ある朝、プールに飛び込もうとしたら、
対岸の壁に
大きなプレートがかかっているのに気がついた。
「スポーツと共に! OFS」
びっくりしてしまった。
OFS《Over Future Sounds》
と言うレコード会社は、
私の夫の起こした
スペイン、セビリア市を本拠にした企業なのだ。
家族の事をほめるのは、とても恥ずかしいけれど
私の夫はスペイン・フラメンコ界の
きら星のようなスター達の伴奏を次々とこなして、
有名フェスティバルにも外国人としては
異例な程にプログラムに名を連ねた唯一の、
実力ギタリストだと言える。
私は、この人のお金でなく、
才能に目がくらんで
親の猛烈な反対を押し切って
学生時代に婚約して
あっという間に結婚してしまった。
すぐにスペインに渡り、今日に至る。
簡潔に言うとこうだ。
ギタリストとしては、
日本に居ながらにして
こっちでの契約が決まっていたほどだが、
93年にソロ・アルバムをリリースすると
たちまちこれが、
「この年の最もアイレに富んだ
純粋なフラメンコ・レコード」
として
批評家の絶賛をものにして売りきれてしまった。
翌年、レコード会社を起こして、
次々に話題作を発表。
クラシックもフラメンコも出しているが、
日本人に馴染みが深いのは、
ソロ・コンパス・シリーズだと思う。
このシリーズは、
発売と同時に世界中から引き合いが来て、
爆発的な人気を博している。
卓抜のアイディアもさることながら、
起用しているアーティストが超一流であることと、
このシリーズを作っている
音響技師はじめスタッフさえも、
第一級のアーティストとしてのキャリアを持っているため、
質が抜群だと言う事が高く評価されている。
実際、スペイン全土のほとんどの舞踊学校に
ソロ・コンパス・シリーズが完備している。
マティルデ・コラールの舞踊学校の傍を通る度に、
うちのCDが大音声で道まで流れている。
毎年パセオでうやうやしく紹介される
ヘレスの舞踊クルシージョでは、
主催者側から直接、
期間中の教材として
ソロ・コンパス・シリーズが指定される。
日本にジェルバ・ブエナのタラントが
一時品切れになってしまったのは、
ヘレスで完売してしまって
在庫が一つもなくなってしまったためだ。
今度は、七月七日からコルドバで
ギター・フェスティバルが開催されるが、
主催側から
ソロ・コンパスを会場に置かせて欲しい
という要請が来た。
今や、スペイン全土の有名フェスティバルやクルソ、
メンケスや
ガジャルドのチェーン店には
必ずシリーズが置いてある。
教材としてばかりでなく、
ギタリストのトマティートなどの
スター達も、
自分の曲を作るために活用していると言う。
OFSのオフィスには、
セクレタリーはじめスタッフも居るし、
急いでいる人は
友繁の携帯に連絡できるのに、
それでももっと急いでいる人が
何とか調べて自宅に電話してくる事も珍しくない。
フィンランドのような、
フラメンコがここでも盛んなのかなぁ、
という国から問い合わせが来た時など、
たまたま電話に出て感激してしまう。
たどたどの忘却のかなたの英語で
相手の名前を確認すると
「チャイコフスキーです」なんて言ったりするの!
本名なのだもの、嬉しくなってしまう。
「え!?フラメンコのCDをそんなにお買いになるんですか、
チャイコフスキーさんが?」
と念を押したくなっちゃうのだ。
ちなみにこの人は数々の舞踊学校の経営者でしたが。
爆発的というよりは、
実質で評価されてどんどん伸びている
ソロ・コンパス・シリーズは、
ついに他のレコード会社から海賊版がいくつも出てきた。
まぎらわしくも、
ドゥエンデ・コンパス、
なんて名をつけて売り出している。
アイディアは保護できないので、
著作権のようには訴えられないのだそうだ。
真似されても内容がまるで違うので
かえってうちの方の評価とカテゴリーが上がって、
害はないらしい。
昨年、モロンのジプシーを百人も集めて、
盛大な本物のフィエスタのCDを作った。
今年はウトレーラのジプシーで、
ブレリア、タンゴの決定版とも言うべきライブは
これで二作が世に出た。
ウトレーラの方は、ビデオも作った。
この三つを手にしたら、
フラメンコ入門にして、卒業だ。
もう誰にも習いに行かなくてもいいし、
スペイン留学の必要もないくらいに活用できる。
10年はこれだけで勉強できる、
というくらいにすごい。
私は自分の集中レッスンでも、
常設クラスでも夫の会社のレコードを売ったことがない。
これからもしないつもりだ。
あの人が家族でなかったら、
とっくの昔に絶賛して
アカデミーで取り寄せていたと思う。
生徒全員に教材として買わせたにちがいない。
突然、この稿で紹介することにしたのは、
生徒のほとんどがOFSが
私の身内の会社だと知らないばかりか、
私がソロ・コンパスも勧めないため、
かえって何を買って良いか分からなくて
相談される事が最近とみに多いからだ。
六月の集中レッスンで使った
ブレリアのライブは、
ウトレーラ版で、
CDと全く同じビデオが
もうすぐ日本で発売になるので
併用して勉強したらすばらしいと思う。
実はこのCDにビデオがあるとは、
今朝まで知らなかったのだ。
集中レッスン参加生、
ごめんなさいね、
夫の仕事がじゃんじゃん進んで、把握できないのです。
自分が毎日行っているスポーツ・クラブに、
ある日、夫の会社のスローガンが出ていたり、
競技会で
選手全員に
OFSのオリジナル水泳帽が配布されたり、
とてもついて行けない。
元水泳の選手だったOFSの社長は、
スポーツと共に歩みたいらしいのだ。
OFSは、昨年はカンテ・コンクールも主催した。
本来なら、とっくに報告していたが、
このページでは
なるべく家族の登場を控えているものだから...。
マティルデ・コラールが
生徒のための踊りのカラオケ・テープを
OFSに録音しに来たりしているのは
知っていたけれど、
日本からパセオが送られてきて
「あなただけの踊り伴奏CD,ビデオ」
というOFSの広告を見るまで、
そういうことをやってもらえるとは
知らなかったのだから、
あきれる人は多いだろう。
へエー,安い!ほんとにこんなんでやってくれるの?
なんて、ねぇ、毎日何を話しているんですか?
会話、しないのですか?
と言われたって返す言葉がない。
そういえば、ちらっと聞いた気がするのだ。
今度、録音スタジオの隣に
ビデオの撮影用のスタジオができたのだ。
いかにもフラメンコらしい、
古い、いい雰囲気に作られている。
一体、何時の間にこんなに次々仕事を進めているのかと、
びっくりしてしまう。
ソロ・コンパスのCDとビデオは、
日本では、プリメーラ、アク−スティカ、パセオで売っている。