フラメンコ・オーレ フラメンコファンと練習生を一挙にスペインへ!
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2003年10月のセビリア発信・つれづれ草
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●2003年10月27日(月)

生の苦しみ

バレエの方の掲示板がやっと面白い展開になった。
落ち込む、大丈夫でしょうか、という判で押したようなのがなくなって嬉しい。
横断幕を掲げたいくらいに嬉しいっていうのは、かえって自重しないといけないかな。

さて、ピアニスト対踊り手のディベート(にはならないな、きっと。日本人は討論が嫌いだから)
私は両方の意見が割りと良く分かるから中立的立場で。

先日、日本のプロのバレリーナがオーケストラでも本当に困る事がいっぱいあると言ってました。
まだプレパレーション完全じゃないのにじゃーーん!!と始まったり(本当にぃ?)
解釈が違ってアドリブか?と思うくらい違う感じに演奏されて大汗とか。
実際はどうなのかな。
このバレリーナに問題があるのか、それともオーケストラでもそんなに酷い展開になることがあるのかな。

ここからは想像。
サンサーンスの死の舞踏一つ取っても、指揮者とオーケストラが違っただけで世界の一流の人達なのに演奏がまるで違ってしまう。このCDの通りだとイメージ通りに踊れるけれどこっちだと振り付け変えないと無理、みたいな判断が私でもつく。

今年の二月にマイヤ・プリセツカヤの来日ガラコンサートではオーケストラがまるで吸い付くように踊り手の動きに忠実で気味が悪いくらいにぴったりだった。
ああいう芸当は普通の音楽家にはできないと思う。
違うかしら?
専属でずっと伴奏に慣れた人でないと相手の立場に立てない。

演奏家と伴奏者は絶対に違うのだ。両者を兼ねる場合もたまにあるけれど
普通、音楽家はどのジャンルでも伴奏を見下げている。
だから努力しようとはあまり思わなくてお咎めがない。

フラメンコでもこれは顕著です。
私はCDでないと練習や各種のお試しはしたくない。
自分のものを創造するときには、余計なものがうっとおしい。
一流の人が相手でも舞踊的センスでどうしたいのかがギタリストには中々判断できない。
踊り手でないから頭に描けないのは当然。

ともすると手足にいっぱい鉛をつけて泳ごうとしているみたいに、彼らは邪魔。
腹立たしい。こんなヤツと共演したくないって思ったりしてしまう。
ここだけお互いが以心伝心になったりすると茶番だ。
本番前に宿敵になってしまう。
生演奏がいいのは、舞台の上か、もうすぐ舞台って言う段階だけ。あるいは最初の出会い。

腕の悪いギタリストと練習するとダサい振りしか出て来なくなる。
一流の人でも意思疎通が上手く行かないと時間ばかりかかる。
私がソロコンパス命なのは、このためだ。
ついでに言うと好きなギタリストはこんなに選り取り見取りのスペインでも、三人くらいしかいない。

CDのような作り物が悪くて、生が絶対にいつでもいいわけではない。

私の場合は下絵ができるまでは、生は鉛だから傍に居て欲しくない。

突然にいい音楽を聞いて本人を訪ねて行くような事がよくあるけれど
CDより本人のが腕が悪かったりする。
録音て、何度もやり直せて、最高の出来の集大成であることが多いので、本当にはCD程にはうまくなかったりするのだ。録音スタジオの音響機器よ、コンピーターよ、録音技師よ、恨むぞ!!

CD大好き!!!て言うと憚られるけれど、本人よりうまいCDはやっぱり私には有難い。
最高の演奏を黙々と何度でも同じ質でやってくれる。
高級なキャンパス地みたいに自由に絵が描ける。
遅刻無し、事故無し、喧嘩無し、擦り切れるまで使っても\4000しないし。
スイッチ押した途端に消えていなくなってくれるし、て酷すぎかな?


