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2001年10月のセビリア発信・つれづれ草
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●2001年10月31日(水)

【残念なことなど....思い出される夜更け】


引き続き、本の見直しをしている。
史実の食い違いがないように更に文献を漁っている。

果てしない作業だけれど、今日は何度も胸に迫って来る思いを耐えるのが難しかった。

アントニオに関する著述に目を通していた。

この人がどんなに素晴らしい踊り手だったか、どんなに言葉を尽くしても言いきれない。
どんなに心からの賛辞を贈っても十分とは思えない。

 同じセビージャに住んでいながら、どうして晩年のこの巨匠をたずねなかったのかと悔やまれる。
あともう数年長生きして欲しかった。どんなに素晴らしい舞踊談義が聞き出せたことだろうか....98年に亡くなっている。

 アントニオは真の天才であった、今日読んだ本はこういう叙述で始まっていた。まさしくその通りだ。
天才であり、生涯その天分を発揮し続けた人なのだ。

あの、匂い立つような気品と男性美。マヌエル・デ・フアジャの作品をあれ程見事に振り付けた人はかつてなかったのだから。
今も誰も踊れないだろう。
 私はこの人の舞台を見ている。一足遅れて生まれて来たらこの栄誉に浴することができなかったに違いない。

 アントニオに目が釘付けになって、エンリケ・エル・コホを書き忘れていたことに先週気がついた。
1912年生まれの、このセビージャきっての巨人は長寿を全うし、
私にはあまりに身近だったので、20世紀初頭に生まれた人だという気がしなかった。
ついこの間までそこいら辺で会っていたのだもの。

 ラジオのフラメンコ番組に一緒にゲストとして出たことがある。
留学生としてこちらに渡ってすぐのことだ。

 「あなたにとってフラメンコとは何ですか?」という質問をされたのだ。
ああ、困ったどうしよう、と弱り切っていた私に、「フラメンコとは、かつて踏み入って未だ出口を見つけられない道なのです」て、言いなね、とエンリケに言われたのでした。

おお、まさにその通り!それそれ、それが言いたかったの!

大喜びしてスペイン語でぶつぶつ練習して本番に備えていたら、
アナウンサー始めスタッフが苦り切った。
「だめだめ、そんな練習したセリフなんて!」とNG出され、
えー!?でも、私これ、言いたい!....で、言わせてもらえなかったのでした。
何を言ってお茶をにごしたのかさっぱり思い出せないのです。だってエンリケがちゃっかりこのセリフを自分用に言ってしまったのだもの。
そしてぐぐぐ...と泣いたのでした。

びっくりしてしまった!さっきまで冗談ばっかり飛ばしていたのに。

そうしてしんみりして、みんな、「エンリケ、お願いもう泣かないで..」などと言ってですね、すごい感動的な感じで番組が終わったのです。

巨匠、エンリケ・エル・コホ!その純粋なる心はフラメンコへの限りない求道とたゆまぬ.....どんどん出てきてしまう、この感じで終わったのです。

私は呆然。だってぇー、ほんの二分前まで冗談ばっかりよ。
それなのに突然泣いたりして.....

でもまだこの後があるんですよ。

録音が終わって、スタッフも軽口なんかたたいていると、突然、お前等はなんだ、ろくなギャラも払わないで、オレはもうこれ以上は何もしゃべらんぞ!ケチ野郎ども!!(...まださっきの涙、くっついてますけど?)
ブースの向こうに向かってわめき散らしたのでした....
私はあっけにとられてしまいました。もう、わめいてわめいて大変!わめいて笑って、笑ってわめいて。

 エンリケは、お金にものすごく汚くて有名だったし、この番組でもスタッフの女性が「エンリケ、どうしてあなたってそんなにお金に汚いという悪名が高いの?」て聞いたのですよ。言う方も言う方よね?

スペインに行って最初の、そして最大のショックでしたね。

 だからこの方が舞台に現れて、感激のあまり僕は泣いちゃいます、みたいにして踊ると、観客は総立ちになったけれど、私は以来、全然虚心でこの、みなさん絶賛の巨匠を見ることができなくなってしまったのでした。

 ついに本当にそんなに素晴らしいのか判断できないうちに亡くなってしまいましたよ。だっていつでもこの調子の人だったのですもの。三重人格みたいな。

 スペインの巨匠と言われている人というのは、日本人の単純な頭と心ではつかみがたいものがあることだけは確かです。
もう一度、見てみたかったと思う人ではあります。今ならその芸を正しく評価できたかも知れないのに。

●2001年10月30日(火)

【スペイン往復航空券について】


集中レッスンの12/8のスケジュール書き込みに、パーティの連絡がある。そこで、景品というか、私からのプレゼントとしてのスペイン往復航空券について一年オープンとしてありますが、たった今、旅行会社の担当と話していて、どうもそんなに先までにはできにくい、という事でした。

もう、手形というか、発行してもらっておこうと思ってね!!
ザ・ウィナ― イズ....じゃーーーーん!

LA GANADORA ES.....


 1月からユーロになるし、年末年始、スペインはお金の単位が変わってひっちゃかめっちゃかで大変なので、

一応、1/6〜6/30の半年間で、決心して旅行してください、
というものにします。
いいかしら?

5月の連休でも平気よ。

セビージャの春祭り、聖週間、いつでもどうぞ。

予約は直接クジに当たった人がどれでも希望の日を担当に連絡すれば、私につけがまわってくるという仕掛けです。

どう?こんなに素敵な買い物、恋人にだってなかなか気兼ねでできないでしょう?
 アカデミー、潰れなければまた来年もこんなクジ、出してあげますよ。

....でもまあ、今回の集中レッスンでのみんなの改心の程度にもよるかな。

女の子がこんなにわんさといて、みんな私のこと、尊敬してます、いないと寂しいです、早く会いたいです、なんて殊勝な事ばっかり言ってきますが、あの汗みどろの土日の集中で時間の詰まっているスケジュールの最中に誰一人として、先生、お茶でもお持ちします?と言わない。
キッチンはすぐ隣で何もかも冷蔵庫に入っているというのに。

驚くべき現象だと思いません?
それでいて、時間中、ちょっと乱れ髪なんかかきあげているだけで、「1秒無駄になったじゃないか的」殺人光線で非難する。(本当だってば。被害妄想じゃないですよ。)
勿論、私が自らお茶なんか取りに行こうものなら、その時間は多くやってくれるんでしょうね!的視線を時計に投げかけるというすさまじさだ。

それでいて、うっかりレッスンに没頭して20分過ぎていてもみんなで貝のように口を閉ざして何も注意しない。終わってますよ、とは。

 私、思うんだけど、誰かに本当にちゃんとした仕事をさせたいと思ったらもう少し労わっている「振り」しないとうまく行かないですよ。
こんなんで、恋人とうまくやって行けるのかしらと心配してしまうわ。

心から優しい、気働きのできる女性なんかもう、昨今の日本では死滅してしまっているのだからそれは無理だとしても、その分、賢くなっているのではないの?
気立てが良くてお人よし、か
理知と聡明の輝き、か
どっちでもないけど、その振りはする、か

どっちか選んで欲しいな。せめて土日だけでも変身してみて。

えーーー、この皮肉のつれづれは内蒙古というか、アカデミー生に向けた私の痛烈な(とは誰も思わずけらけら笑っているだけ、きっと)非難なので、その他の純良なる読者は読まなかったことにしてください。では〜。

●2001年10月29日(月)

【ああ、誰か〜】


スペイン語表記でとても困っている。
私のHPでは、なんていうか普段着の講座として特殊記号は省略して許していただいているけれど、本の方はそうはいかない。


原稿に朱を入れておいて日本で打ってもらったとしても、今度は校正が大変だ。
できるだけ完成度の高い原稿を渡した方が結局は誤植も少なく押さえられる。
自分でやりたい。
 
スペイン語キーボードを買って、自分のPCにつけてしまう案はいつかここで芳しくない、と言われてしまった。インストールが心配。

文字化けの問題もある。

キーボードの設定で出て来る逆さまの!とか?は、あんまり気に入らない。
所詮はないよりはこれでもまし、という程度のものでしかないからだ。
形はすごく悪い。


もう、これを除いてはほとんどできているのに、スペイン語の特殊記号がネックになっている。
アクセント、! ? 〜そしてウムラートです。
どうしたものかしら?

