毎年クリスマスが近くなると
物悲しい気分になる。
結婚しても、子供が生まれても、
誰といて、
どんなに幸福だろうと、
やっぱり物悲しい。
それでいて不幸な幼少時代の
胸の痛むような
思い出があるわけでも
なんでもないのだ。
そうして自分の孤独とメランコリーを持て余す。
ちょうどここまで書いたところで、
日本の生徒から電話をもらった。
まぁ、ちょうど良かった、
これこれしかじかと言うと、
それはおかしい、
日本じゃ忘年会だクリスマスだ、と
飲み会でみんなすっかりわきあがっている。
彼女はこの季節はちっとも悲しくないという。
そう.....?
スペイン人には割りと
私と同じ感傷に陥る人が大勢いる。
特にアーティストに多い。
私には絵描きや彫刻家など
アーティストの友人が少なくない。
踊りの友達に至っては数え切れない。
けれどもみんなとても忙しくしているので、
あらためて時間や予定を空けて会うことは
なかなかしない。
ひどい時はお互いに入れかわり立ちかわり
外国に出てしまって
なかなか消息もわからない事がある。
不定期便の第1回に出て来る
バレリーナのエバとは
秋からこっち頻繁に会っている。
下の娘を彼女に預けることにしたからだ。
エバが開校したバレエ学校に
通わせることにしたのだ。
どうして自分で教えないのか、
とみんなに言われるが、
自分の子供は教えられないのだ。
だいたい母親と二人っきりで
家の稽古場に向かい合っても
少しも心楽しくないに決まっている。
ああいうものは
同じ年頃の
かわいいお友達と一緒になってやるから楽しい。
去年一年間、
娘を別のバレエ学校にやっていたが、
発表会で失望してしまった。
小さい子供のベビーバレエは
まあまあ良く教え込んでいると
評価していたが、
15、6才のジュニアから
ティーンエージャーのバレエが
ひどいのなんのって、
子供の父親が辟易として
こうつぶやいたくらいだ。
「ひっでえな、あれ、本気でやってるのかよ?
ドリフターズの高木ブーやなんかがやるのと
変わらないじゃないか!」
うちの記憶は
20年前のテレビで
終わっているので、
もしかしたら
このコメディアンの事は
読者のみなさんは知らないかも。
ま、とにかく、
たおやかな乙女のバレエじゃなくって
コメディアンのバレエとしか思えない
と言われてしまったの。
私の夫は非常に辛らつな人なので
これは半分に聞いてもまぁ、
ひどかったのです、総体的に。
これじゃあ娘はろくな物にならない、
とまで言われて
私もうなづいてしまったのでした。
先生の教え方、
というよりアンダルーサの彼女達は
クラシックにしては
おしりも胸も大き過ぎて、
きゃしゃな子が
一人もいなかったのだ。
体格の問題が一つ、
そして感受性が
クラシック向きの繊細さに欠けるのだ。
フラメンコ向きの人が
無理やり
チュチュを着ちゃったみたいに
ミスマッチでした。
その上に多分、教え方も
不徹底なのだという気がした。
発表会というのは
そこのアカデミーの特徴が如実に出るので、
私も心して教えないと、
と大いに考えさせられました。
ともあれ、
親ばかと言われちゃあ
話しが進まないが、
下の娘はかなり冷徹な目で見ても
バレエの適性がありそうなので
こんなところに見捨てておくのは
さすがに怠慢かな、
と考え込んでしまった。
そこへ、バレリーナとして申し分ないエバが
かなり大掛かりなバレエスクールを開いたので、
本当はものすごく遠いのだけど
孟母三遷という程の苦労じゃないから、と
高速を飛ばして連れて行っている。
クラスを見学してもいいと言うので、
もう一人別のバレエ教師をしている友達と
二人で見せてもらった。
エバはやっぱりものすごく上手く、
スペイン人にしては骨格がきゃしゃで
とてもバレエ向きの体格をしている。