●2003年10月25日(土)

ストレスゼロ

ソロコンパスシリーズの「パルマ」って素晴らしい。
シギリージャの速さがどうしても足りなくて、スーパーラピドシリーズのシギリージャを出してみると♪はちょうど良さそうなのに、ラファエルのギターがうるさい。
私が目下イメージしているのと彼のフアルセータや切り方が全然違う。
困ったな、と思っていた。

そういう時はブレリアでやってしまうけれど(知ってます?アクセントを頭の中で切り替えるとシギリージャになるのを)延々とやりたい時に少し不便。

ブレリアUも便利だけれどなんだか雑に扱ってしまったらしくて針飛びがする。これはこれでそのまま使えるのだけど(つまりエンドレスだから、)でもまぁ、そんなにして使うのは酷過ぎる。
私の望む速度は、
「パルマ」の10番くらいの早さがちょうどいい事を再認識した。
是非、聞いてみて下さい。
これをまずかけっぱなしで一時間休まずに即興する。
この稽古法は私のウオーム・アップで、有酸素運動です。
着替えはその辺にかけておいてどんどんシャツを換えて行く。
これがレッスンで風邪を引かないコツ。止まらないし、次々着替える。着替えていても足は止まらない。
この武道みたいな稽古の時はレオタードなんてもたもたした物はダメ。
コットンのシャツを山盛り。できたら襟あきの広いタンクトップ。どっと汗が出たら普通のシャツも間で着る。タオル代わり。で、止まらずにどんどん加速する。

最近イスラエルのリズムを研究している。
これが出だしからレマーテくらいに早い。倍テンポを底敷きにしてやっているのだ。
分かります?ただの普通の速さに見えるのだけれど、その実彼の頭の中は二倍で動いている。
と、どうなるか?緊迫感が違うわけです。

舞踊の花形は女性だというのは昔から言われていることだけれど、唯一、フラメンコだけは男が本当に男らしい魅力に満ち満ちていると思う。フラメンコだけは舞踊でも男がなよなよしない。
どちらかと言うとスポーツ、武道系だからかな。
そして命がけのコンパス感。

「パルマ」のお陰で本当に充足した稽古ができた。
いい物を世に出してくれたと思う。(本人に言うとうるさいから褒めないけれど。)

この所、あまりに色々な事が重なって多忙なために少し悲観的になっていたのだけれど
もうストレスゼロになった。

私はこれこそが専門で今、本当に子供の頃に夢見たような境地に来ていると自覚している。
燃えるような、血のたぎるような、入魂の踊りができるという気がする。
来年を皮切りに、思いっきりの全部、今無い物まで全部引き出して踊ろうと、今朝決心できた。
レッスンの時の私ではない、本当の舞台の私を生徒にも見てもらおう。
後悔しないように踊らなくては!!!!
舞台のプロなのだから。

●2003年10月21日(火)

サッカーファン

OFSの社長が言うには
最近、あの歌い手のへスース・エレディアが訪ねて来て、この夏に私がレアル・マドリーのイベントに出ておきながら自分を使ってくれなかったとしょげているのだそうだ。

そんなぁ、あれはスペインからカンタオールを呼び寄せるような暇がなかったのだもの、といくら言っても
へスースが気にしていると言われてしまった。

困っちゃったなぁ..........
他にも、なんで僕を呼んでくれなかったのさ!!の抗議はいっぱいあった。
だってえ、とっさに間に合わないことがいっぱいある。

しかし、後になって知る、レアルマドリーの偉大さ。人気の凄さ。

私はサッカーなんかどうでもいい口で、男性達が試合で殺気立って怪我人を出したりするのを眉をひそめて見るくらい。
あの時だって
フォーシーズンズ・ホテルのロビーで自分を迎えにきてくれる車を待っていたら
横にジダンとかロベルト・カルロスが居た。
あーーら、さっきは......
親しくお話していると、セキュリティが飛んできて、あちらの群集からあの人達(私や生徒たち)は誰なのだ、
不公平じゃないか!!!選手達と一緒で!!!と抗議されているのですが.......と言う。

びっくりして、相手をまじまじと見てしまった。
状況が読めない。

そう言われてキョロキョロしてみると、綱を渡した向こうに人々が押しやられていた。
ホテルの中なのに、だ。
そこでもみ合っている人々の顔が見えた。
あらら.......

