に招待したところだったのだ。
この人はオリンピックの選手なんかにプログラムするのを専門にしている。図形がいつぱい書いてあるレポート用紙
には、ある技術をその選手に克服させるための数式とか訓練が解析されている。
これ、やってもらいたいな、と思っていたところなのだ。
ペパに背中を押された感じだ。
ホイッスルとストップウオッチで鍛えられたい気がもりもりしてきた。
よぉーーーーーし!!!
■ ズル休みの翌日.... |
Date: 2003-05-09 (Fri) |
ロシアに勉強に行きたいと思っている。でも不熱心だから冬だけはイヤだと思う。
夏だったらもう手配していないといけないから今年はボツ。
このようにして事前の手配が間に合わなくて、色々な事が何年も先になってしまう。
一昨日午後の教えを一日ズルけてしまったら、みんなが心待ちにして待っていた。
訓練はとても厳格だから私語はほとんどできない。
だから選手達は大きな瞳に愛情をみなぎらせてテレバシーみたいにして私を見る。
ビクトリアまでが、なんだか優しげにして自分の横に座って、と言う。
たちまちにして怒声がここから発せられるのだと思うと、隣なんかに座るのは心臓に良くない。
ご遠慮申し上げて離れたところから指示する。
しかし....ビクトリアの声は良く通る。怒声の内容には血も凍るけれど、声は本当にほれぼれするようなアルトなのだ。
どんなに小さい子供が相手でも呵責ない叱責を立て続けにする。私はこの年でもあれを自分がやられたら目の縁が赤くなるんじゃないかといつも思う。
たまりかねて助け舟を出したりしてしまう。
ビクトリアが次の選手に叱責している間に、前の子を呼びつけて直してやる。
私はどうしてもスキンシップ無しでやれない。
気がついた時にはちょっと子供を抱き抱えて注意を与えたりしている。
「ねぇ、ANA,あなたってすごくきれいな目をしているんだから下向いてやってはダメよ。みんなが見たいんだから、その睫毛と大きな目を、ね?ここはこうして見る!」
一瞬静寂になった体育館で、この軟弱なセリフがビクトリアの耳に入ってしまって、なんだか眉毛が動いたみたいだった。
時々、はたっと静かになって、私のしている注意が主席と次席のコーチに聞かれてしまう。こちらを振り向かないでも、彼女達がぎくっとしているのが分かる。
私は「あれが良かった、これも良かった、あそこの所は凄く上手だった」、というように割りとほめちぎる。「でもここが惜しかった、あそこが残念で仕方ない....」
それでも直らないと「うーーーん!残念!!」「あーーーーーもうちょっと!!!」
そう、全く違うの。
やり方が。
私はビクトリアのやり方は全面的に悪いとは思っていない。
先生があんまり怖いから、どんな選手権に出ても上がらないんじゃないかと思う。つまりこの怖さに比べたら大会なんかなんでもないのだ。
それなりに効果的で、それなりに正しい気もする。
けれども私はあの方式が板についてないからやろうとは思わない。それに一人くらい違う人がいてもいいんじゃないかと思う。時々場違いな甘い声(こういう声帯は体育館には滅多にないから)で自分でもぎくっとするのだけど、まぁ、踊り手なんだからいいじゃないの、て.....?
■ トレーニングの欠陥 |
Date: 2003-05-05 (Mon) |
この間、クラブの体育館で一人で色々やっていると、水泳の選手チームがとわーっと入って来た。良く見るとうちの水泳娘もその中にいた。
どうも基礎体力の訓練らしい。
どれどれ....
はじっこに移動して腹筋なんかをやりながら見ているとコーチは結構ヒステリックなのに気づいた。
中年の男性で、無口な人と印象していたがどうもいけない。
その上、やらせる筋トレがことごとく良くない。
うさぎ跳びまでやらせている。
ふあーーー!これは後で娘に言い含めないと!と焦った。
ああいうトレーニングになったらいい加減にお茶をにごして決して本気でやらないように。コーチの目を盗んでやったふりして進んでしまうように。などなど...
