スペイン発不定期便〜友繁晶子フラメンコ・バレエ・アカデミー
スペイン発不定期便
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スペイン発不定期便
― 気の向くままにちょっとエアポケット ―
第7回
イスラエル ガルバンの巻
スペインで若手第一級の踊り手、 イスラエル・ガルバンは コマネズミのような 小さな男の子だった頃から よく知っている (参照;パセオ「行きゃあいいってものじゃない」)
小学生の頃に、自分の背丈ほどもあるようなバストンを びしばし打ちつつ、
マルティネーテなんかを踊って 大人達は舌を巻いたものだった。
要するに フラメンコの全レパートリーを、 小学生の頃にすでに卒業してしまっている。
それから次に彼と再会したときには、 すばらしく成長した 美神のような青年になっていて
また瞠目したものだ。
92年セビリア万博の日本の日に、 栄誉あるプログラムの 芸術監督に 私が抜擢された時だ。
日本の歌舞伎と フラメンコの融合の振り付けを担当した。
歌舞伎の方は、 人間国宝の尾上梅幸氏とその一門が、
フラメンコの方は、 永遠に人間国宝とは縁のない トモシゲアキコと
ホセ・ガルバン (イスラエルの父で セビリアでは有名なフラメンコ教師) とで担当した。
いやぁ、あのときはすごかった。
尾上といったら歌舞伎の名門で、 皆さん真夏だというのに ビシーっとした紋服姿で、
さすがに品格が違う。 総勢30人くらいだったかしらん?
フラメンコも30人くらい…。で、 このフラメンコの方には、
実力ナンバーワンの イスラエルや 妹のパストーラも入っていた。
日本から皇太子様がいらして みんな大いに張り切った。
すばらしい出来で、 2000人の観客は総立ち! 拍手は鳴り止まず、
何度もカーテンーコールを繰り返した。
我が生涯で、 最も栄誉と感激の一日でありました。 ククク…。
それなのに、 こんなに重い 責任の大役を 背負っていながら、 本番前の総リハーサルの時、
皇太子様が お着きになったと聞いたら、 この目で見たいという誘惑に勝てず、
総監督のくせに、 こそーっと現場を離れて 観に行っちゃったのだ ナルちゃんを!!
ほんの2,3分ですけどね。 まったくあきれてしまうでしょう?
こんな大役を任されていても 誘惑に勝てなかった。 幸い誰にも気づかれないうちに
何気なく現場に戻りましたが、 内心自分に飽きれましたね。 最右翼というか、
ミーハーというか、 スペイン生活が長いというか…。 時効だから告白してしまいますが…。
あの92年から、 イスラエルはマリオ・マジャと 外国を回ることが多くて
スペイン国内は割と留守がち。 又しばらく会うことなく年月が過ぎて、
ある朝バレエレッスンで 私と前後してバーにつかまっているのが、 あのイスラエルだと気づく。
ギリシャの神話のようだったのが、 何だかすこし お父さんのホセに
似てきてしまったので 気づかなかったのだ。
まさかイスラエルが バレエレッスンに熱心だとは 思わなかったので驚いた。
月〜金まで毎朝来ている。 いつもバーにつかまって 先生の目を盗んじゃあ、
二人でフラメンコの振りなんか 試しちゃったりして とても楽しい。
けれども私が本当に感心したのは、 イスラエルのコントロールのすごさだった。
このクラスは、 みんな本職のバレエダンサーか、 バレエ教師の資格を持った
人達ばかりだから、 レベルがとても高く、 誰もが脚が耳まで上がるような スゴ腕達なのだ。
それで私なんかは、 ついつい、自分の限界以上に脚を上げようとして、
フラーっとしたり コントロールを崩しても 見栄を張りがちなのだけれど、
そうすると たちまちイスラエルがツツーっとそばに来て、 小声で、
「そんなに脚を上げるなよ」 と兄貴のような貫禄で私に注意する。
「あら、そう?」と、 気をつけて見ていると、 イスラエルは絶対に45度以上に脚を上げないのだ。
ひどく低いアラベスクやアラセゴンなのに、 微動だにしなくってすばらしく美しい。
隣のヤツが170度以上に ダーっと脚を上げていても、 決してペースを崩さない。
身体のコントロールを完全に掌握している。
だから回転をやらせると、 並居るバレエダンサー達を 圧倒的勝利で打ち負かしてしまう。
誰よりも力強くて、 正確で、 非常に男性的な回転をするのだ。
なかなかこうはなれるものじゃない。
ああ、なんと立派なアーティストになったものか、 と感動してしまった。
イスラエルはひどく無口な青年だけれど、 次の公演の振り付けのこととか
言葉少なにいろいろ話してくれるし、 毎日会うのがとても楽しみになっていた。
こっちが振り付けに困っている時なども 意外なアイデアをくれるのだ。
あとひとつ、ひねりが欲しい、 何かひとつだけ違うことがしたい、 なんていう時に。
「10コンパス止まってみろよ、いきなり。」 なんて素敵なヒントをくれちゃうのだ。
このバレエスクールは マリオ・マジャのスタジオに 開講されていたのだけれど、
この間日本から帰ってきたら なくなっていた。 私がいない間にひと悶着あったらしい。
聞くところによると、 ある朝マリオがカンシャクを起こして、
「ええい、ここは俺のスタジオだ!みんな出てけ!」と、
怒鳴って一巻の終わりになったとか…。 やっぱりねぇ、と私は納得してしまう。
このバレエの先生というのが、 悪くなかったのだけど、 変に意地っ張りの男性で、
マリオが公演のための練習をするのだから、 頼むから今日のところはもう終わってくれないか? などと
言おうものなら 実は終わるところなのに もっと長くやって マリオをいらつかせたりする人だったのです。
マリオは毎日 こういうことを言うわけじゃないんだし、
間借りしているんだから 融通してあげればいいのに ヘソ曲がりをするのですよ。
スペインにはよくこういう人いるんだなぁ…。
…で、前述の発言につながったのではないかと 私は推理するのです。
幸いキューバ国立バレエ団に居た すばらしい先生に 新しく師事することができた私は、
また変わりなく 毎朝レッスンをしているのだけれど、 バレエ仲間は四散して、
イスラエルと 同じバーにつかまっての 楽しい朝が消えてしまったのが とても淋しい。
優れた人のレッスンというのは、 チラッと見ただけでも触発されることが多い。
どういう考えで それをやっているかがわかると、 その人の舞踊に対する全般がわかることが多いのだ。
それは、とても大事な啓示になることがある。
「じゃあダメだ、私は…周りにうまい人も見当たらない」と、 ショゲ返ったあなた!
大丈夫よ!それなら下手な人で練習するまでよ。
どこがまずくて こんなに下手に見えるかを 徹底研究するのは、
うまい人を見るより 自分の芸のためになるのです。
顔がついてないんだな、 ああ、あの手がだらしないんだ…と、 自己分析して
私は昔、 一心に勉強したものです。 お金をかけて 人に習うだけじゃダメなのよ。
至るところに素材は転がっている。 拾い集めて使うことよ。
楽しいでしょう?
「明るいひたむき」ということよ。 「暗いひたむき」はダメ!
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