私達だけが選手達と、野生公園の珍獣みたいにロビーに自由に野放しにされていた。

「私達は.......サッカーファンじゃないですよ。ご存知でしょう?あなたは」
「そう申し上げたのですが、不公平だと言うものですから......」
私は驚いてしまった。
日本て、信じられない。
異国のようだ。

揉み手して作り笑いを浮かべているこの男性も異邦人のようだった。
このホテルも不思議。

そこにベツカムがつかつかと歩いて来て、娘のタマーラの手に恭しくキスすると、群集がどよめいた。
さっきのセキュリティがまた気を揉む。
何か私に言いたそうにする。
さすがに私はいらいらしてしまった。

「はっきり言って、私、サッカーなんて何の興味もないし、ベッカムだろうが誰だろうがどうでもいい。
あそこにレアルのバスが停まってて迷惑。さっさと行ってくれないかなって思ってる。
あのバスのせいで私の車が来れないに決まってるんですもの。早く帰りたいわ」

「は?......そ、そうですよね!! 」

サッカーなんかどうでもいい、という発言をまるで生まれて初めて聞いた人みたいに突然納得してしまった。
なんだ、案外素直な男性じゃない。
綱の方にあたふたと去りかけてちらっと私を振り返ったので、「あなたも大変ね!」と、珍獣の私は微笑み返した。

しかし......ホテルではさんざんだった。
前の晩には偽のIDで記者に成りすまして侵入を試みるファンもいたらしく、私達は出入りにいちいちIDカードを出して大変だったのだ。

あれだけでは済まなかったなんて。
やっぱりレアル・マドリーと聞いて胸が騒ぐのはスペイン人のサッカーファンが一番ですよね。
へスース・エレディアまでねぇ....
イスラエルには言ってない。彼は本当は、サッカー選手になりたかったのだから。

●2003年10月15日(水)

アメリカ大陸

夕べ、最近の私の共演者からアメリカ公演のお話があった。
一緒にどう?
うーーーん.....

アメリカ行かないといけない。ニューヨークシティバレエ偵察したい。
でもどうしてもニューヨークって怖くて嫌なのだ。
憧れつつ、何もそんなところまで、て気持ちがいつもある。
食い詰め者の集合都市だから生き馬の目を抜くように恐ろしいって、最近知り合った人も言う。
やっぱり!......,怖いなぁ。
マドリーだって嫌なのに。

今月に仕事は集中していて、来月は選手権もあり(娘二人とも同じ日)イスラエルとの練習もほぼ始まる。
12月にはこっちのコンサート出演がある。
日本に帰国もあるし、どうやってみんな上手く納めるか大変だ。
毎日心を悩ませている。

行きたくないかも、アメリカ。夏まで行きたくない。
落ち着いてちゃんと稽古したい。
朝起きたら、もう辛い!!てくらいのノンストップレッスンがやっとここのところ定着している。
夏に日本でめちゃめちゃになった分を取り返しつつある。
今、どこかに行きたくない。本当に邪魔の入らない環境で鍛えないとダメだ。

生きて行くってとても煩雑で、所定の物が所定の所に収まっていて、いつでも取り出せて
瞬時に何でもできるようになっていないと辛いものだ。
スーツケースずるずるという生活はどんなに華やかでも落ち着いて何もやれない。

この夏に懲りてしまった。まだ後遺症が残っている。アウシュビッツから出て来たて、という位に悪夢がよみがえる。
日本の仕事をきちんと素早く処理したい場合、私が日本に居るより、ここからやった方がずっと早くて確実っていうのも身に沁みた。不思議とそうなのだ。
スペインと日本の時差がうまく作用する。
日本に居るといらいらが募る。
ベリーアンハッピーになってしまう。

肉体を自由に操るようにするには、どんなに忙しくても構わないが毎日のリズムがちゃんと同じになっていないといけない。あちこち旅行して、スーツケースを引っ掻き回す期間がくっつき過ぎていると芸もすさむ。
何とか舞踊団なんかが有難くもなんともないって多くのアーティストが思うのはこのためだ。

さぁてと、これからヘドロみたいになるまで稽古する。一時間でなってしまうの。これが大切。だらだらしないって言うのが。
うちのインストラクター始め上級生もちっとも上手くならないって落ち込んだりするけれど、鍵はここよ。
髪がべとつかないようにとか、帰りの電車の事考えて手控えてない?次のクラスの事とか。
見るも無惨な姿になるまで一心にやらないと絶対にうまくならない。
寝る前にああ、明日がまた来ちゃうって辛くなるくらいに疲れないといけない。
恋愛と同じで先に命を投げ出さないと、あっちだけに命がけにはなってもらえないのです、あはは。

●2003年10月14日(火)

堤中納言????
 