しかし...スペインの現場で実践しているトレーニング関係者って勉強していない人が多い。昔取ったきねづかだけで来ている。
けれども、昔取ったきねづかが必ずしも悪いわけではない。経験豊かな元選手のような人には燃えるような情熱があり、そういう数値にできない刺激とか影響力というのは無視できない。今は良くない方法と言われるものでも気をつけてやれば効果が抜群である場合もある。猛毒の使いようでは良薬になる、みたいな。
なかなか難しいものだな、と思う。上の娘も下の娘も、私のプロ的見解では問題の多いコーチについている。完璧な環境というのはないのだから仕方がないが、間違ったトレーニングを毎日仕込まれると最後にはその毒が全身に回ってしまう。
あちらはほんの数年だけの責任だが、私は親だから一生の責任だ。しかもこれが専門なのだから目の前で毒殺されてしまうのは不甲斐ない。
やっぱり上の子は早くクラブから出さないとダメだな、と思う。
下の娘の方はできるだけカリキュラムに関与して未然に事故を防ぎたいと思う。最近気がついた事だが、ここのクラブでは13才ぐらいから上になるとほとんどの子がどこかに故障が見られるみたいなのだ。不用意な事は言えないけれど、どうしても訓練の方法に欠陥があるような気がしている。
昨日今日あらわれて、この世界では素人なのに、いきなり筆頭コーチに「あなたは間違っている」とは言えない。でも非情にまずい訓練をしていて私は手に汗握るような日もあるのだ。
新体操では、試合の緊張がめざましい上達に繋がっているのは事実だけれど、時間に追われる焦りのために選手生命が終わってからのケアについては考えてやるゆとりがないみたいだ。
子供達は18才で引退してその先にもっと長い人生が待っている。
出産という宿題も残っている。
私は舞踊家なので、日本の週に一度しか習っていないような生徒だとしても、そういう生理についてとても心配してしまう。
クラブの名を上げ、ナショナルチームに入れる、オリンピックに出す、そういうことよりもいかに体を壊さずに訓練プログラムを組むか、ということにより苦心する。どちらかというと、私にはそれしか考えられないくらいだ。
どこの国にいようと、子供を守るのは大人のつとめだ。
こういう激しい訓練のために進学も、遊びも、何か別の楽しみもみんな犠牲にしているような少女達は絶対に守ってやらないといけないのではないだろうか。
みんなこれに賭けている。
こうやって春祭りだというのに3日もマラガに泊まり込みで試合に出ている。
誰も先の事を心配していない。「今」に全身全霊賭けてしまっている。
この子達の親も、毎日子供の送り迎えに生きている。
親子ともに、本当に根性の要る事だ。
■ もう一つのCAR |
Date: 2003-04-27 (Sun) |
Centro de Alta Rendimiento,略してCARについては最近お話した。スペイン国内で選抜された、スポーツの英才を集めた施設だ。
各種目10名前後の選手だけが選ばれてここの寄宿舎に入る。
昨日、仕事でバルセロ-ナから一つ飛びして帰ってみると、上の娘がもう来年ここに召集されるというニュースが待っていた。
まだやっと12才なのだ。
それなのにもう親離れして遠い寄宿舎に入ってしまう...
私にはまだ心の準備ができていない。娘をお嫁にやる時に味わう寂寥はこんなだろうかと想像したりする。
世の中なかなか結婚しない高学歴の娘で溢れているというのに、どうしてこんなに早くまだほっぺの赤い娘を連れ去られてしまわないといけないだろうか。
これは何かの間違いで、きっとそのうち誰かが手違いだったと言ってくれるのだろうと思い込もうとしている。
ああ....もうすぐスペイン国籍にしてしまうと言われて胸がずきんと痛み、そこから立ち直れないうちに今度は愛しい娘を取り上げられてしまう。
この子が乳幼児の頃に私は十分に接していないという無念がある。舞台の仕事に全身的に没入していたし、稽古に明け暮れていた。だからいつかそのうち、あの頃を取り返したいような思いを抱えて暮らして来た。
家庭的には決して不幸とは言えないけれど、とにかくうちはみんなで訓練と稽古で落ち着いている暇がない。
週末にせっかく私が休みでも、あっちが二人して競技会だったりする。あるいはその逆だったり。何もないぼうっとした休日というのがうちにはない。
きっとそのうち、いつかそのうち、と思っていたけれど....
マラガの寄宿舎で、朝の6時起床とともにプールなのだそうだ。早朝訓練の後に朝食を取り、授業に出るということだ。その後に何時間も厳しい訓練がプログラムされているらしい。トレーナーやスポーツドクター、コーチも国で最高のチームが組まれているので、子供は一日も早く行きたいようなことを言う。
もう、髪型や服の組み合わせに意見を求められたりする誇らしい一時はなくなってしまうのか。
ちょっと高価なジュエリーを特別に貸し出しする時の、なんとも言えない気持ちの通い合いもなくなってしまう。そういう取るに足りない、でも心楽しい母親の役得はみんなあと一年だけになってしまった。
昨日まではまだもう少し先があるのだと思っていた。
今夜は本当に愚かな母親以外の何にもなれそうにない。こんな風に切ない、胸の苦しいことっていつ以来だろう。
■ スポーツ心理学の章 |
Date: 2003-04-24 (Thu) |
スポーツ心理学もいいけれど、コーチ間の心理学の方が難しそうだ。
習う方の側と教える側(この場合はトレーナーとかコーチ、インストラクター)という図式がまずある。
新体操のチームに関わって私はまだ数ヶ月なのだけれど、訓練法の根本の所で大きな疑問を持ち続けている。主席コーチのビクトリアと私は教える時のスタンスが全く水と油くらいに違う。
能力の問題よりも人としての性格がきっと違うのだろう。確信を持てないのは、ビクトリアという人が好きだからだ。
その燃えるような情熱と献身はとても合い通じるものがあるし、ああいう気持ちは同類というくらいに良く理解できる。
ただし、選手の妹なんていう幼児がちょろちょろ体育館に入って来ると、私は嬉しくなって抱きかかえたり、もうすぐあなたもここに通うようになるのでしょう?なんて話しかけてしまうのだけれど、先日いつものようにこの子が入って来た途端にビクトリアは、このたった5才の幼児ににべもなく「今すぐ出て行きなさい!エバ!」とぴしゃりと言い渡した。
一事が万事、この調子で、選手に対しても本当に胸が凍りつくようなきつい叱責を何時間でもする。
とかくダレやすいスペインではこの調子でないとぴりっとした雰囲気が保てないのかも知れないから、私は自分式を提案する気持ちにはなれないでいる。けれどもこの恐怖政治で心が高揚するような演技が出て来るとは思えない。
いいのだろうか、それでも?