何かいい案をお持ちの方、あるいはここを検索してご覧、というようなことがありましたら、是非、ご協力下さい。

自分で何かの設定をするのは恐ろしいです。昨日もショックとストレスでぐったりしてしまいました。それでも復旧しましたからいいようなものの、なんでもない事でも原因がわからなかったら、PCって一貫の終わりですからね。

ここで日本語キーボードのPC持っているっていうことは、孤島に漂流したのと同じですから。誰にも助けてもらえない。
日本に持ちかえってもスペインでの状態が試せないと、クリーンになったと喜んで持ち帰ったきり、ぱったり....というのは有り得る。
 
 昨日から絶対にホームページを出してからでないとメールの送受信ができなくなってしまっているし、ストレス貯まりますね。

何かをアンインストールしろって指示が来るとぞっとします。それっきり何も動かなくなってしまったりするので。
今までの所はなんだかんだ言いながらも生き延びて来ましたが、いつも同じ幸運に恵まれるとは限りませんから、明日をも知れぬ運です。

誰か、インターネットの設定をやり直してくれたら、下にも置かない歓待をするんだけどなあ.....そういうツワモノがこちらにご旅行される時は是非、メールでお知らせ下さい。きっとですよ。

●2001年10月27日(土)

【CLUB NATACION DE SEVILLA】


私が所属しているスポーツ・クラブの正式名称だ。
その歴史は古い。創立1931年だ。
市民戦争の前からやっている。
水泳が一番の特色で元オリンピック選手や、ヨーロッパ選手権を勝ちぬいた猛者が大勢いる。ボディビルデイング、ジム、バスケ、テニス、バレエ、なんでもある。(ただし、ここのバレエは好きではない)
 朝の9時から夜の10:30まで、土日も祝日もやっている珍しいクラブだ。
 
 スペインを知っている人なら連休の多さもご存知のはずだ。
土日に開いている店もないくらいだから、こんな律儀な営業というのは不思議なくらいだ。葬儀屋を置いては、他にはこのクラブしかないに違いない。

それもその筈、ここは会員が経営しているのだ。
何千人といる会員のアッサンブレアが年間に何度かあり、役員が選出されている。設備は普通の営利目的のクラブより立派だ。
 生後すぐのベビースイミングから、老人まで、会員の多彩さは瞠目に値する。
特に素晴らしいと思うのは、老人達だ。

私は日本のプールに昼間行って驚いたのだけど、水がぬるい!
水深が浅過ぎる。
そしてものすごい数の老人達!
誰も泳いでいない!
歩いているだけ!

 スペインではこういう光景がない。
みんな勇ましく泳いでいるのだ。たとえば、年を取ったら自分はああなりたいと若者達が尊敬してしまうくらいに...。

 不人情だと思われるのは心外だけど、日本のあの光景は私には辛かった。
母にいくら水泳を勧めても「気が滅入るから嫌だ」と言ってきかなかったのは、なる程、これだったのかと初めて合点が行った。

 つい先頃突然亡くなってしまったけれど、メネの愛称でみんなの尊敬を集めていたお爺さんがいた。
 90才超えてなお、筋肉隆々のボディビルダーの体格。
何かのトリックか冗談じゃないの?とじろじろ見てしまうような見事な鍛え方。老人の体力コンクールか何かに出て優勝。豪華賞品の車をもらった事もあるという人だった。
 恒例の水泳コンペティションには必ず出場して、飛び込もうとするなり会場から割れるような歓声が上がったものだった。
 クラブにはこの感じのお年よりはごろごろしている。つまりものすごい筋肉質のいい体の上に老人の顔が乗っているような...。
私は彼等を見かける度に、尊敬と愛情が胸に湧く。多分みんなもそうに違いない。

そこには単なる健康維持というものだけではなくて、明かにもっともっと積極的な意欲というものがあるからなのだと思う。

 スペインの子供達はいつでも全年齢層の中で自然と大人になる。
老人とも言葉を交し合い、友情さえ培って行くのは、阻害もなければ、世代の断絶もなく、人の社会としてとても望ましい気がするのだ。

 ああ、メネの姿が見当たらなくて寂しい。

いつも私の事をNIN〜A!(女の子に対する呼びかけなのに!)と呼びとめては、何か他愛ないことを話したりしていた。うちの子供達にはキャンディーをポッケから取り出しては与え、おお、良い子じゃ、と可愛がってくれていた。
 長患いもせず、あっと言う間に天に召されて私達にはその死が本当のことのようには信じられないのだ。
考えてみると、個人的な事は何も知らない。家族があったのかもよく分らない。とてもお茶目で冗談好きな人だったので、これも何かの冗談なのじゃないかと思いたい。
ああ、メネがいなくて寂しい....

●2001年10月26日(金)

【心のテーマ】


今日、まさに仕事に出ようとして、門口の郵便受けからごっそり手紙を出してそのまま車に乗り込んだ。
キーを差し込みながら片手で選り分けていたら、中に見知らぬ日本名の手紙があった。結構分厚い手応えが気になってそのまま封を切ってみた。

 
 たった一度の個人レッスンしかしてあげれなかったその女性の様子が、細かい几帳面な文字に重なった。
そう、確かたまたまとても忙しくて、クラスを持てなかったのだ。
スペインに渡って私に習う日を楽しみにして来たということだったのに。

 私の生徒と呼ぶには縁の薄い手紙の主は、このホームページがいつも楽しみで、スペインに来る前は日に何度もクリックしていたと言うのだ。お友達とつれづれを先に見つけた方がプリントアウトして即、相手の会社にフアックスする暗黙の協定までできていたというのだから、恐縮してしまった。

 そんな訳で、初対面ではなんだか嬉しそうに、にこにこしていた。前からよく知っている人に会うみたいに....

 さて、手紙にはフラメンコが踊れなくなってしまって理由がわからないと書いてあった。
悩みが深くて自分でも、どうしてこんなに苦しいかがわからないのだ、という内容で、私はとても心が痛んだ。

 何故なら私にはその理由がほぼ間違いなくわかるからだ。

 初めて会った日の彼女は、とても溌剌としていて、頭が良くて飲み込みも早かった。何の陰りもみつからなかったし、踊りの素養も割合にあった。
更に、フラメンコへの着眼点もマトを射ていて、踊りの好みも正統派だった。年もまだ若く、かと言って子供っぽい頼りないところは一つもない十分に大人として通用する、きちんとした人と見受けた。

 初対面だし、ろくに私語は交わしていないのに、ちょっと苦しい恋をしている人なのではないかとふと思った。
何故、そう思ったのか全然わからない。
ただ、私には時々こういう事がある。
理由もなく、何かを脈絡もなく感じることがあるのだ。

私は自分のこうした事にほぼ慣れているけれど、人はとても驚く。

彼女も驚いてしまって、あまりの事にええ、そうです、とあっけなく答えてしまったくらいだ。聞いた私と答えた彼女は、しばし呆然としたくらいだ。

私はこういう事を普段絶対に聞き出したりしないし、この時の私達の会話からは飛躍し過ぎていたのだ。お茶にする?コーヒー?の次ぎくらいに出てしまったからだ。あんまり驚いて二人とももうそれ以上の話しに発展させていない。

 友達の心理学者でセラピストのカルメンは、これはナチュラル・インテリジェンスが備わっているのだ、と説明する。人が分析できないような僅かな点をたちどころに繋ぎ合わせて何かがわかる能力なのだそうだ。
自分で意識していなくても、やってしまうらしい。
まあ、三流のエスパーみたいに、自分が欲した時には絶対にこの特殊能力は現れてくれないのだ。何かで突如として、ひらめくだけなのだ。
期待も予知もなく。

 また手紙を持って感じてしまう。
手紙では何も言っていないのだけど、多分踊れないのは、技術的な悩みでなくて、愛情の問題が深刻になっているからだと言う気がする。

 みんなは意外に思うかもしれないけれど、恋に落ちてそれがあまりに心の負担になると踊れなくなる事がある。
多少傷ついている、片想いである、あるいは燃えるような想いで誰かを想っている....この程度ならまだ大丈夫なのだけれど、あまりの苦しさに心が麻痺してしまって原因さえわからないように苦しんでいる時には、踊れない。

....それはプロはどんな時だって踊るのだけれど、正確には踊れていないのだ。心が死んでしまっているから。

いや、かえってその苦しみが踊りの表現として生きるのではないか、と思うかも知れないが、最悪の状態を1ミリそれてくれないとダメなのだ。経験として芸に生かされるのは多分うんと経ってからだ。
 プロフェッショナルでない人も、程度の差こそあれ、これが起こる。
 
 もしもこれを読んだら、私からのアドバイスは踊れない事については深刻に悩まないのよ。少し気を抜いてフラメンコの方は思いつめないで。
今、結論を出そうとしないで、例えば踊りは趣味だ、と思ってみる。
フラメンコには時間はたっぷりあるものよ。

不幸というものはそれの只中にいる時は、永遠に続くような絶望的な思いにとらわれるけれど、実は続かないの。なんとかやり過ごしてみるうちに、また、ある朝、元気が出て来るものよ。...それも割りと唐突に。

 一日、あなたの事が気になっていたのだけど、お手紙に住所がなかったので、ここにお返事書いておきます。Suerte!