 虫愛づる姫君っていうのは、清少納言だとばっかり勘違いしていた。
枕草子に出て来たって思い込んでいたのだ。

今日、突然にあれは堤中納言物語だと発見してしまった。

なんていう違いかと呆れる思い。
所詮私の古典知識(記憶力)なんてこんなものだ。

アーー恥ずかしい.......つれづれでも何回もこのお話が好きだと言った気がする。(訪問者の皆さんは、全然どうでも良かったり?気づいていた方、教えて欲しかったなぁ、今度から是非訂正してくださいませよ)

あれを清少納言が書いてくれたのだったらどんなにか真実味が増して有難かったか知れない。
本当にこんなお姫様がいたんだ!!!
ひたすら感情を押し殺したみたいな平安貴族に、こんなに生き生きと麗しい、時代を何百年も先取りした女性がいてくれたなんて、とかなり本気で感激してしまったのに。
間違いだったなんて......

堤中納言という人物はその出自がよく分からないのだったか、誰かが成りすましていたのだったかで、なんとなく作り話の範疇という気がしてしまう。(また勘違いだったりして.....)スペインだから本屋に走って確認ができない。手持ちの古典文献は少ないのだ。

私はこの虫愛ずる姫君を古文の時間で読まされた高校生の時に、ありありとそういう髪をうっとおしがって耳掛けなんかしてしまう姿を脳裏に思い浮かべながら、自分がこうだったらいいな、と思った。

毛虫をかわいがって、美しい生き物だと目を凝らすような女性は、虫と言うときゃあきゃあ騒ぐ自分みたいなつまらない女よりずっと素晴らしいとしみじみ残念だった。

いつか自分に娘が生まれたら、きっとこんな女性になって欲しいな、と夢見た。
あんまりうっとりと夢見たので出典も教師の声も遠ざかってしまったのかも知れない。
これと前後して枕草子をやっていたのだろう。
だから冬はつとめて、とか、そんなのとごたまぜの記憶に混ざってしまったのに違いない。

清少納言じゃないのねぇ........がっかり......

かの才女は、仕えた主人が落剥して確か自分も落ちぶれてしまうのだ。そうして見る影も無いようなあばら家に住んでいると、あれが一時は有名な才女と謳われた清少納言だとのぞくような人に、この身は落ちぶれても、と啖呵を切ったりするのだ。(それともこれも、私が贔屓のあまりに空想してしまったお話かしらん、なんだか今夜は自信が全くない)
私は清少納言が大好きなのだ。
それでいてあのタイプの女性に自分が好かれるとは思えないのだけれど。

思い込みと楽しい空想が時として現実になる幸せは、下の娘がまさに虫愛づる姫君だと発見した瞬間だ。
ぞっとするような毛虫を、目にいっぱい涙を貯めて、かわいい、かわいいと何時間でもいとおしがって見て過ごす子供だったし、今でもそうなのだ。自分に似てくれないで本当に嬉しい。

今度日本に帰ったら、堤中納言を探さないと!
飛行機で読めるような文庫があってくれるといいのだけれど。

古典に心を惹かれると言えば、私にはいつもちょっと切ないような気持ちになる人がこの文学界にいる。
方丈記の鴨長明だ。
この人は、歌人としての一大事業を終えずに突然全部投げ打って出家してしまう。
何故だったのかが、方丈記にすら書いてない。

何故?と聞いてみる......ざっと800年経ってしまって、あらゆる研究者が知ろうとして未だ解明されない。
そうして歴史の中にひっそりと生き続けている。
.......心にかかって仕方がない。胸苦しいくらいだ。

さぁて、連休明け、明日こそ厳しく稽古に励まないと。いつまでも本なんか読んでないで寝ないとね。
皆さんの連休は如何でしたか?スペインと全く同じくお休みが重なりましたよ。



●2003年10月12日(日)