私の娘のタマ-ラにも、もっと笑えとビクトリアが叫んでいるけれど、とても笑えるものじゃないから子供は凍り付いたプラステイックのような笑顔を貼りつかせて曲を通したりしている。
あんまりというものだ。私は内心苦笑してしまう。
ちょっと、ちょっとタマちゃん....隙を見て手招きして囁く。
あそこの所は、ミニーマウスみたいなおメメをしてみるのよ。それからあのポーズの時にはえっへへへって感じにノビタ君みたいにやるわけよ。ね?どらえもんのさ、ああいう気持ちで本当にえっへへへって笑ってご覧。声出していいから。平気だって、音楽で聞こえないから。
こうやるとばっちりビクトリアの求めた笑顔が出るんだけど...
それに年端も行かない子供には怒鳴り散らしてはダメだ。うんと誉めてやらないといじけたままになりがちだ。
大人はともかくも幼児に関しては私は確信している。
いつかこの点についてビクトリアと対決になるんじゃないかと危惧している。向こうは絶対に譲らないだろうから、どういう上手な方法でここを勝ち進もうかと考えている。こういうスポーツ心理学も、ある。
■ 情操と芸術 |
Date: 2003-04-22 (Tue) |
苦しみながら「運動科学の概念と適用」を読んでいる。
解剖学系の物は必ずと言っていいほどあの化学式が出てきて辛い。
こういう運動をするとこういうホルモンとかこういう栄養素がこんな風に分解されてこう関わって来るよ、というのが解明されているからだ。
...で分かった所で自分に適用するかというとそうでもない。チョコレートなんかばりばり食べちゃったりする。でも教えるためのプログラムとしては頭に残るから自分の生徒用には適用できそうだ。
最近気がついたことだけれど、オリンピック選手に抜擢されるような身体能力のすぐれた選手でも、舞踊的要素のものが全然できなかったりする。
新体操は、ほぼ舞踊だし、コンテンポラリーダンスにとても近い要素がある。
私は先週からこの選手達のバレエレッスンを臨時に受け持っているのだけど、ポールドブラをやらせるとびっくりしてしまう。
振りつけの中でかなりのことができる選手でも、素人みたいにぎこちなかったりするのだ。
ボールやリボンのような手具を扱うウルトラCをやる人達だからリズム感は抜群に見えるのだけど、いつも音楽無しの訓練が主流だから突然曲をかけてやると外したりする。
これはなんとかしないと総合的な均整が取れないかも知れないと疑い出しているところだ。
勝つための訓練だとどうしてもゆとりが出ない。
18才で引退してしまうスポーツだからそれでもいいかもしれないけれど、せめて3時間の訓練のうちに30分は情操と芸術的な舞踊としての訓練を入れたい気がする。こういう事ができているのといないのとでは、訓練中の事故の頻度にも関わる気がするのだ。新体操のチームでこういう実験的なプログラムをやらせてもらいたいと思う。筋力やパフオーマンスの要素の他に、スポーツ心理学的なことにも実験がしてみたい。
こうなったら(て、どうなったらのこと?)何もかもちゃんと知ろうと思う。
■ ジョークの出番 |
Date: 2003-04-16 (Wed) |
下の土曜の選手権で、うちのクラブのスペインチャンピオンではないもう一人の選手がお眼鏡にかなったらしい。直後に早速スカウトされたというビッグ・ニュースを今朝いきなりもらった。
オリンピック選手を確保するために国の最高峰のコーチ達は目を光らせて競技会に出入りしているらしい。
スペインの体育界では、国がマドリーとマラガにCARという大掛かりな施設を運営している。
ここでは学業とその子供の専門のスポーツとを伸ばすための総合カリキュラムを精密に組んでいる。
つまり寄宿舎とコーチ陣と学校とを同じ敷地内に集大成している。
Centro de Alta Rendimientoという。
略してCARだ。
14才前後で各界のスポーツの英才達がリストアップされるようになっている。ご存知のようにこのくらいの年頃の子供は学業もとても大変だ。だから学校と選手権や訓練が上手く行くような、生活全体のプログラムが当然必要だ。始業の前の朝の6時とか7時にまず何がしかの訓練があって十分に吟味された食事があり、そして教師について勉強。昼にまた訓練があり...という具合らしい。普通の子供と変わらない学業の上にスポーツの訓練が7時間くらいあるともう、何の時間も余らない。
こういう厳しい生活をするところなのだ。
今スペインはちょうど復活祭で休暇なので、この休暇中の聖金曜日にマドリーのナショナルチームに呼ばれたということだ。明後日だ。
鬼のビクトリアが付き添って行く。
さっきビクトリアから電話があって、先に行ったらマドリーの本部であるナショナル・チームに私も一日くらいは同行して欲しいということだった。
いよいよオリンピックの香のする訓練を目の当たりにできるのだな、と嬉しい気持ちがする。選り抜きの選手達がしのぎを削って切磋琢磨している本部なのだ。きっとものすごく得るところがあると思う。
なんだか筋トレからあれよあれよと言う間にこんな風にナショナル・チームにまで接近してしまう、そのタイミングというか速度の速さに内心驚いている。
なんていうか私は昔からよくこんな風なのだ。
ここの所がちゃんと知りたい、と思っているとどんどんあちらから来てしまうのだ。例えば今朝みたいに....体育館の入り口を入るなり、物凄い意外性と速度でそれはやって来る。