●2001年10月25日(木)

【バイレ・ヒターノ】


今週はリズムの洪水の中にいる。
ソロ・デ・ピエを振りつけているからだ。
なんだか血液がみんなブレリアのリズムで脈打っているような気がする。

 せっかくの美しい空の下、これを愛でもせず、5〜6時間はステジオにこもりきりだ。入って行く時はいつもなんとなく憂鬱だ。
なのに鏡の前に立つとしゃっきりしてしまうから習慣というのはすごいものだ。あっと気がつくと3時間ぐらいノンストップだ。

 やっぱりブレリアは素晴らしい。
フラメンコの真髄だ。

 ここのところソレアばかり踊りたくなるけれど、少しも飽きない。益々踊りたくなるばかりだ。ソレアのレトラは美しい。最高だ。
ソレア、ブレリア、タンゴ、もう何もいらないくらいだ。

 でも、この間チャノ・ロバートの素晴らしいタンギージョを聞いたら、ああ、このヌメロをやらなくちゃあ、と思った。そろそろ上手に踊れるかも知れない。これは本当はとっても難しい踊りで、フラメンコの伝統的な古い型とアイレを血肉として持つに至らないと、真の意味では絶対に踊れないのだ。スペインでも滅多に誰も踊らない。
マティルデ・コラール、ペパ・モンテス、それにマリア・ロサしか見た事がない。20年間で、だ。
チャノでないと歌えるカンタオールも思いつかない。

最近、とみにこの曲なら歌い手はこの人、ギタリストはこの人でなかったら踊りたくない、という境地に来てしまっている。1曲ごとに共演者を変えないといけない。まさか!でも、本当。

昔、ホアン・ラミレス(パコ・デ・ルシアと共演の)がうちの食客だった頃、よく一緒にレッスンしたけれど、この人の俊速の足はもうほとんどマッハで、本人は自分のやっている事など何も分析していなかった。

とてもあのレベルとは雲泥の差だけれど、最近私はラミレスの足をよくやる。昔は鋭さと速度が足りなくて全然できなかったのだけど、不思議とこの頃は疲れもしないで繰出せる。ギターも何もなしで、コンパスだけで一日中踊る人だったけれど、最近の私の稽古もコンパスだけになりつつある。
 心臓の音、血液の脈打ち、そういう原始のリズムとせめぎ合って、一騎打ちみたいになっている自分に時々、感慨を覚える。
つまり、これこそバイレ・ヒターノの真髄だ。

●2001年10月24日(水)

【タレント議員もどき】


ここのところHPの改良についての討議に私まで参加している。
すごいなぁ....CGIなんて言葉なんか、まるで昔から知っていたみたいに、まるで唇からなめらかに出てくるみたいにして発言したりしちゃって。

政界に飛び出したタレント議員みたいな気分。
よくわかってない分野で訳知り顔で....

ドメインという、なんだか田舎臭い(そんな気がしちゃうんだもの、音が)言葉はどこかでいっぱい見かけていたけど、ははあん、どうもこれは、WWWという事らしいぞ、と当たりをつけたのはつい先週だっていうのに.....

 今、もっと開かれたアカデミーにしようと思って、ホームページの改善を討議しているんです。もうね、友繁晶子フラメンコ・アカデミー、ていうのをやめちゃおうかとさえ思っている。
個人の名前だと色々敷居の高い人もいるでしょう?
内部生、外部、という差別もやめようと思っているの。
そうして垣根をなくして(もともとないですよ。ただ、外にいる人があると感じているだけ)大同団結にしてうんとためになる事、やりたいじゃないですか!
 そもそもうちのアカデミーというのは、フラメンコ生支援のアカデミーで、そのへんの個人がやっている教室とは根本から違うのです。ここには私の名前が出ているだけで、運営は生徒会がやっている。
株式会社とかでは全然ない。
同人会、サークルの高度なヤツ、と思うとわかりやすい。

ま、私は顧問、スーパーバイザーみたいなものです。
だから困っている人や、もっと伸びようとしている人のためにできるだけの事はしていこうね、というスタンスだし、生徒として在籍している子達も外に対して閉鎖的ではないです。
アカデミーが所有している衣装も外に貸してあげてもいいの。
ただ、ビジネスではないので、いま現在は、集中レッスンなんかで顔見知りの人や教室の主催者に限っていますが。

おつぼね式のあの、日本の教室にありがちな、目くそ鼻くそを笑う、みたいな、陰湿で、偏狭で、ばかばかしくって、恥ずかしい環境は、絶対に体張っても(おお、ついに出た、緋牡丹じゃ)根絶、生まれる下地を作らない覚悟でいます。
だから、2周年記念だし、その事業の一貫として生徒会発行によるフラメンコの専門書も世に出るし、(既にいっぱいあるでしょう?入門書。あんなんじゃないの。もう、手に取っただけで感動にむせぶようなヤツよ。こ、これが知りたかったんです!みたいなね)来年の1月15日にはアカデミーの寄宿舎がセビージャの中心街、コルテ・イングレス・デパートのすぐ近くにオープンするし、ますます公共的な活動が目立って来ているので、ホームページももっと垣根を低くしないと実態にそぐわないんじゃないかな、と考えているんです。

ゲストブックでご質問がありましたが、要はメッセージボードでみんながよく質問するような基本的なことの答えがみんな見つかればいいんでしょう?始めからHPにそういうコンテンツがちゃんと用意してあるっていうのはどう?

もう既にこういう名前があるのかどうかは知らないけど、検索してみないとわからないけど、例えば「フラメンコ・サイト」とかにしたらいいんじゃないの?「もっとフラメンコ!」とかどうかしら?で、友繁晶子は全くなくなっちゃうと混乱してしまうし、そういう極端もかえって軽薄だから、その下に行けばいいのでしょう?どうかな?
「フラメンコ救急箱」などのCGIがあって、ここでなんでも聞けるとか。

現状だと、生徒は思いきり書くのが外部や私に対して気がねだし、外の人は自分が出てきてわーっと1ページつかっちゃうのも失礼な気がして遠慮して、みんなで遠慮のかたまりになってしまってます。ゲストブックといいながら、なんだか年中私が登場して私まで気がね。....これ、どうしたらいいのかな?

もっとスペインの話題もホットに提供して行きたいし....。

....(そんなにすぐ出来ませんよ。デジタルカメラなんかずっと前から持っているのに説明書読むのが嫌なんだもの、私。)

とりあえずね、こういう方向で努力して行きましょう、という事で、アカデミー内のスタッフが仕事の合間に会議室に現れて色々討議しているところなのよ。でも、みんな本職が忙しいし、HPの専門家は一人も居ないから、結構大変です。

今もちょっと覗いて来たら、議論が白熱していてうひゃあ、退却してきました。
「あれは何の事?メール」なんかこっそり回して、
みんなの邪魔になっている私です。

●2001年10月20日(土)

【腕を上げないマルカールの振り付け....】


昨日も午前様で、今日はさすがにジムに行けない。
その辺を徘徊して遊んでいたわけでは勿論ないけれど、
遅くまで、あまり良くない頭をフル回転させているとてきめんに
不健康な感じに悩まされる。

 おまけに今日は午後の5時には、結構麗しい雰囲気にめかしこまないといけないのだ。
 録音関係のすごいパーティに出る。
出たら最後、何時に帰れるかわからない。

出て行く時には、おお、捨てたものじゃない、というような装いを凝らしているのだが、帰宅の時にはさっき出て行ったのと同じ人間とは思えないまでに無惨を極めているかもしれない。

スペインのパーティはそのくらいに消耗する。

気がつくとみんなで誰かのヨットに乗って、違う県界なんかに漂っている事もあるくらいだ。
船上では勿論フラメンコだ。

ハイピール、やめれば良かった!はいつものことだけど、
何故かこの国の女性は古風にピンヒールで、ぎんぎんに正装する。
踏まれたらあまりの事に死んでしまうくらいに、細い、細い、ヒール。

 今日のドレスはマルカールになったら腕が上がらないデザインだから、どうしようかと悩んでいる。

じゃ、やめればいいのに!
でしょう?ここが女心の複雑なところなのですよ。
だってこれ、一度しか着ていない。

とてもシックなアンティックレースはチュ―ル張りで丁寧に仕立ててあり、目立ちにくい上品なビーズ刺繍が手仕事で施されている、それは良く出来た黒いエレガントなシルエットは細身で、これさえ着れば大抵の女性は美人に見えてしまう、そういう魔法がかかっているんです。

....と、バカな事言ってないで、昨日振り付けたポル・ブレリア、忘れないうちに練習しておこう!
もう、めちゃくちゃカッコいいレマーテが次々と涌いて出て来る昨日からの私です。
 速度200でばんばん出てきちゃうんだな。なんだかものすごく硬派で強靭な振りが出て来るのは、最近の鍛え方が利いてきたのかしら?

足なんてなんにも考えていなくて一人でにどんどんダブル、トリプルのコンパスで出てきちゃう。今やったのは?えーーーと、と考えないと分析できない。人って、年と共にだんだん芸も枯れた味が出てくるものなのに、どうしてどんどん鋭くなって来るだろう。不思議。
 やっぱり病身な少女時代だったから逆になって行くのだろうか....夏になるといつでもリンゲルなんか打たれて、朝礼では真っ先に倒れ、色もしろーーーかった、と言ってもだぁれも信じないんだけどね.....!