長い手足は夢のようにしなやかで、
子供の教師にしておくのは
もったいないくらいだ。
何よりも感心したのは
子供のあしらいが
とても上手だということだった。
教え方が本当に上手い。
子供の幼い頭の中にどんな形が正しいか、
しっかりイメージできるような
楽しくて、
分かりやすい例を
ふんだんに出すのだ。
胸にとってもきれいなブローチが
止まっているから、
これをおじぎしても
ちゃんと見せないとね、なんて
背中をまっすぐにさせるために
言ったりする。
子供の頭には
見えないはずのブローチが
燦然と輝いてしまって、
金輪際忘れない。
大したものだ。
こういう発明が
全クラスに散りばめてあるのだ。
これは、しかし芯から子供が好きでないと
できるものではないから、
私はエバという人を
初めて知ったような感慨に打たれた。
私の友達も
自分はとてもああはできない、
と感心していた。
思えば踊りだけの付き合いで、
個人的な事は何も知らなかった。
まだ若いが
離婚して小さな男の子がいる、とだけ。
バレエはとても上手く、
10代で何かの重要なコンクールで
賞をものしている。
人に教えるようになってもまだ、
コルドバの方に
片道2時間も汽車に乗って出掛け、
週に1回の割りで
先生に見てもらっている。
今度一緒にレッスンに行こう、
と誘われていた。
先週の事だ。
エバが私を脇に引っ張って行って
ささやいた。
「ねぇ、今週末、コルドバで踊るのだけど、
タマーラを連れて見に来ない?」
「え!?何を踊るの?」
「LA MUERTE DEL CISNE」
瀕死の白鳥よ、とさらりと言う。
おお、それは見なくては!
エバのたおやかな腕は
後ろ向きで出て来る
出だしから
きっと素晴らしいだろうな、と思った。
しかしコルドバは遠い。
夜だから
帰りはシンデレラ並になってしまう。
私の逡巡はしかし子供の熱心さに
押しきられてしまった。
小さな子供って思いつめるとすごいのだ。
朝に晩に、お願い!
を繰り返すからねぇ。
自分の先生の晴れ姿が見たい、見たい、
と攻められてしまったのだ。
エバは私に来て欲しかったのだ。
踊りの仲間に理解してもらうのは
嬉しいことだし、
その娘が
自分の小さな弟子だったらなお更だ。
劇場はコルドバの由緒ある
グラン・テアトロだ。
ここではフラメンコのコンクールや
フェスティバルも頻繁に催される。
オペラ座式の3階席までの
美しいクラシックで豪華な作りは、
確かにバレエに向いている。
エバの出番になったら、
なんだか緊張してしまった。
おなじみのサンサーンスの曲だが、
思わず胸が詰まった。
そして、本当にきゃしゃで美しかった。
思った通りの後ろ向きの出だしが
あんまり腕の波うち方が上手くて、
涙が盛りあがってきてしまった。
白鳥が死ぬところも迫真の演技で、
あとで聞いたら、
やっぱりエバは泣いていたという。
この作品はどうしても
いつ踊っても泣いてしまうの、
と彼女は告白した。
わかるなぁ、私もよくそうなるもの。
稽古の時で誰もいなくても、
突然胸に迫ってきて困ることさえある。
物語でなく、硬派も硬派、
ソレア・ポル・ブレリア、なんていう時でもだ。
コルドバからの帰り道、
長い時間だったので
車の中で初めてお互いの事を色々と知った。
芸に対する考え方、
教え方の工夫などなど、
話しは尽きなかった。
こんな風に折に触れてゆっくりと、
少しづつ友情を深めて行く
というのもいいものだな、と思った。
クラシック・バレエは
セビージャよりコルドバの方が
しっかりしたメソドで
厳しく鍛えている事もわかった。
踊れる人もあちらのが多い。
セビジャーナだとばかり思っていたエバが、
実はコルドバの人だった
という発見までしてしまった。
どうりで、どこか違うと思った!