一日目のバレエレッスンはちょっと上がってしまって50点くらいの自己採点。今日はやる予定ではなかつたのに次席コーチからやって欲しいとリクエストがあったのでまあ、そんなには酷くなかったのかもしれない。今日は少しは上手く行った。当たり前だ。どんなにドジでも二日目だ。
グラン・バトマンだけは悪いけれどあなた達より私のが上手いみたいよ。こんな風にやらないとダメじゃないの、と、お手本までやって見せてしまった。選手達はうんうん、と素直にうなずいていた。
フラメンコだったらもっと上手いわよ、なぁんて軽口も言ってしまった。鬼のビクトリアが居たら撃ち殺されたかもしれない。
レッスンの合間にデイエゴの口真似なんかして笑わせてしまったり、酷い代教なのだ。やっぱりどんな時でも少しはジョークがないと私は嫌だ。これだとオリンピック選手は育たないだろうか?
ナショナルチームに行ったら、私のようなコーチは皆無かどうかが是非知りたい。皆さん、どちらに賭けますか?
■ 厳しいスポーツ、厳しい私の朝 |
Date: 2003-04-14 (Mon) |
この土曜は、ウエルバ県で新体操のインターナショナル親善選手権があった。
うちのチームのトップ三人が出るので朝のウオーミングアップから来て欲しいと言われていたけれど、なかなか決心つかず。日本での仕事のプログラム組みなんかで早朝から机に向かっていたので出かけた頃はすっかり夕方。
他県にまで自分で運転して行くのは緊張する。ウエルバというのはポルトガルと接した富裕な県で、高速道路は右にポルトガル、左はウエルバという表示が出てちょっと逸れただけで隣の国に入ってしまう。ここでまた旅情誘われてあっちに行きそうになる。
さて、県立競技場。ベルギー、エジプト、ウクライナなどの選手が午後4:00開幕の競技に向けて練習していた。先週の競技会では私はヒールブーツを履いていたためにコーチベンチに入れてもらえなかったので、この日初めていかにも、のトレーナーの上下。大嫌いなジョギングシューズといういでたちでそれらしく選手達の熱気の控え場に。
ウクライナの代表選手達は、別の惑星の生物のようにろうたけた真っ白な美少女ばかりで、脚の長さといい、膝や甲の美しさといい、そこはかとない寂しげな気品に満ちた容姿で、圧倒されてしまった。
エジプトはアレキサンドリアからの選手は、世界史から抜け出て来たような雰囲気と容姿で、また感慨に打たれる。
それぞれの選手達とそのコーチの様子をつぶさに観察して、私は自分のチームのスペインチャンピオンとか次世代オリンピック候補なんかはビクトリアとデイエゴの手厚い指導に任せて、あちこちで感心したり、うなったりして過ごした。忘却のかなたの英語なんかに舌をかみそうになりながら各国のコーチ達とお話も....
試合開始と同時に出番の最初の振りで捻挫の事故を起こしてしまい、痛みに蒼白になりながらの演技を目撃した。あの子の無念はいかばかりかと本当に胸に涙が詰まってしまった。最後の表彰でチームで自分だけメダリストになれなかった選手は苦痛にうなだれていた。一人もメダリストを出せなかった元世界チャンピオンのエレナ・トマスは苦渋に満ちていた。(この人はロシアから引き抜かれてカデイスチームのコーチになっている)
やっぱり試合というのは厳しい。今更ながらに実感するのでした。
それにしても、どの競技会でもその開催の土地の市や県が選手全員に心ばかりのプレゼントをちゃんと用意しているのには感心する。袋いっぱいのTシャツやバック、2輪の可憐なカーネーションのお花なんかを80人とか100人の参加選手にちゃんと休日でも準備してあるのだ。せめてもの慰めというところだろうか。
次期オリンピック選手として選抜されている人の模範演技を見た。掛け値なしの圧巻で、どのコーチも総毛だってしまったと告白。ご本人がそのへんでちょろちょろして一緒にお話している時はこんなに物凄いとはまさか思えなかったので、私もここまで運転してきた甲斐があったと思った。
さて、今日から復活祭で学校は1週間のお休みだ、と思いきや、鬼コーチのビクトリアからむんずと腕をつかまれた。
「月曜から7時間訓練に入るから、朝10:00〜選手達のバレエレッスンお願いできる?タマ−ラはまだ小さいから4時間で上がってもらうようにするわ」......休暇というと待ってましたとばかり昼をはさんでこういう猛練習に入るのでした。
....今朝はこの大会で3種目全部で金メダルを取ったスペインチャンピオンなどを相手にバレエレッスンをしないといけない。夕べおさらいしてみたけれどちゃんと出来るかなァ...ジョークを飛ばしちゃいけないってところが特に調子の出ない私です。見栄張ってぎっくり腰にならないようにしないと。
では、行ってきます....おお、憂鬱だ。
■ 生まれながらダンサー |
Date: 2003-04-10 (Thu) |
この間聞いた話だ。
スペインではないあるヨーロッパの国のバレエ団でオーデイションがあり、私と親しいバレリーナが審査員の一人だった。
このバレエ団は、クラシックバレエもやるがかなりモダンな物もプログラムにあり、そういう意味では柔軟な受け容れ体制だったらしい。
合格した人の中に、1度もダンスを習ったことのない男性がいたということだった。みんなで驚いた。
どうやって?何故合格できた?どんな風だったの?一体何を踊ってあなた達みたいなプロを納得させられた?