アカデミーに下記のようなメールが届きました。
始めはうちの生徒なのかとドキドキしましたが、お話を読み進むと違う事が分かりました。
どうしてうちにこういうお手紙が来たのかと想像するに、多分HPのファンの方なのではないかと
解釈しました。そうですか?
でしたら今後はさらっとBBSにご訪問ください。お友達もできると思います。(内容は匿名性があるのでここに引用させていただいて構わないと判断しました。他の方のためにもなるのでご本人はご了承くださいね。

踊りに限らず、芸事というのはいわば無駄な事で、衣食住に関わるものではないので、どうしても経済的という観念からは別の世界にあります。
でも、だからこそ、楽しいのかもしれないです。

日本の伝統芸能などは、家元制度ですからいわゆるソロを踊るのに何千万円もかかったりするらしいです。
それにあの正絹の着物........歌舞伎の方達とお仕事をしたことがありますが、天女の装束は数千万円もする衣装なんだそうです。それに比べたらフラメンコは遥かに庶民的だと思いました。
舞台というのは大勢のプロが裏で働いているのでどうしても安く済みません。
必然的にかかるお金なのでどうしようもないのです。

うちは発表会に出なくて構わないスクールですが、いくらそういうプレッシャーをかけないように努力していてもお友達が舞台の後で格段と上手くなると、その辛さに辞めてしまう人が毎回、出ます。発表会の前にもみんながウキウキして会話に花が咲くし、練習に練習を積んでいるのを見て平然としているのは難しいのではないかな、と同情します。仮縫いだの出来た衣装の合わせを見ながら平静でいられるのは中々難しいかもしれません。

うちでは自分で縫った衣装でも基本的には構わないのだけど、そんな健気な人は見かけないです。
みんなに縫って、参加費を稼ぎ出しても構わないと公言していますが、根気と手先のある人はついぞ出てきません。あなたは如何?
始めは大変でも、手先が器用だったら何とでもなりますよ。
うちのスクールは特殊なので何年か修行して本人が努力して上達するともう、月会費もかからなくなります。
奨学制度もありますしね。
ただ三年間はみっちり本気で努力して抜きん出てくれないといけないです。
才能と性格さえ良ければ、私はどこまででも応援します。
生まれつきに恵まれていると言えない人でも、本気で努力して上達しない人はないので、それなりの事にはなると思います。

発表会に出ないとどうなるかは、自分の強さによるのですから、無い物ねだりはしないで潔く強い女性として泰然と稽古を続けるか、才覚で切り抜けるかですよ。
勿論、あなたの家庭の事情は知りませんし、知ろうとは思いませんが、どんな環境にあってもまるで出来ない、てことはそんなに世の中多くないです。
今は時期が悪い、ということはあるでしょうが、また出直すってこともできる。
100%自分が思い描く人生など誰一人歩いていないのですもの、気持ちは明るく持って悲観的にならない事ですよ。かわいいお子さんが二人もいるのですから、そういう女性になろうと努力してまたフラメンコと再会してください。


>私は、2児の母です。家庭内のいざこざもあり悶々とした日々を送っている時に、
>何かやりたい!!自分を勇気付けたいと思ったときに、頭に浮かんだのが、
>フラメンコでした。以前から気になっていたけど、私になんか踊れないだろうな・・
>・。
>と思ってしまいそのままでしたが、去年思い切って始めました。
>
>楽しくて、でも覚えが悪い自分に腹も立ちましたが、でも楽しくてもっと上手になり
>たい、
>いろんなことを知りたい・・・なんてフラメンコって楽しいんだろう!!
>という思いでいっぱいでした。
>私のいっていたカルチャースクールでは、やはり年に1回〜2回は発表会があるらし
>く
>皆さん出るらしいのですが、衣装代その他諸々で、15万くらいはかかると聞きまし
>た。
>お恥ずかしいのですが、家にはそんな余裕は全くなく、自分のパートで働いたお金で
>教室に通っていたくらいなので、発表会に向けての練習が始まり、先生も出る方と
>出ない方をはっきりさせたいようでした。
>やっぱり、余裕がない人は続けられないと思い、仕事が忙しいといって辞めました。
>とても悲しく情けなかったです。
>やはり、どこの教室も金銭的に余裕がある方でないと続けていくことすら難しいので
>しょうか?
>いまは、あまりフラメンコに触れないようにしています。CDも聞かなくなってしまい
>ました。
>
>何が言いたいのか自分でもわかりませんが、やはり発表会は練習の励みになりますよ
>ね。
>発表会は楽しいでしょうね。必要なことだと思います。
>
>でも発表会がないクラスってありますか?あったらいいな〜なんて思います。
>すみません。とりとめもないメールでした。
>

●2003年10月10日(金)

体育の日だ!