●2001年10月18日(木)

【燃えよ、剣!】


「中国はとってもとっても貧しい、日本は....まあ、この頃はやっとそんなに貧しくなくなった」

 長女(11才なりたて)が担任の説明に傷ついて帰ってきた。
授業中、上記のような発言があったというのだ。

このろくでもない(なんて言ってしまう!)教師は体操ができない。
体育の時間に自分は絶対にやらずに腹筋のやリ方を「口先」だけで生徒に説明するという。(これでもセビージャの名門私立!すごい倍率の)
この男、スポーツを憎むこと、親の敵のごとし。

よってうちのオリンピック娘はこの教師にマークされている。
水泳ばかりやっていて学業がおろそかだと言って責めたてるのだ。
どうせ、オリンピックだ、欧州選手権だと言っても今のうちだけで、選手になれるのは限られた子供だけだ、というのだ。

上等じゃないの。あとはただの人になろうが、そこまで小さな人生捧げて頑張ったら、あとはどんな人にだってなれる。
うぬは、そんなこともわからぬ腑抜けじゃ!愚か者め!!!

この若いくせにぶよっとした男、いつかこてんぱんにしてやろうといつも憎悪に燃えている、不穏な母親の私です。

 最近、スペイン全土での水泳の記録が8位から10何番に下がってきてしまってただでさえ子供は辛い。

 個人記録は伸びていても、みんなの成長の方がめざましくて、追いつけない。飛び込んだだけで、リードされてしまう。

身長135センチは、毎日計っても伸びてくれない苦しみに、子供ながらに思いつめて牛乳をいっぱい飲んで私を心配させる。
そんなに飲んでも「いい成牛」にはなっても(?)果たして背がのびるかな....
このまま行くとお正月明けにある、全スペイン選手権で惨敗するかもしれない。

すると夏のヨーロッパ選手権に出してもらえない。

子供は今年の夏は、英才を集めたマラガの合宿には選んでもらえない危機を感じているのだ。

あー、背だけはなんともしてあげれない。私は11才で160センチあったのに!
 もう、友繁家の焦点はここに結集しているので、学業なんか中でいいと思っている。ビリでもかまわないし、落第しかけるまで気にしないのだ。子供の父親は中卒でいいと言っている。まあまあ、の中間説の母親は、高校まで、と主張。

教師はせめて大学には行かないと!と個人面談で大演説。
なんのためだ、お前のような用無しになるためか!と父親は憤慨している。

....先生をこき下ろす事すさまじい家庭の両親を、にやにや笑って横目で見ている。
幼いながらもちゃあんと「中庸を身につけないと」と思っているらしい。
つまりこんな過激なのも、よくないな、と。
気配を察して私は笑って答える
「ものすごいのと、普通のと、はっきりしないのと、みぃんな見て、決めるのよ、自分でね?そういう素敵なお姉さんになってね?ん?」

感心なことだ。子供というのは一人で育つものらしい。

子供の成長とともに益々スペイン社会と深く関わり始めている私達です。
冒頭の暴言もあったし、暇を見ては近代日本史を勉強し始めている私です。

よぉぉぉし、スペイン語で出してやろう!日本の本!!!

●2001年10月17日(水)

【ダンデイズム】


今週はデブラとセラーナの振り付けに入っていて忙しい。
 夜につれづれが書けない。

何も書かないと、朝になってあまりのクリック数にあわてる。

 一日で体重が2キロ落ちてしまう。昔からダイエット本なんて私には関係ない。日に3回はシャワーに駈け込んで着替えて移動している。よくもまあ、ちゃんと服を着るのを忘れないものだと思う。
 何をやっているのかわからなくなってしまう事がよくあるからだ。

 朝、旅行と見まがうばかりの稽古着を山盛り車に積み込み、靴も4種類確認して入れる。この間は夜にちょっと華やかな場所に出かけなくてはならなかったから、ちゃんとドレスも入れたのに、いざとなったら靴がなかった。

家に帰る暇はなく、長いドレスだからサテンの靴なんか履いたってどうせ見えにくいし....(そうかなぁ...靴って一番目に止まりやすいのになぁ...)苦肉の策でフラメンコシューズを履いてしまった。ジョギングシューズはあんまりですものね、バレエシューズは背がめり込んだみたいになるし。

なんか、歩くとコツコツ響いて気がひけるわぁ、と思いながらそろっそろっと忍者みたいに頑張る。スカートのすそから靴があんまりのぞいてほしくない。

 稽古がびっしり詰まっていた夜は、どんなにまだ元気だと自覚していても、手渡されたグラスを二つと空けてはならない。

突然酔ってしまうのだ。
もう、信じられないくらいの唐突さで。
 アルコール分解酵素が少ないというより、ほとんどないみたいなのだ。
 飛行機から降りて数日の時もとても危ない。ほんの少しのワインで大変なことになってしまう。

 お酒が程よくたしなめたら、どんなにこの国はステキだろうといつも思う。
ワインの素晴らしさは言うに及ばず、その種類といい、村村のお祭りで振舞われる地酒とその雰囲気の楽しさも、きっと十分満喫できるに違いないのだ。
 
 もうすぐブドウ祭りだ。
シェリーで有名なヘレスから沢山のご招待を戴いている。

スペイン人のすごいところは、飲んでもほとんど顔色も変わらず、きちんとしている事だ。パーティで酔っ払う人なんてまずいない。
「ここ、アンダルシアでは酒の飲み方を知らなくては男と言えない!」なんてよく老人が言っているくらいだもの。

 私、この言葉はとても好き。
男の人のこういう粋がりってやっぱり大切。愛らしいまでにダンデイよね。
ただし、こうやってこれに慣れていると日本でとても驚くことがある。
粋がって欲しいなぁ、日本の男性も....と言えば嫌われそうね。
では、黙って驚くにとどめましょう。

●2001年10月16日(火)

【検索】


パソコンを持たされて1年になろうとしている。
 おそまきながら、やっとからくりがわかり始めてきたところだ。

ゲストブックに回答してくださる読者があり、私の驚きは倍増してしまった。

では、私の名前で検索するとぞろぞろ出て来るあれは、みんな文中に私が登場するというわけね!

 なんだか怖いですねー。

その上、ページ検索するとぴたりと、その箇所が出てくるって恐ろしいです。
だって前にはただのおしゃべりみたいにお見受けした会話の中に突然私が話題として出てくるっていうことでしょう?

それは自分のことだから見てもいいようですが、見てはいけないものみたいな罪悪感が払拭できないです。

 試しに一つやってみたら、私の香水について書いてあったのでびっくり仰天してしまいました。
何かの公演の時に、私が観客席を擦り抜けて行く時に香ったと言うの。

 パソコン慣れしている人はなんとも思わないかも知れませんが、なんだか衝撃的です。呆然としてしまいました。どうとは言えないのですけれど、何故か驚いています。

その次ぎは、朝はパンにマーマレードをつける、とか、いや昨日は蜂蜜だった、なんて言っているんじゃないかと疑ってしまいました。
 それでもう、何も見ないことにしてしまいましたよ。
実は見たのです。あと二つ。それですごく驚いてしまって、やめることにしました。
 
 無難な公演の批評とか、私のエッセイ集の出版オフィシャル・サイトだと一目でわかるものもいっぱいありましたけれど......

 そうすると誰かがどこかで何気なく話題にしただけで、その言葉が検索されてしまうということですね?
すごいですね。
うっかりした事がいえませんね。

 私のHPの管理者がスペイン語と英語でも出しましょうよ、というのですけれど、日本語だけでも憚り多いのに、例えばスペイン語なんかにしたら、もう、私は何も自由に物が言えなくなってしまいます。

うちのHPはドランテものぞくし、マリア・デル・マル・モレーノも読めなくてもクリックすると言っていたから、読めるスペイン語なんかでエッセイ出したら公演の批評もなにもかも無難なことばかり言っていなくてはいけなくなってしまう。
 マリアがクラスで話してばかりで頭に来た、と誰かが言っていたなんて言えなくなってしまいますよ。

今だって気をつかって言えない事もいっぱいあるんですから。
直接に非難しなくても、私が誰かに正しいと主張してアドバイスすれば、そうでないと主張している人を間接的に否定することになってしまうのです。
これは私の全く意図するところではありませんが、気を悪くしている人は大勢いるかも知れません。
これこれの姿勢で踊ってはいけない、と言えば、そう教えている人が誰だか私にはわからなくても、つまりどこかにいるのですから。
 
...難しいところです。でも教師の思惑より、習う人が優先です。どこで誰に恨まれようと、目の前にいる生徒を犠牲にはできない。
まちがった稽古法を何年も続けると骨格に影響するし、しなくていい病気になることだってある。
 私はこれは、ほとんど犯罪だと思っています。
どんなに名声があろうと、まちがった稽古法で教えている人は犯罪者です。
気がついているのに生徒に注意してやらない人も勿論同罪で、医療過誤のように、生徒のかけがえのない人生の長い年月を台無しにしているわけです。

ただ、私は張本人を糾弾しない。

病人がたずねてくれば、心を込めて丁寧に治療するだけです。

●2001年10月14日(日)

【雲を眺めて....】


さわやかな朝だ。
 スペインの素晴らしさは空だ。
ああ、白い輝く雲のなんと美しいことか!