とても言葉では言い表せない不思議な素晴らしい才能に溢れていて、審査員はみんな感動してしまったと言うのだ。
習った事がないけれど、生まれながらにして持っている素晴らしい何かで踊って見せたというのだもの、私など聞いただけで感激してしまった。
しつこくせがむ。
ねぇ、どんな、どんな、やってみて、お願い!
例えばこんな風に柔らかく動いたりする....うーーん、なあるほどぉ...なんだか目に見えるようだった。そういう生まれ持ったダンスの霊感に溢れた人というのは存在するのだ。
パコ・デ・ルシアのセクステッドに入って一時活躍し、パコのCDでアレグリアスの足音も録音したホアン・ラミレスという踊り手は、生粋の放浪のジプシーだ。
生まれつきの野生動物のような鋭いリズム感だけで踊るフラメンコダンサーだったけれど、この人はバレエのピルエットはこんな風にしてするんだよ、とたった1度言われただけで、ふうん、そうか、と言って5回転くらいしてしまう人だった。しかもスクリューのような速さで。
できる人には何んでも1度でできてしまうものなのだ。
重心がどこだ、どうしたこうした、と模索しなくてもぴたっと身についていて自在なのだった。
身ごなしがいつもビュウマのようにしなやかで踊り出すと3時間でも止まらない。サバテアード(足さばき)は俊足にして一分の狂いなく、普通の靴でやってさえ大理石がみんな削れてモウモウたる煙と化してしまうのだった。
これ、脚色なしの本当のことなのです。
見るまではきっと信じられないに違いない。
どんなに友情が厚くなっても決して馴れない、やっばり野生の何かが核になった人だった。こういう日本の国では絶対に見かけないような人もここの大地にはいるのだな、と思ったものだった。
■ アンデオールのエクササイズ |
Date: 2003-04-05 (Sat) |
昨日、ものすごく有益なアンデオールにするためのエクササイズを習った。
あるバレエダンサーから教えていただいたのだけど、モンテ・カルロのバレエ団の秘訣というくらいのすごい効果のエクササイズらしい。
これは毎日30分もやらないといけないということだ。死にそうになるという。ところがそれだけのことはあって、いきなり4番なんかがばりばりできてしまうという。びたーっとカッコ良く、気分良く決まるらしい。
ようし....明日からやるぞ。
しかし....プロっていうのはものすごく研究しているものなのだな、と呆れる。バレエのプロで鍛錬怠らず、世界中のプロとコンタクトしているような友人が私には何人かいるのだけど、彼等の工夫が凄い。
ああ、世界にはこんなに色んな素敵なコツが溢れていたのか!
11才くらいでこういう秘密の何もかもが教えてもらえたら良かったのになぁ....なんでとろとろした教師にばかり当たったろう。仰ぐと全然尊くない我が師の恩ばかりだ。ああいう子供バレエクラスというのは罪悪だと思う。私の幼年期、返って来ないのよ、どうしてくれる!?という気がしなくもない。
スペインでバレエを再開した時には少し不満だった。
国立バレエ団のプリマに習っていたのだけれど、この人が能書きが長くて毎回説明のために汗もかかない、というくらいだった。
汗をかかないレッスンなんて!