昨日、レッスン中に新しいブエルタが閃いた。
閃いた、という時は、そういうのを知らずに踊った、という事だ。
こういうのは人がやっているのを見たことがない。
なかなか悪くない。
今度、集中でやってみよう。

筋肉が強くなって来ると、知らないうちに色々なことができてしまう。
前にできないのはどうしてかな、と思っていたけれど、鍛え方が足りなかったのだ。
こんなにやっていてどう足りなかったかというと、脚一つ取っても、四等筋だけが強くてはダメで
脚は、骨を囲んでいる四面をちやんと鍛えないといけない。
内側が弱いと、頑張れない。

筋トレをしていてその感覚を振りに移してみると、わざわざ筋トレをしなくてもこの振りで鍛えられる筋肉はここ、ということが感覚で分かるようになる。
だから重い物を持ち上げに行かなくても、応用の振りで筋トレの代わりが十分できる。
そうやってもともと好きで、苦痛にならない方のレッスンで鍛える。

レッスンというのは不思議だ。
気持ちが゜乗らない日がダメかというと必ずしもそうではない。
いやいや始めて、きっと今日はさんざんだろうと思っていると、意外とバランスが良くてなんでもすらすらできてしまったりする。すると嬉しくってじゃんじやんやってしまい、最高の気分で締めくくれたりする。
かというと、やる気のない日がいつもバラ色とは限らず、その通りの酷い有様で終わってげんなりする。

この逆の意欲に燃えている日も、悲しく終わったり、溌剌と終わったりする。
この展開の微妙さというのは不思議で、何年やっていても予測がつかない。

特別の事がない場合は、いっぱいやらなくてはいけない事を全部脇に寄せて
稽古に没頭する。いつもこの時間が他の事で突然できなくなるのではないだろうかという不安を、毎日抱えて起きる。いつも不安な気持ちがする。
これも可笑しい。本当に毎日なのだ。ずっと昔からいつも不安な思いがしている。

●2003年10月09日(木)

突然、音響の勉強をしている。
残響計算の式とか、音響の様々な割り出しなんかに心を奪われて三日が経つ。
でも実際に計算式を身近な例で立ててみるほどには暇ではない。
残念だな。
もっと暇があったら隠れた理数系として新しい人生が拓けるのに。
人間の能力ってこれで全部じゃないのだから、私だってまだ捨てたものじゃない筈だ。
どこかに知られざる潜在能力があるかもしれない。

吸音ってどういうメカニズムなのかもう一度良く勉強する事にした。
なんとなく昔仕入れたうすっぺらな知識とも言えない、そのまたうる覚え程度だったから、しっかりやってみよう。怠けてはいけない。

音が出ると空気が振動する。
振動が衰退、減少して音が小さくなることを、つまり吸音というのだ。
どうやって振動を吸い取るか、というとふわふわした、空気をいっぱい吸い込んでまぁるく中でごまかしてしまうような物質によって。
どんな物質か?
いっぱいある。例えば簡単なのがスポンジだ。お台所のスポンジでもいい。波型がついているようなのだと更に良いらしい。グラスウールとか、ウレタンフォームという名前は聞いたことがあると思う。ああいうふんわりしたもので吸い取る。
何んでも表面に当たると反射が起こるけれど、まあるくなっていたりするとその反射も直でなくてランダムになる。ランダムっていうのが鍵みたいだ。

色々な資材が売っている。
けれども、燃えると青酸ガスを出したりする物は敬遠しないといけない。スポンジの中にはそういうものもあるらしい。自然の素材がいい。
紙なんかはやっぱりいいと思う。(でも、壁の中のにさんざんグラスウール詰めてしまって今更、何か敬遠して何になるだろう?火事になったら踊りで鍛えた本能と俊足で逃げるのみだ)

こう、なんていうか折り紙というか、色々にアコーディオンみたいにして折った物をモビール風にどこかから吊るしたりするのも、きっと不思議なインテリア効果と同時に吸音になるみたいだ。乱反射が狙えるからかな。
工作するのは楽しいかもしれない。
夢中になりそうだ。