 私の住んでいる丘から車を発進させると、たちまち目の前にわき上がる雲に出くわす。

 地球は丸いんだな、と感動できる。
つまり、球体の半分がひろやかに、圧倒的な迫力と魅力で開けるのだ。
まさかって?では「開けている気がする」に訂正。

 外国に出ていてこちらに「帰国」すると必ず行きたいと思うのが、カルモーナという村だ。

CARMONA〜〜!tiene una fuente,que con
catorce,que con catorce o quince can〜o.....と、あの素晴らしいラ・カーニャに歌われている村だ。

 ここに古いお城がある。今は国営ホテルだ。
ものすごい崖っぷちに建っていて、ここから信じられないような大平原が見はらかせる。はるかコルドバまでの、それは絶景だ。

スペインに帰ると絶対にここに来たくなる。
そうしてこせこせになった気持ちを一挙に解き放って、
霊感というか、大地のマグマを感じたくなるのだ。

 このホテルのレストランは中世そのままの大広間で、天井も10メートルくらいの高さがある。ごつごつのレンガを積み上げて作った、無骨な城の深い趣があり、お料理がとても素晴らしい気がする。

本当に素晴らしいのか、お城が素晴らしいのか判然としない。

ウエイトレスはチロル風の衣装に白い糊の利いたぱりっとしたエプロンをつけていて、地酒の、冷えた食前酒を自然な素敵な笑顔で勧めてくれる。
何もかもがとても素晴らしい、私の憩いの城だ。
セビージャからは、30キロの距離で、少しばかり車を飛ばさないといけない。
でも、6月頃に出かけると、お城に近づくまでの道は一面のひまわり畑で
それは圧巻だ。

 夏はここの井戸水のプール!
手入れの行き届いた、それでいて野趣を残した庭園の中にある。
誰も泳いでいない。数人がいるだけだ。
プールサイドから大平原を眺めて、ゆったりと一日中本を読んでは泳ぎ、泳いでは原稿なんか書いたりして楽しい。
 日本のホテルプールみたいにごたごたしていない。
自分の城の、自分のプールのように馴染んでしまっている。

 冬のお城もなかなかいい。ただ、この城主に監禁されてしまった奥方の事さえ思い出さなければ.....
 あの、唐突ですけど、この時代に生まれていなくて良かったと思いますね。
アラブ系の国にも生まれないで幸運でしたし、中世のスペイン、魔女狩りの頃なんかにも生まれないで良かった。私みたいな生意気な女は真っ先に監禁、銃殺、火あぶりと相場は決まっているもの。
ね?そこのあなたもよ。
フラメンコのお稽古が苦しいって?そんなものはなんでもないですよ、こういう時代に生まれて味わう辛苦に比べたら。

さぁぁぁて、稽古に行って来よう!
最近コーチのアドバイスに従って、脚の筋肉も一本につき四側面づつ鍛えている私です。まだこんなにあるか、鍛え方、て呆れる思いですが。

●2001年10月12日(金)

【ピカ一の聖母】


来月、ポルトガルでエアロビクスのヨーロッパ大会があるから出ろと言われてしまった。
 マドリーの全スペインエアロビクス・マスターコース講習会の参加お誘いに続いて第二弾。
このところ他分野からの勧誘もある、私です。
 
 なんですかぁぁぁぁ?それって?

 あの、エアロビクス始めたの。先月から。

 連休とか、講師の都合とか、生徒が私一人でレッスンが中止とか、もう、軟派なバレエなんかに期待していられないから、少林寺拳法に行こうかな、と思い始めていたらクラブ(私の入会しているスポーツクラブ)のすぐ裏にエアロビクススタジオがあって見に行ってみたんです。
今更ブームでもないのにエアロビなんて....とななめに構えながら。

 一日中、六クラスくらいやっていてどれを受けてもいい、というコースがあるので、バレエやら何やらで一日の空きができてしまって、番狂わせになって、激怒している日のすべり止め、精神安定剤として入会して置く事にしました。

ただの一日も腹を立ててお終いにしたくないわがままな人間は、いっぱい予防工作を講じておかないといけないのですよ。
 そのためにクラブの会員にもなっているし、プールあり、テニスあり、ジムあり、..で、今度はエアロビクス。

 それで、何時に激怒していても大抵、ここに駆け込むと爽やかになれる保証確保。

それはね、本当にやりたいものからは遠いけれど、舞踊のヒントにならないものはないし、体、鍛えられるし、インストラクターを観察しているとよりよいレッスンの参考にもなる。
前向き、前向き、どんな時でも、積極的に自らを励ます!

 ものすごい数のインストラクターが一日中、交替で控えていますがね、
中にピカ一の、すごい女性発見。

もう、ハガネのような体に活力がみなぎりわたっていて、始めると止まらないレッスンで、舞踊と武道を併せ持った、ただならない人です。

 昨日、全ヨーロッパ大会の講師陣のパンフに、この、私が目を吸い寄せられた女性が出ていて、初めて経歴が明らかになる。

スペインチャンピォンなんですって!
道理でね、しかもステップにかけては第一人者らしい。
ステップって、ちょっとジャズダンスみたいな、モダンみたいなの。
 嬉しいですね、週に3回もレッスンしていただける、この方に。
夜遅く出かければ....九時始まりです。一日のしめくくりって感じかな。
いえ、トドメ、の方がぴったり。
夜に仕事の時は、残念ながら昼間の他の人のクラスにしないといけませんが。

うん、そうなの。このクラスでは私でもちょっとまごまごしてしまうような難しいものがいっぱい入っていて頭の体操にもなります。

 初めて彼女のクラスに出た時に、あらっ?という顔をされてしまった。

「あなた普通の人じゃないでしょ?すごいわ、体できてて」

うーーん、わかってしまうのよね、やっぱり。
どんなに専門が違ってたどたどしていてもね。
 

 と、自慢しているわけではないですけれどね、どのジャンルにも名人という人が必ずいて、それはやっぱり物を考えるいい機会になるし、何らかの形でヒントになります。
 今月も来月も仕事が忙しくてとてもエアロビクスの大会だの、マスターコースなんかに出られないけど、(すごいですよ、レッスン8時間もよ!連日。私、この女性のクラスが一時間でも、根性が続かなくなりそうな事があるのに!)

そのうちスケジュールが合ったら、一度出てみたいな、ヨーロッパ総会。
世界中からチャンピォンが集まるらしいし、壮観でしょうね、きっと。

 私、まじめにやってますから、あなた達もしっかりね。
今度、レッスンの始まりに3分くらい何か一挙に体をほぐすもの、工夫しようかな、と思っているところです。何しろ、スペインチャンピオンについてるからね、このところ、ははは。
お名前は MAR SUAREZさんよ。
多分本名はマリア・デル・マル 海の聖母、ていうお名前ね。

●2001年10月11日(木)

【気分転換...のやり損ない】


 シーリアスな話題ばかり続いているので、今日は気分転換。
 
 ...と言っておきながら、また心霊現象とかそんな話しになりそうになる。ダメダメ、とサイン送る。あの、さっき例の木馬の公園を通ってきたばかりなので....あの公園、怖い!夕べも肌に粟が立つようでした。ぞーっ。

うーーーんと、楽しいやつねぇ...今日はちっとも楽しくなかったから楽しい話しができない。

 こういう人間は絶対に経営者、政治家向きではない。
外交問題は気になるだけで、外務大臣やれないなぁ....(悩むまでもなく、依頼されないって)

本当のことばかり言っていてはだめなんだから。(だから、依頼されないから!)

 そう言えば、最近私のことを「理数系だ」という医者がいるんだけれど、のけぞりません?