という田舎者風の考えに支配されていた私は、実はこういうレッスンこそ高級なのだ、と気づくまでに一年近くかかった。
こういうのは日本では受けたことがなかったのだ。
今現在は、バレエは手抜きの自習を週に3日、能書きが相当うるさい教師のを後の二日か三日くらいやっている。本気で汗をかきたいのなら自習に勝るものはない。人に習うものは頭を使ったり反省が主になるから体育としての汗はあんまりかかない。これも教師によりけりだけれど、だいたいにおいてスペインのはロジックが多い。
お陰でここのところ私の上達は結構満足の行くものがある。脚の筋力が今までで最高みたいだ。なんていうか、つまり元気が出る。リンバリングをやっていたらあなたはもっと上まで行く筈だ、と教師が飛んできてグワーーー!と脚を上げてしまったら耳に届いてしまった。ひゅー!と口笛吹いて、今度から手加減いっさい無しだぞ、と張り切り出した。
今からバレエダンサーはまさか目指さないけれど、毒まで食らおう、という気がしなくもない。どうせ乗りかかった船だ、あらゆる秘密、あらゆる工夫はみんな知ってしまいたいという思いが無くもない。
そのうち本当にロシアにも行ってみようかな、という気持ちも湧いてきている。ブルガリア、ウクライナの新体操ナショナルチームの訓練を見学し、ロシアではバレエレッスンを。
なんと言っても舞踊だけが私の人生のど真ん中に核としてずっと貫かれたものなのだから何もかも知り尽くそう!潔くそうやってちゃんと生きなくては!
よーーし、春だ、がんばろう!!!
■ サティ、最後は好きになれるか? |
Date: 2003-04-01 (Tue) |
ずっと気になっていた作曲家の勉強を始めている。
バレエフアンなら呆れてしまうかもしれない。
エリック・サティだ。
結論から言うと一枚目のCDの選曲をまずったのか全然面白くない。
お隣の子供が、かあさまに無理やりやらされているピアノのお稽古っていう感じがしてしまう。
隣家から聞こえてくる練習のピアノ曲。
あのたどたどしい、聴いていると、ええい、もっと気を入れて弾けないの?
なんて思わず叱咤激励したくなるようなとろとろさだ。
と、こんなこと書いて大丈夫かしらん、と少し心配。サティフアンが読んだら抗議メールが殺到するかも知れない。
でも、トレーニングに元気が出る種類ではないし、情熱がかきたてられる、という訳でもない。
多分、癒し系とか幻想的とか、何かそういう系統なんだろうな、とは予感している。なにせ一枚目しか聴いていないのだから、まだ。
あるいはもっといっぱいとっくの昔に聴いていて詠み人知らず、というだけかもしれない。代表的に素晴らしいのがそのうち出てきて、ああ、あれだったか!恐れ入りました、すみません、になるかもしれない。
そうなって欲しいな。
全部聴いて半分辺りからげっそりしてしまったら不運としか言いようがない。
エリック・サティはバレエ・リュスに大きく関わっている。
1917年頃に台本はジャン・コクトー、舞台装置はあの、ピカソ、デュアギレフの演出で、バレエ「パラード」がサティの曲でセンセーションを起こしたと歴史にはあるのだ。ロシア・バレエ=バレエ・リュス=ロシアン・バレエ
みんな同じ団体をさしている。あのニジンスキーとかバランシンとかで20世紀初頭に瞠目のバレエ作品と技術を世界に知らしめた団体なのだ。
だから下手な作曲家のわけがないのだけど、とにかく一枚目は別のを買えば良かった、と後悔するくらいにピンと来ない。ダンス・ゴシックなんか本当に思い出せないくらいに印象がない。この題で選んでしまったというのに..
で、まだお皿に乗ったままのサティのCDをわざわざどけてこれからブラームスで気分転換。
クラシックフアンよ、怒れるなかれ。何せ私は専門が違うのだから。
■ 競技会の裏側ー舞台裏の発見ー |
Date: 2003-03-26 (Wed) |
私はアーティストだから舞台の裏なら熟知している。
ゲネプロとかそういうごたごたしたスケジュールのもとに開幕までがどう進むかはお馴染みだ。
でも体育館の中での舞台裏というのは全然想像もつかなかった。
いきなり出て来て演技するような気がしていたかもしれない。
今回は仕切られた幕の向こう側をずっと見ることができたので、出番待ちの間の4時間という長い時間を選手とコーチ達が何をしているのかつぶさに見た。
結論から言うとびっくりしてしまった。
片手に選手の演技順番がふってあるプログラムを持ちながら、ついに最後の最後の1秒まで訓練し続けるのだと知って...!
表と同じ寸法のマットが敷いてある裏舞台では、出番までの時間を各チームの選手が入り乱れて練習を繰り返している。ぶつからないように譲り合い、止まったりしながらどの位置で何の技を決めるか最後の仕上げにかかっている。
娘のチームではOGも動員して一人に一人のコーチが付きっきりで直している。八つの難関技を一つずつクリアーさせている。それが済むと繋ぎを含めて演技を拡大して行く。そうして何時間も果てしなく清書というか手習いというかを続けてから、出番が近くなると主任コーチ、鬼のビクトリアが付きっきりになる。この段階でまだ荒削りの技を徹底的に指導する。
私は内心、めんどくささに呆れる。
そんな短時間でできないものはできないって!