ダーツをいっぱい取ったベルベットのカーテンも効果的だ。
天井近くにカーペットとか毛布のような(そのままではあんまりだけど)物を掛けたりするのもいいらしい。
材質を考える時の鍵は、軽くてふわふわしていて背後に空気層を持っているもの。厚みがあるのがいいのだ。
そこに入り込んでもたもたしているうちに音が疲れてしまうっていうか、そんなイメージを持ってみると候補になる材質が分かって来る。

たまごのあの、ダンボールのケースがとてもいいというのは良く聞いていた。
スペインではあれを大量に買って、音楽スタジオの壁とか天井に貼り付けたりする。

勿論、ケースを買う時は卵ごとじゃない。卵の始末に困ってあの有名なトルティージャという料理が発達したわけではないのだ。
カステラは、昔、教会建築の祭壇に白身を使って金箔を施したのでその残りで発達したのだってまことしやかに囁かれていますが.......。(先生!何です?唐突過ぎません?うーーーん、そうでもないの、内部的には。笑)

●2003年10月03日(金)

pensamientoは日本語でどう訳すだろう。
思い、ていうのが近い気がする。
私は昨日の朝にある人の事を思い、午後にコーヒーカップを両手で包みながら
また、彼の事を思っていたのだ。そうしたらその思いの先に彼の娘が視界に入って来たので驚いてしまった。
居るはずの無い、出会う筈の無い、遠方のコーヒー店の店先の事だ。
呼び寄せてしまったのかな。
「ああ、あなたのお父さんの事をずっと思っていたと伝えて!!」
踊り手のMORIと抱き合って、私は彼女にそう言った。
この人ともかれこれ15年も会っていなかった。何だか胸が詰まって泣きそうになってしまった。
今、書いていても感傷でいっぱいになってしまう。

朝にマルテイネーテを聴いていて、しきりに思われる人があった。
EL MOROという芸名の、多分もう、60歳を大分超えているジプシーの歌い手だ。
この人のデブラ、マルテイネーテ、シギーリージャは圧巻だった。

魂を揺さぶるような生粋の歌い手で、カンテホンドの歌い手の中でも更に重々しい、胸迫る歌い手だった。
過去形なのは、もう随分前に引退して自適に暮らしていると伝え聞いたからだ。
その噂を聞いた時にはなんだか一瞬苦しかった。
タブラオ、エル・アレナルで長い事、オーナーのクーロ・べレスのお気に入りでずっとレギュラーを外れなかった。
いつでもあそこに行きさえすれば、彼の重々しい歌が聴けると思い込んでいた。
名人が消えて行く。
あんなデブラが歌える人なんかもういない。

秋葉原に私の赤いバタデコーラの写真があるが、その横で歌っているのがMOROだ。
あの頃、スターにしか躍らせないシギリージャが私のレパートリーとして与えられ、懸命に踊っていた頃で、
毎晩、祈るような思いでこれの出番を待った。
今晩はもっと上手に踊れますように........

あの頃の私のバックアーティストはもう、セビージャでも名人と言われたヒターノばかりで、私は彼らに納得される踊り手に一日も早くなりたいと切望していた。
特にシギリージャというのはヒターノのお家芸で、滅多な事では踊る人がいない。
禁じられている訳ではないけれど、これをこういう芸歴の人達のバックで踊るというのには自信と覚悟と責任がある。舞台は毎日だったけれど、この一瞬のこの曲のために私は毎日何時間も昼間に稽古し、それでもほとんど辛い思いで息も止まりそうだった。
踊り終えて舞台から引き上げる時に、あんまり感心できなかったからだ。

自分の舞台を袖で毎晩録音するものだからみんなに気味悪がられた。
昼間にそれを聴いて反省と工夫を繰り返した。
それでもただの一度も上手く踊れなかったという気が今でもしている。
そんな事無いって、とみんなに言われたけれど自分としては上手く踊れたという記憶がない。
本当にない。

今、MOROが歌ってくれたらもしかして悪くないんじゃないかと思う。
彼が感心してくれたらどんなに嬉しいだろうかと、子供のようにそればかり考えている。

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