たまたま気が合うし、物事の原理なんかで論点がとても合うんですよね、このお医者と。
で、それだと私は文系ではないと結論してしまうみたい。ちょっと短絡ですよね。
この通り、みなさんご存知の踊り手だし、
数学なんて中学の時に0点取ったことがあるくらいなのだ。

忘れもしない幾何学の試験で、二問しか出なかったからまずいなぁ、と思ったら全滅になってしまった。いっぱい式は書いたのに、哀れ。
 答案用紙が返ってきた時にはショックと屈辱で目の前が真っ暗になりましたね。
「先生、これは本当に私のですか?」

「うん、残念だけどそのようだよ」

ああ、優しくて大好きな先生だったからこんな悲しい点は取りたくなかったのだけど....
 早く大人になって数学も化学も物理も地理もない生活がしたいと、毎日思っていましたね。
これらの教科、全部ダメ。面白いと思えなかったし。
唯一、興味が持てたのはこの系列では、天体のみ。

 どうしてあんなに学校に行かなくてはいけなかったかしらん?
 スペインはその点、とてもいいと思いますね。
公立の学校なんて午前中でおしまい。午後は、なし。

だから舞踊や楽器や、乗馬、絵画、その他スポーツができる子供達がわんさといる。
うちの子供達は私の小さかった時よりずっと充実した生活をしていると確信しています。羨ましいくらい。

 スペインは乗馬は結構レベル高いですからね。
この国の王女様はオリンピックに乗馬で出場していらっしゃるくらい。

ヘレスの馬は世界的にも有名だし、国立の乗馬学校があります。

 ここまで行かなくてもあらゆる近郊で乗馬が習えます。そしてちっとも高くなんかない。

うちの目と鼻の先にはゲーリープレーヤー設計のものすごいゴルフ場があります。練習場でなくて、コースです。
これも全然高くない。
けれどもあれだけは、私はスポーツとして好きになれそうにないから、残念。宝の持ち腐れ。
ゴルフ好きの人にはひんしゅくを買ってしまいそうですけれど、あれってつまらなさそう!とてもじゃないけれどあんなかったるいことできないな、私。何時間も!歩いては打ち、歩いては打ち....

 でも、もっと理解に苦しむのは、あのかったるいコースを延延と見学だけでついて回る人達よね。信じられないみたい。ぱちぱちぱち....これだけ。

 それとも、私の気づかない、見落としている素晴らしい何かがあるのだったら、誰か教えて。それは何?

●2001年10月10日(水)

【ああ、ヒコーキ!!!】


飛行機、憂鬱です。毎日のように航空会社と検討重ねています。

たった今、電話で日本でも箱崎でのチェックインが中止になっていると言うのだもの。(成田にすると大変なの、乗り遅れそうになるくらい混む)

アメリカ援助=ほとんど参戦という意味のパリ、フランク経由はみんな危ない。
よって、どこも乗り継ぎでの荷物のチェックが厳しく、ロンドンだけでなくて全都市に広がりつつあります。
 乗り継ぎ最低ニ時間以上の組み合わせを探さないといけなくなっていて、ただでさえ本数が少ないのに、至難の業です。
現時点では、この乗り継ぎチェックをクリアーするエアラインを探してついに5時間もドイツで待たないといけなくなってしまう。

ドイツにこんなに長時間もぼーっとしているのは、さらにぞっとしない。

 パリとロンドン経由の希望が激減しているというくらいだから、いっそイタリアくらいにしておこうかな、と一昨日傾きかけたら、まるで待ち構えていたみたいに、イタリアで事故。120人くらい亡くなる。
 これで浮き彫りにされた、イタリアの10年も放置されていた空港の故障。
これがあろうことか、管制塔か何かのみんなが知っていた放置故障らしい。

おお、飛行機と空港選びだけで疲労してしまいそうです。
 ただでさえ、飛行機が一番嫌いな乗り物なのに、どうしましょう?
QUE PUEDO HACER? 
DIME!!!

と、スペイン語講座もここに載せてしまうのだ。

 またまた、たった今、生徒からこんなメールが届きました。昨日疑問符を投げたばかりだから、ここに抜粋します。そして、メールをくれたSさん、勿論私の事は心配しないで。こういう混乱の時って、色んなことが立て続けに起こるものですから。

........

>先生の帰国の際、スカンジナビア航空、コペンハーゲン経由を薦めて、何日も経たず
>にアフガニスタンへの攻撃が始まり、その同日にスカンジナビア航空の事故を知り、
>本当にショックと驚きでいっぱいです。
>日本ではテロ事件の報道ばかりで、SASの事故に付いては、日本人乗客がいなかった
>せいかほとんど報道されず、事故の原因や責任、事実がなかなか解らず、
>原因はSAS機が離陸に向けて滑走路を走行中、横から小型機が走ってきて、それをよ
>ける為に急遽離陸しようとしたが間に合わず小型機と接触、横にそれたところ空港内
>の建物に追突し炎上したとの事です。
>当初、テロの爆弾が仕掛けられていたとかの憶測もあったようですが、そうではない
>ようです。
>当時霧が濃かったのも原因のひとつではあるようですが、当然管制塔の指示にした
>がっての離陸準備ですから、完全に空港側のミスでしょう。
>しかも、レーダーのメンテナンス中だったとの話でした。
>責任がどちらにあろうと、今回の事故で乗客、乗務員110人以上の方が亡くなるとい
>う、スカンジナビア航空史上最悪の惨事でした。
絶対の信頼をしているエアーラインと思い先生に薦めたのですが、ニュースを知っ
>てぞっとしました。
>先生にもいやな思いをさせてしまったと思い、申し訳ありませんでした。
>
>とにかく、先生が帰国するころには状勢が落ち着いているといいのですが。

...........

 それにしても、イスラム教徒が山盛りのインドネシアでのデモも不穏だし、もはや中東だけでなくて、大変な規模ですね。スペインもモロッコからの移民や不法入国のイスラム教徒が多く、ビン・ラディンの崇拝者が多いというのですもの。彼の直接のコマンドがこっちで6人とか7人とかつかまったばかりですよ。アリカンテとかマラガ近辺で。

 北部バスク地方の壮絶なテロ集団「エタ―ラ」に苦しむスペイン政府は、今回のアメリカの応援には全面的に参加。スペインにはテロは根絶したい深刻な苦悩があるのです。

何しろ、フランコ独裁政権(反対勢力をめった殺しにした時代なのに)でもこのテロ集団を絶滅できず、あろうことか、テロリスト集団はついに国会に議席を二つも獲得してしまっているのです。
今現在も、首相のホセ・マリア・アスナ―ルの車を吹き飛ばそうとしたり、国会議員の暗殺が頻繁です。
 
なんだか、ここのところ世界情勢一色になってしまっていますね。
....かなり憂鬱です。

●2001年10月09日(火)

【ヨーロッパにあって思う事...気がかりなことなど】


ヨーロッパの主要国の元首が次々と画面に大写しになり、アメリカ支持の声明を発表している。
 テロ直後のフランスのアメリカ訪問の手際の鮮やかさに驚いたけれど、どの国も態度に曖昧さが微塵もなく、全面的に援助すると明言しているのはさすがに外交に長けていると感心し、また日本の外交のことなど心配してしまった。
 
日本の動静はインターネットでしか知り様がない。
スペインでは全く無視。
ニュースにさえ出て来ない。
小泉首相はきっと毎日テレビにアップで映し出されて声明を発表したりしているに違いないのに。
 ビン・ラディンがビデオで声明発表した時に、その声にスペイン語同時通訳の声がかぶさってしまったけれど、どうも日本と言った気がしたけれど、(言いませんでした?日本までお先棒かついで、とか)これはスペインでは割愛して通訳しなかった。....それとも聞き違いかしら?
 
 今度のことには色々考えさせられる事がいっぱいあるけれど、戦争自体の意味から離れて、日本という国はヨーロッパで発言権がないのだな、ということがはっきりわかりました。発言権どころではなく、存在感がない。

 アメリカでもきっとそうなのだろうと憶測している。

 ひいては、先進諸国は日本を認識していない。思い出しもしないくらいだ。

日本では湾岸戦争の時の非難をまた浴びないように、と涙ぐましい努力をしているようだけれど、どんなにあがいても普段の積み重ねがないから、やっぱり顔のない外交なのだ。

明治維新からまだいくらも経っていないのだな、という歴史的な現実を目の当たりにするようだ。
 あの屈辱の鹿鳴館時代と今もさほど変わっていない。
人材の育成、ということを考える。知り合いの外務省の役人なんか思い出して、なんだか暗澹たる思いがする。(まずいわぁ、これ読んでるかも)

 国際的センス、というのは勉強やちらっとした外国留学なんかでは身につかないのだ。出る杭は打たれる、寄らば大樹の陰、こういうことわざが意味を持っている土壌では今日の世界に尊敬を持って迎えられるようになるのは難しいだろう。

 自分のしていることを、こんなにしてる!とどうやって宣伝するかにも気を配らないといけないのだけど、とてもそんなことには手が回らないみたいだ。 
 外交というのは相当あざといことをやらないといけない。

そういう度胸と胆力のある人間が本当に今の日本の社会と子供達を取り巻く環境から出るのだろうか。真あり、胆あり、二枚舌、みたいな。毒をいっぱい抱えた、すがすがしい明晰なる人物。

今よりもっと情けないことになるんじゃないかと気がかりだ。

 (大昔でさえ、短大の時に東大とディベートをやった際に、国府の最高と言われたあの大学の、気の滅入るような叔父さん臭い学生達の、まあ、なんと陳腐だったことか!この中から国を背負う政治家が出るのかえ?とのけぞった若き日の友繁先生でした。東大生とのデート、3回と続かず。)