...そんな気持ちだ。
出番までうちの娘だけ取り出して考えても本当に4時間近くぶっ通しで訓練し続けていたのだ。あんなに激しいスポーツをこの集中度で当日鍛えると出番では力尽きてしまうんじゃないかと懸念した。
これは論理的な懸念だ。疲れてしまう。
でも、相手は子供だから大人のようには疲れないのかも知れない。興奮しているし緊張しているし、驚くべき完璧への欲求で何も余計な事は考えない。つまりこのエネルギーを計算すればこれは合っていたのかも知れない。
子供は大人と違う。コーチの指示に疑いも考えもなく、とにかく全身全霊従っているのだ。(ここで何故か自分の生徒を思い出してしまう...笑)
そうしてさっきまでできていなかった技がぴたっぴたっと決まるようになった。ああ、今度までにとか来週とか、そんな悠長な世界じゃないんだな、と思い知る。1分でできるようにしよう、なれ!という気持ちでやっているのだ。
そうして私だったら半年でできるようにしたいな、なんて考えそうな技をその場で克服して行ってしまう。
衿を正す思い。
鬼のビクトリアは、普段の訓練の時には私でさえ壁に溶け込んでしまいたいと震えあがるような容赦なさで罵声を浴びせかけるのだけど、この日は違っていた。
選手の番が一つ前になると出の幕内まで付き添って行き、最後の注意をじゅんじゅんと諭し、壁に向かって精神統一させる。いよいよ出になる数秒前まで後から抱きかかえて最後の注意を与えてやっている。片手でお腹のあたりをさすってやっているのだ。まるで母親のように。戦地に赴く子供をいとおしむように。
それで選手が名を呼ばれてさっそうとマットに進み出ると反対側に駆け足で回って演技を凝視している。終わると駆け寄ってまた裏のマットに引っ立てて行き、失敗した技をやらせたりしている。
すごい根性だな、と感激し、呆れ果て、彼女をスプーン五杯分くらい余分に好きになった。
この日には出ない筈のスペインチャンピオンのラウラがレオタード姿でさっきから練習しているので不思議に思っていた。ねえ!上から呼びかけて理由を聞くとビクトリアが練習に来いと言ったらしい。
この子達は、毎日4時間の訓練をしている。
その上に土日の競技会は2ヶ月に一回くらいの割りで入って来る。
自分が出ない他県に遠征しているような体育館にまで呼びつけて、日曜にどさくさに紛れて本番用のマットで感覚を養わせよう、というのはコーチも並な根性ではできない。現に5人の出場選手の1秒ももらさない指導の最中に並行してこっちも見るって....!
来る方だって凄いものだ。11才と言ったら学校の宿題だって山のようにある。その日曜に、例えば神奈川県から茨城県までちょっと練習に来なさい、というくらいの距離感と面倒があるのだ。
そんなこんなで胸が詰まり、バカのように目頭が熱くなり、やっぱり何かになろうとしたらこれでないと嘘だと思った。1秒も無駄にしない。本番の直後さえ復習する。普段は何をかいわんや、である。
■ 金メダル |
Date: 2003-03-25 (Tue) |
週末からカデイス県に泊まりでした.
新体操を始めた下の娘が初の大会に遠征したので付き添いです。
普段の訓練では半分チームみたいなものですが、こういう大会になると母親としては傍にいない方が良いというので、メイクも何もかも人任せにして体育館の聴衆として開幕を待つだけの人となりました。
さて、47番目の選手としてタマ―ラ・トモシゲと呼ばれて出場
国立体育館にたった一人でメダカのような小さな心もとない体で進み出て144uのマット全域を至難の技を繰り出し、所狭しとジャンプに回転。
見ているこっちは気分が悪くなりました。
1分30秒で八つの難しい技をクリアーしないといけなく、間はアーテイスティックにまとめてある舞踊的要素で笑顔を見せたり....すごい勇気だと気が遠くなる私です。
...しかし、本番に強い。普段は10回中9回まで失敗するような技でもちゃんと決まった。自分の子供だから評価はいつもきつくなるけれど、この頑張りというか、本番での集中力の強さというのは生まれ持ったものだと常々感じている。私はこの子にはこういうことは決して教えたり導いたりしていない。
惜しいことに最後の技で少しバランスを崩したのだけど持ち直して本当に偉かった。
もう曲が終わりかけている焦りでバランスは再び崩したのだけれど、ここで精神力を必死に動員してフイニッシュを決めたのがはっきりと見て取れた。
その気力が幼いながらにあっぱれだと思った。
とてもじゃないけれど審査員の居並ぶ広大な体育館での初舞台で、こうは行かないものだ。新体操を本格的に始めてまだ2ヶ月なのだ。
...ところが決めた後に失意が顔に現れて、あらっと思ったのだが、退場して観客から見えない裏に回るなり子供は立ち止まって肩を震わせていた。
最後の失敗が無念でやるせなくて泣いているのだと遠目にも分かった。
母親という立場より、同業者としての同情と共感で胸が詰まってしまった。
さて、大会開始から4時間半、(長い〜専門がフラメンコで良かった!)