 実は私はブッシュがテレビに出てくる度に、気分が悪くなる。
あいつはどうも気に入らない。
なんとも言えずに腹立たしい。
アーティストの第六感だから説明できない。
しめている赤いネクタイまで軽蔑したくなる。

ユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカと、さも自分より愛国者は他にはいない、みたいなスタンド・プレーというか、芝居がかった口調で話しをしめくくって、きっ、と口なんか結ぶところなんざ、辟易としてしまうのだ。

 タリバンは無傷で放っておけない。あんなことは許しておけないのだ。

けれどもビン・ラディンが出て来ると、心が動かされてしまう。

ああ、政治的にこっちの味方だったらどんなにすっきりするだろう、と残念に思うくらいだ。
 あの人が活動し続けると大変だ。でも、亡くなったりしたらそれこそただでは済まなくなるだろう。思っただけで身の毛がよだつようだ。

●2001年10月06日(土)

【夜の女王? 午前様...】


レコーディングに付き合って、今、もう午前4時を回ってしまいました。
ごっそりメールが来ていてチェックしましたがお返事できない。
ゲストブックも、つれづれも今日はダメ。

 これから休んで、ちゃんと目覚めたらレッスンの前後に何か書きます。
 クリックしてしまう方達ごめんなさい。
この頃、週末でもしっかり立ち寄る人が多くて....

 飛行機もなかなかどこの空港にしようか決まらず、集中スケジュールが遅れています。

今週末には大雑把に決め、来週中にはアップしてもらえると思います。
今日(というか昨日)、まじめに仮縫い的表をファックスしてマネージャーとちゃんと打ち合わせしました。
 では、皆さんはお早ようですが、私はちょっとこれにてお休みなさーい。

●2001年10月05日(金)

【検索】


昨日の続きです。

 デイスクがいっぱいだからクリーン・アップしろとしつこく出て来るので、先週徹底的に色んなものを消したら、なんだか昨日は自分のHPも出て来ない。うーーーー、と懊悩することしばし。

 仕方ないので検索エンジンに自分の名前を入れてみた。
これでアカデミーが出て来るはずだ、と期待というか一縷の(いちる、よ)望みをかけていたら、なんだか知らないサイトがずらーーーっと出て来たのです。はて?こんなに大勢呼び寄せてしまって...何故?

 見た事もないような個人のサイトも私の名前でヒットするってどうして?
中になんか私の名前が出てくる?て、そういうことかしら?

 全然フラメンコではない音楽関係サイトがあったので、どんな理由で私の名前と関係しているのか開けてみたのですが、永遠とも言える長さで会話が続いている。
とてもじゃないですが、おいそれと名前が出て来るとは思えない。
それで、相関関係、つかめないままスクリーン上のバツ印をクリック。

 メッセージボードが次ぎに2回?ぐらい並んでいるんですよ。????
なんだか訳がわからなくなって、そうしてクリックしたらずらーーーーと議題がいっぱいで、とても無理。
あれ、包み紙むくの大変ですよね。

....でどうしてヒットしたのかまたわからないまま、発表会ではたと立ち止まってしまった訳です。

 夕べはとても疲れていて早くつれづれをアップしようと思っていたのに
不思議の国に迷い込んでしまってですね、しかも日頃からとても気に病んでいるテーマですから、包み紙をみんな開けて読んで行ってしまいました。

 黙って素通りはフェアじゃないですから、何か書かないと。

 ここで困ってしまうの。私は匿名がダメですね。
自分の経験から来る悩みとか疑問点とか、とにかく何を題材にしても絶対に署名しなくては話しがおかしくなるんです。
 日本に住んでいないし、フラメンコは練習生ではないし、経験談なんか書こうものなら、えー?となってしまうでしょう?
名前書くしかないです。

 こんなに全面的に職業と一体になってしまっている例もあまりないですね。
仕事からは少しも離脱する時がないです、考えてみると。
アーティストというのはそういうものかも知れないですね。
 また、このテーマは別の機会に。そうしないと一大論文になってしまう。

 とにかくね、良い機会なのでみんなに私の気持ちも伝えておこうと思って。

入門生で入ったばかりの人でも、勇敢にも集中に出て来たり、私と親しく言葉を交わしたような人達は、何かで退会するようなことがあると私はインストラクターからの報告書を持ったままとても意気消沈してしまいます。

 勿論、特別扱いはいけないけれど何かちょっとした応援で続けられるのかも知れないでしょう?本人にお手紙出して聞く事も度々あります。
あんまりショックな時は国際電話だってしてしまう。本人はたまげてしまうけど。(抜けられないアカデミーと勘違いしないで。応援できそうな時、よ)

 それは数ある教室の中からご縁があって私のところに来てくれた人には力いっぱい応援しますよ。
 せめて人がましく形になって、踊る事の素晴らしさが分って来るようなところまでは指導してあげたいと思う。
 来た時と同じの、カカシみたいな、ゾンビの生きかえりみたいな(は、酷過ぎるかも)、なんとも不細工なままでうちの門を出て行かせたくないです。

 これこれ!これがやりたかったんです!!とそうなるまではやめさせたくない。
 入門生って不思議です。踊りも勿論下手だけれど、顔もぼーっとしています。大概の人は。それが踊りが形になって来る頃から表情が違って来る。
女前も一枚も二枚も上がる。
目にかちっとした光りが宿る。

 ああ、やっと命が吹き込まれた!って、そういう感じです。
手術に成功した整形外科医、というよりは、ゼベット爺さんのように嬉しい。

●2001年10月04日(木)

【とても身につまされます 】


自分のHPが出せなくなり、仕方がないので検索エンジンに自分の名前を入れたら、ずらーっと出て来た中にメッセージボードがありました。どうして?
開けてみたら気になるお話しが出ていて、寄り道して投稿してしまいました。
はからずもとても長いものになってしまい、今日はもうつれづれの更新ができないので、ここにコピーしておきます。

> スペインの勉強していて、フラメンコは貧しい人々から生まれたものだから私にぴったりと喜びいさんで習い始めました。
それが、原始フラメンコは確かにそうでしたが、今はスペインもとてもみんな苦労してやっていますよ。一家が一人の子供に期待して限界まで注ぎ込んだりしています。こちらでのクルソもお月謝も、生活水準からすると随分高いですし、クラシックバレエなどよりやはりフラメンコの方がスペインでもずっと高いのです。

> なんだい、お金持ち向けじゃない!
> 発表会で群舞で1曲で5万円。と衣装代は別途。冗談じゃない。出られません。

 発表会は、とても身につまされる題材です。
みなさんのご意見を謹んで拝読させていただきました。

 アカデミーを構成する下の方の生徒や、入りたての人はこんな風に感じるのだな、と思い、辛い気持ちがしました。

 先生の資質や教室の傾向が同様ではないので、一概には言えませんが、大きな劇場でやると、このくらいの参加費は軽くかかってしまうのです。
何百万もかかります。ですから、頭割りで五万円というのは暴利をむさぼっているとは必ずしも言えないのです。
 みなさんは例えば劇場の貸出し料金を見て、これで借りられるのかな、と思われるようですが、普通は劇場の貸出し料の2倍の設備借りだし料が加算されます。50万の劇場なら100万。
舞台に使うマイク、楽屋、カーテン、全て別に払うのです。何から何まで。
それから、舞台監督、照明、音響、これらの人達の技術人権費が何百万もするのです。
また、彼等の連れて来るスタッフ、アルバイト、舞台が傷つかないためのコンパネもこちら持ちです。コンパネをトラックで運んだり、それは入門生が思いもつかないありとあらゆることにいちいち費用が加算されていきます。

 舞台の打ち合わせなどは念入りにされますが、これらの場合の飲食は、お願いする側が必ずお支払いしないといけません。
 当日はスタッフ全員と、劇場の事務の人にまでお弁当や飲み物を出さないといけないのです。 
これは日本の舞台の常識で、会館の人は会館で給料を貰っているのに?と言っても、出さないわけにはいきません。
 今はさすがに少なくなりましたが、劇場いっぱいに席が埋まると、大入り袋と言って心づけのお金を包んで、スタッフ全員に気前良くまくのが常識でした。

 とにかく、劇場という大きな空間を動かすためには大勢の人と、念入りな準備が必要とされるので、そのいちいちに人件費や貸出し、運搬、その他の細細とした思いもかけない費用がたくさんかかります。

 実は私はいつもこれで憂鬱になります。ですが、かかるものはかかるのですからどうすることもできません。
例えば、銀座線の運賃をただにしてあげれないのと同じくらいに明白にして非常な現実です。
 
 本当を言えば、私は発表会はできることならやりたくないといつも思っています。
 主催者の立場で言わせていただくと、おそらくこうした莫大な経費がかかるとは、入りたての人などにはわからないだろうから、不満に思われるのはとても辛いのです。
 もう一つ困ることは、きちんと文書にして貼り出したり、クラスで何度も主な経費について説明しても、必ずぼんやりしていて間際になって驚く人があるということです。例えば衣装のことが念頭になかったりとか....