83人の選手が一同に会した表彰式で順位が発表になる。
カテゴリーと種目別にあの、3位までの積み木のような表彰台に乗ってメダルをかけられる。選手運命の別れ道だ。
8〜10才のカテゴリーで3位と2位の選手が立った後で一位の名前のタマーラと言ったなりアナウンスがちょっと途絶える。
目出度くトモシゲと発音されたのだから「えーー!?」と親兄弟は驚く。
もっと驚いた本人は体格が小さいのだから一番の表彰台によじ登るのがやっと。メッキの金メダルを掛けられて破顔一笑。
お手製のレオタードのスパンコール刺繍が抜群に輝いて見えた。
前にやめたチームも全員参加していたけれど遺恨もなくコーチ始め選手達がみんな本気でタマーラを応援してくれていて、嬉しかったです。スポーツ少女達の心の優しさと思い遣りが本当に嬉しかった。
良い世界に入ったのだな、と、こういう精神も習っているのだな、と分かる機会に恵まれました。
そう、ただの親ばかみたいで恥かしいですが、メイクと衣装についても深く思うところがあり、ただでは帰って来ないしたたかな私です。
これについてはまた次回。乞うご期待。
■ 芸は身を助けるか!?ー衣装ー |
Date: 2003-03-20 (Thu) |
朝の8時からミシンに向かってラストスパートをかけていた。
やっと今、出来上がってあまりのことにお茶を入れて休息してしまおうかと脱力している。11:00から脱力してこのまま午前の稽古も休んでしまおうという不届きな考えを起こしている。しかもこの堕落を全世界に知らせたいくらいにほっとしている。
下の娘があと二日でカデイス県に遠征する。
まだ本格的に新体操の訓練に通って2ヶ月しか経っていないのだ。
それが見る見る上達して30人の選手の中から今回5人の代表の一人として選抜された。
数千人収容の国立体育館で、全スペインのコーチやトレーナーの見守る中、観客の円陣にメダカのような小さい体一つで出場して、演技しないといけない。
誇りに思うというより、痛ましい気持ちがする。
正視に耐えない思いだ。とてもじゃないけど観戦なんかに行くのはご免だ、とさえ思う。
こんなに早くデビュー戦が来るとは思っていなかったので衣装がない。
フィギュアスケートなんかに出て来るようなああいう刺繍とスパンコールで凝りに凝ったレオタードを専門のブティックで誂えるものなのだ。
コーチは早く生地見本から選んで発注しろと急かせたけれど私はきっぱり断った。時間が迫って一歩間違えたら一貫の終わり、みたいな状況では絶対に誰も信用しないことにしている。
すなわち自分で縫うことにした。
みんなは驚き呆れて、ケチもここまで来ると説得のしようがないと思った人もあったみたいだった。競技レオタードの特注一品物の最高級デザインは物凄く高いのだ。
私は衣装については一家言を持っている。
演技の前に衣装のセンスで負けてしまってはいけない。
踊り手はどんなに貧困であってもその貧しさが舞台に出てはいけない。
何を工面しても衣装だけは自分の芸に対する厳しさと同じだけの神経を注がないといけない。
踊りの動きと見せ場を研究し抜いたデザインにしないといけない。劇場の色と雰囲気と照明を考え抜いた選色にしないといけない。
皮膚のようにぴったりと寄り添わないといけない。
子供を何度も裸にして仮縫いは数十回に及んだと思う。
刺繍の位置を決めのポーズを取らせて一番効果的な構図にした。Y字バランスの上がる脚の方にスリットを付け替えたりした。
このためにやり直した裁断、恐らく10回。
生地の無駄、はかり知れず。
....こういう事はどんなにお金を積んでもプロは短時間で絶対にやってくれないのだ。
こうしてでき上がった手工芸品のようなレオタードは、コーチが一目見るなり今度の遠征でなくて夏のもっと熾烈な戦いの大切な選手権に取っておいて欲しいと言い出した。
...そんなぁ...
日曜の大会には誰か他の子供の去年のものでも借りてあげると言う。
とんでもないのだ。それだけは堪忍して欲しい。
で、もう一つ一晩で仕上げたところだ。ニ着目はあっと言う間だ。
ところで、バレエシューズのつま先半分だけのような、もっと柔らかい、子羊だか子ヤギだかの皮と布でできた専門のハーフシューズは、2ヶ月も前に発注しているのに届かない。どうするのだ!?と聞くと仕方ないから裸足で出ろと体育界系のコーチはこともなげに言う。
冗談ではない。足はマッチ売りの少女のようにして戦いに出ろなんて不憫なことはできない。
なんと私は用もないのに新体操のシューズを世界選手権の時に買ってあったのだ。イタリア製だかなんとかの最高級というのを体育館の売店で。
心がけ悪く、いざ探すと片方しか見つからないのを狂気のようにしてもう一つやっと見つける。あった!..思わずキスしてしまう。
これを裁断し直して縫い上げたのがさっき。
おお、悪夢のようだ。
私は手芸と洋裁は子供の頃に天才少女と(笑)言われたくらいの腕前で、十代の時に文部省認定の講師免状までもらっている。ホント、芸は身を助けるですよ。靴まで縫うとは予測できませんでしたけれどね、ああ、手に技がなかったらこのピンチをどう切り抜けられたかしらん。
スペインという国はなんにつけてもとても厳しいのです。溜息です〜
3時からちゃんと稽古に行く。仕事もきちんとする。でも今はチョコレートだって食べてしまう今日の私です。