 これとは別に、発表会に対する思い入れも人によって千差万別で、経済的に大して楽ではなさそうな人でも、このために自分は頑張っているのだからいくらかかってもかまわない、という人もあれば、どんなに僅かでも普段のレッスンより他には全然出したくないという人もあります。とにかく大きい舞台を経験したいという人もあり、小さいところが好きという人もいる。
舞台自体に出たくないという人の中には自分は出ないし、みんなにも出て欲しくないと思う人もあるのです。つまり自分だけ出ない少数派になるのも耐えられない、という人。またはそれが耐えられないために出ることにしてうんと無理をしてしまう人も。

 私は、こういうあらゆる生徒を抱えていて、どうしたら誰も傷つけないでうまく運営できるだろうかと、いつも苦しみます。

 よその事はわからないのですが、うちの場合だと、あれもかかる、これもかかるとなってくると生徒に言えなくなって、自腹を切ってしまうことが沢山あります。これも本来あってはいけないことです。

衣装も何着も必要になるので、大変なんじゃないかと思うともう、そういうことを検討しろと言うのさえ嫌になってしまって50着はスペインから送ってあります。これを廉価に貸出しするのですけれど、その代金も生徒会に任せて設定させています。
 50着なんかでは全然足らないので、今年は更に買い足さなくてはならず、
際限ないことになっていきます。正直に言えば、あらら...という気持ちがしなくもないです。

いつでもみんなのために魔法使いになりたいと思っているのですが、でもやっぱり個人の力には限界がありますから、素晴らしい魔法は出て来ないのです。

 もう一つ、懸案となっているのが、発表会に出ない人に対する心遣いです。
うちでは参加は自由にしてありますし、出ない人がいつものクラスで浮き上がらないように、発表会の曲目の練習は極力クラスでやらないように配慮していますし、連絡事項も文書にしてなるべくクラスで言わないようにしているのですが、それでも間際になってくればみんなのテンションも上がってきて、わいわいしてきますから、出ない人はやっぱり疎外感を味わってしまうようです。

 出る方の気持ちというのも大切にしてあげないといけないのですから、楽しみにしてウキウキしているのをやめろとはまさか言えないですし、舞台は何と言ってもとても楽しみなものですからね。
 事前に気がつけば、沈んでくる気持ちをなんとしても励まして励まして乗り切ってもらうけれど、そうとは気がつかなかったりすることも多く、また、発表会を目指して猛練習してどんどんうまくなっていく同級生達と差が歴然とついてしまうと、退会してしまう生徒が何人か出てしまいます。

 これが私の最も辛い苦しい壁です。
 とにかく、どんなに知恵をしぼっても、どんなに工夫してみても、やっぱり発表会を持つと必ず、こういう人達を一方で出してしまうのです。

 こんな時、とても無力感に襲われ、何がいけなかったか、何か出来たのではないだろうかと反省して重苦しい、悲しい気持ちでやりきれなくなります。
もっと割り切らないといけないと頭ではわかっていても、私は生徒の退会は何にも増してとても身にこたえます。手術に失敗した外科医のように打ちのめされます。

 こうやって書いて行くと随分行き届いているみたいですが、失敗も沢山しています。舞台というのは番狂わせがいっぱい出るもので、単純に連絡がうまく行かなかったり、私が至らなかったりします。万全のつもりが思わぬ失敗だったこともあり、まだ3回しか発表会は持っていませんが、沢山の失敗をしている筈です。
 
 また無い知恵をしぼって少しでも良い結果が出せるように努力して行きたいと思いました。
 疑問に思われているみなさんには、主催側の事情も多少参考にしていただけたら、と思います。けれどもここに書いた動機は、私も一人の、発表会が辛い人間の仲間である、という事でした。

 残念ながらこのページはいつも見れるわけではないので、何かありましたら私のゲストブックの方にてお返事いたします。

●2001年10月03日(水)

【愛惜】


仕事の関係で、ある老紳士とお近づきになった。

 年の頃は60才に届くくらいだろうか。

無口というよりは、物事にあまり感心のないような、どことなく達観したような風情で、外国人である私に特に関心を寄せて何かと質問するわけでもない。

 私の方は、興味の対象にならないことでほっとしていたかも知れない。

大概の場合は、そんなにスペイン語が流暢で、一体どこから来たのか、どこでアンダルシア・アクセントをつけてきたのか、と人は不思議がって止まない。

 別に答えなくもないけれど、あまりに長い歴史講釈になるから、面倒なことは確かだ。(いつでも過去ログばかり喋っていられませんものね?)

 しばらくすると、この男性の無関心は、多分にはにかみから来るのだと気がついた。
 初対面に近い女性に対するそれだ。

 そのうちに、言葉少なに語られた何気ない会話から亡くなられた奥さんの親族はフラメンコに重要な影を投げかけたアーティストを多く輩出している事がわかった。
 子供達は皆巣立ち、今はたった一人のお嬢さんと二人暮らしだという事も知れた。

 奥ゆかしく、抑制の効いた、とても好ましい古き良き時代の男性のたしなみと、そうした時代に育った人だけが持つ心地よさが、何かとても懐かしかった。

 懐かしく、心地良く、そしてなんとも言えないそこはかとない孤独も察しられて、私はちょっと次ぎの予定を遅らせて、この男性としばらくフラメンコのお話しなど続けることにした。

 亡くなった奥さんの思い出話しを聞くのは嫌ではなかった。
この、踊りの大変上手だったという美しい女性の思い出話を語るには、フラメンコのバイラオーラである私ほどぴったりした聞き手はなかったのかも知れない。

 家族を連れて是非一度遊びに来てほしいとお誘いをいただいた。

 ...きっと伺いたいと思う。

●2001年10月02日(火)

【霧のたちこめた朝はロマンチックでなくて....】


今日は徹底的に運に見放された、つらーーーい、一日だった。

え?そんな日があるんですか?元気いっぱいのあなたに?て?

 朝、目の覚めるような、本当にぱっちり覚めてしまうような青い、青い、レオタードをしゃきっとした気分で着込んだ。

カモフラージュのロングフレアーのスカートを苦労して折りたたみ、運転席に乗り込んだ。
 そう、ここまでは意欲に燃えていた。さあ、行くぞ成田空港的に遠いエバのスタジオに!
...エンジンがどうやってもかからないのだ。

 次ぎの場面では、このしやきっとしていた筈の格好でレッカー車を見送る私だ。

 この夏、車は24時間以内で直るようなつまらない故障で修理工場にドック入りした。それっきり、ここを出ない事1ヶ月有余。

 毎日電話で催促。担当者につながらないうちに何度も途中で切れる。
泣き落とし、ヒステリー、脅迫、おだて、もう、最後にはこのまま車は捨ててしまおうかと思ったくらいの、理不尽で長い日々を送ってしまった。

また、スペインという国に生きる苦しみを骨のずいまで沁み込ませ、そして乗り切った。
あれからまだいくらも経っていないじゃないの!
恩赦を剥奪された囚人のようにもがき苦しむ今朝の私だ。

レッカー車のおじ様も言っていたではないか。
「メーカーのオフィシャル工場ってのはどこもクズ野郎ぞろいだ」って。
ホント、レッカーのおじ様、ありがとう!
あと10回言ってちょうだい!そのセリフ、私のために!

我がオレンジシャーベット色の愛らしき車は、また人質になって返してもらえないかもしれない。

 今日のアポイントを次々キャンセル。
謝ってばっかり。
 レンタカーという言葉が浮かばなくもなかったが、あれもぞっとしない。
 
 昨日の今日なのにエバをすっぽかしてしまった。

 無理やり入れてもらった衣装の仮縫い。

 別の所で急がせていた生徒のフアルダも引き取れない。
 
 今日はフラメンコの泣く子も黙るようなオールスターズがOFSスタジオに終結して、明日から始まる録音に顔見世。
...なのにのぞきに行けないなんて!

 丘の上に住んでいるのだ。
街まで8キロ。
 バスを乗り継いで行くのは大変だ。毎日が旅行のようにすごい荷物なのだもの。靴だけでも4種類ぐらい。着替えに至っては言うまでもない。
 
 庭のジャスミンでも剪定しようかな、とふと思ってもついにはさみを取らず。明日も修理工場の主任を呼び出すところからスタートというのは希望が持てない。
何年住んでも、スペインのこういう「犬死的不合理」には泰然と処することができない私だ。
ええ、もうーーーー、何とでも言ってぇ、例えば「未熟者!」とか。

 こんな日は電話回線まで「本官を愚弄」して、さっきまでネットもつながらなかった。何か楽しいことが書きたかったのに、思いがけずスペインの裏舞台をご披露してしまいましたね。
でも、こんなの序の口なの。鍛えられる国なのです、ここは。

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